愛と恋の狭間

 シンオウ地方の冬の寒さにも少し慣れてきた頃、私たちはクロガネシティ経由でテンガン山を抜けて、ヨスガシティまで足をすすめていた。
 目的はもちろんポケモンコンテストをみるためで、私がシンオウに来たかった理由も実はこれを生で見たかったからでもある。
 いつかテレビで見た、技を駆使してキラキラと輝くポケモンとそのトレーナーのコンビネーション。ポケモンを持てなかった私にとって心の底から羨ましくもあり、特別なもののように見えたのだ。

「ヨスガシティってすごい綺麗なとこね。ヒウンやライモンとはまた違ったテイストの街って感じじゃない?」
「まあヒウンやライモンも、どっちかっつーと観光地やオフィス街だもんな」

 観光ガイドをパラパラとめくっているトウヤの手元を覗き込むと、ふれあい広場やポフィンが作れるお店の特集に目が留まる。ポフィンって、パウンドケーキみたいなものなのだろうか。昔、ホウエン地方にポロックというポケモンのお菓子があることは聞いたことがある。いつの間に出てきていたのか、トウヤのランクルスが私と一緒にポフィンの写真に釘付けになっていた。

「ランクルスこういうの大好きだもんな」
「クルルル……!」
「確かに美味しそうだね!まだ時間あるしちょっと寄ってみない?」

 早く行きたいというように勝手に移動を始めてしまったランクルスを追いかけ、緑色の屋根の小さなお店に入る。中はあまーい匂いの焼き菓子のいい香りでいっぱいで、それだけでもう気分は最高である。ランクルスもいつもより目がうっとりしているので同じ気分なのだろう。
 鍋のような機械に案内され、ひと通り説明を受ける。種類の違うきのみを4つ入れ、かき混ぜてつくるらしい。

「混ぜるときはこぼさないように、でもゆっくり混ぜすぎると焦げちゃうからスピードには気をつけてね!しばらくすると縁がちょっと青くなってくるから、そうしたら思いっきり回してね」

 とりあえずやってみて!と、おばちゃんがセットのきのみをぽとんぽとんと鍋に入れてくれた。

「せっかくだからナマエやって」
「えっ私?知ってるでしょ、こういうの苦手なの」
「まっ、何事も経験って事でな!」

 安心しな、きのみはたくさん持ってるから。そう言ってトウヤがコンロに火をつけてしまう。
 そこからはもう、大変だった。最初は速すぎず遅すぎず、こぼさないように……速すぎず遅すぎず……。ぶつぶつと唱えながら鍋に釘付けな私の顔はまあまあな迫力があったようで、作り終わって顔を上げるとトウヤとランクルスの顔が少し強張っていた。

「で、できたけど」
「あらあらまあまあ」
「キュル……」
「まあ、期待を裏切らない黒さだな」

 おばちゃんには少し困ったように笑われてしまうし、ランクルスもこれはちょっと食べたくないとでも言いたげな顔で鍋の中を見つめている。トウヤに至っては相変わらずの口の悪さだ。期待を裏切らないなんてなかなか酷い言われようである。これもともと結構難しいお菓子だからみんな初めはこんな感じよ、なんておばちゃんのフォローが傷に染みる。
 それからはベテランのおばあちゃんへとバトンタッチされ、つきっきりで見てもらうこと数十分。トウヤの持ち合わせのきのみを全部使った頃にはようやくランクルスから合格点をもらう事ができたのだった。

「おっ!並べてみると結構成長してんじゃん?」
「全部おばあちゃんのおかげだね」

 旅のお土産にもっていきな、とおばちゃん達から美味しいポフィンもたくさん分けてもらい、ランクルスはすっかりご機嫌になっている。今日だけで全部食うなよ、とトウヤが釘を刺すくらいにはポフィンが気に入ったようだ。

「前半は見事に真っ黒だけど」
「トウヤのいつも一言多いとこ嫌い」
「悪かったって」

 いいのよ。人間が食べても大丈夫って言ってたし、責任持って全部食べるから!しばらくおやつには困らないだろう。
 見た目がいいものとそうでないものを分けながら箱に詰めていると、横からトウヤが手を伸ばし真っ黒なそれをひとつ摘んでいった。

「うっわ!炭だなこれ!」
「あっ!ちょっとトウヤ、そんなのやめときなよ」
「けど中はちゃんとできてるし、俺はあんま甘いの得意じゃないしこっちでいいかな」

 一個自分でも食べてみたがまさに炭そのもので、美味しい所はほんのちょっとの部分だけだった。昔からなんだかんだとイジりつつも、最後は笑って食べてくれるのはトウヤなりの優しさなのだろう。そして決まっていつも、頭をポンポンと撫でながらご馳走様と微笑むのだ。

甘い嘘は苦い味がする