愛と恋の狭間

「すごかった……!すごかったね!」

 興奮した様子で何度もすごいすごいと繰り返すナマエ。ポケモンコンテストを観終わった後からずっとこの調子。飯の時間も移動中も、とにかくコンテストがどれだけ凄かったかが止まらない。ホテルへ戻ってきてからも、未だ興奮は冷めやらぬようだった。
 そもそもこの旅行は一度でいいから会場で観賞したい!とテレビにかじりついていたナマエの事を、ふと思い出したのがきっかけだった。予想通りとはいえ、ここまで喜んでもらえたなら連れて来た甲斐があったというものだ。
 とはいえ、このままでは疲れて急に寝てしまうだろう。俺は別に構わないけど、朝から何故起こしてくれなかったのかと騒がれるのが目に見えている。すごかったのはわかったからとりあえず風呂に入ってこいと、多少強引ではあったが無理矢理送り出した。
 彼女と初めて会ったのは、俺がまだジムバッチを集めてイッシュを旅していた時のことだ。ホドモエシティでプラズマ団に絡まれていたところに、慌てた様子で声をかけてきたのがナマエだった。
 連中には行く先々で絡まれてはその度にボコボコにして返り討ちにしていたし正直そこまで緊急事態ではなかったのだけど、あんなの見たら放っておけない!と、彼女はわざわざ口を挟んできたのだ。ポケモンなんて一匹も持っていなかった女の子が、あのプラズマ団を啖呵だけで追い払ってしまったものだから、素で感嘆の声をあげてしまった。
 部屋の小窓をほんの少し開けると冬の冷たい空気が流れ込んでくる。高めの室温で熱った体にはひやりとした風が丁度いい。
 鞄からポケモン用のトリマーグッズを取り出すところを見ていたのか、ボールの中からポケモン達が一斉に飛び出してきた。我先にという勢いで距離を詰められつつも、なんとか落ち着かせてソファへ腰掛ける。
 旅をしている時から毎晩必ず、その日連れて歩いた相棒達はみんなブラッシングすることが習慣になっている。ポケモン達の体調管理も兼ねて始めたこれが、今ではすっかり彼らの寝る前ご褒美タイムになっているようだ。



***


「うわあ、賑やかだね」

 大浴場から部屋へ帰ってくると、部屋の中はトウヤのポケモン達でいっぱいだった。恒例ブラッシングタイムだなあと微笑ましく思っているが、当の本人は六体しっかり隅々までブラシをかけていて少し大変そうである。特にウォーグルとエルフーンなんかは、毛量が他の子より多いから大変とこの前ぼやいていた。

「エルフーン気持ちよさそうね」

 そう問いかけるとふんふんと返事のようなものが返ってくる。難しい顔でブラシを動かすトウヤとは対称的に、毛玉の本人はたいそうご満悦な様子だ。ニコニコと嬉しそうな顔で大人しくブラシをかけられている姿は、まるで髪の毛を乾かしてもらっている子供のよう。トウヤのエルフーンはいつ触っても極上の毛玉具合だが、成る程、アレはこうやって維持されているのか。

「おかえりナマエ。あとこいつだけだからちょっと待って」
「ううん、ゆっくりやってあげて」

 ブラッシングが終わった他の子たちは、それぞれ好きなところで寛いでいる。ランクルスとズルズキンがお気に入りのおもちゃで遊んでいる横で、サザンドラはテレビのポケモン特集番組に釘付けになっている。ジャローダはどれにも興味がないのか、トウヤの隣でうとうとしている様子だった。ウォーグルの姿が見えないが、多分あの子はもうボールに戻って今頃夢の中だろう。

「ウォーグル寝た?」
「寝た」
「相変わらず早いね」

 どこにいても基本的に夜八時にはボールに戻り、朝五時半に勝手に出てくるそう。ごはんもある程度決まった時間に催促してくるらしく、トウヤよりもウォーグルの方がよっぽどか健康的な生活をしているだろうなと想像できてしまう。
 トウヤはごはん食べたり食べなかったりだし、夜も結構遅くまで起きてるようだ。たまに変な時間にメールが返ってきていて、朝起きてびっくりすることも少なくない。

「よし、エルフーン終わったよ」

 トウヤの膝元を離れ空中を漂っているエルフーンは、私には相変わらずもこもこもふもふしていて変わりが無いように見える。それでもトウヤが片付けていた毛玉達が、それだけでエルフーンのぬいぐるみができてしまいそうな量で、私の頭の中にははてながたくさん並んでしまった。あのもふもふ、もしかしなくても亜空間に繋がっているのだろうか。

「お疲れ様でした」
「ま、毎日のルーティンだしな」
「みんなも楽しみみたいだしね」
「みたいだな。……ほら、みんなそろそろボール戻んな」

 トウヤの一声ですんなりボールに戻っていく様子を見て、しっかり育てられてるんだなあなんて感心してしまう。さっきまであんなに賑やかだった部屋が一気に静かになってしまい、寂しさだけでなく少し気まずさを覚える。
 別に今更緊張するような間柄でもないのだが、トウヤと旅行にきて一緒の部屋で寝泊まりするのは今回が初めてだったりする。もちろんトウヤのことはそういう意味で好きだ。しかし、それ以前からの付き合いが長い上に、普段はポケモン達がボールから出ていたりするので、完全に二人っきりになることって実はあまりないような気がする。なんなら滅多に帰ってこない男なので、余計に無い。

「ナマエ」
「、なに?」

 いつもより少し柔らかい声色で、トウヤが私の名前を呼ぶ。気まずさを滲ませないよう、努めて返事をしたつもりだが、普段と同じように振る舞えているだろうか。
 おいでと手招きするその手に、私は吸い込まれるように身を委ねた。


うわついた指の記憶