愛と恋の狭間

 トウヤに強引に連れ出され、シンオウ行きの旅客船に揺られて九日が経った。
 前半は酷い船酔いで部屋から出ようだなんて考えもしなかったが、最近では甲板へ出て水ポケモン達を眺めて過ごすくらいはなんともないくらいの余裕が出てきた。運がいいとラプラスやジュゴンなんかも顔を覗かせるし、五日目くらいには見たことがないポケモンを見かける事も増えたので退屈はしていない。
 そもそもこの船はカジノやプールが付いた所謂"豪華客船"というものなので、暇をつぶす施設は船の中に沢山あった。騒がしいのが苦手なのでカジノへはあまり足が向かないが、トウヤはたまにふらっと立ち寄ってはひと稼ぎして帰ってくる。
 私は甲板に置いてあるサマーベッドでゴロゴロしたり、プールで楽しそうに泳ぐポケモンを眺めて過ごしたり。あとはシンオウ地方のガイドマップで行きたい場所に丸印をつけたりと、そんな感じでのんびり過ごす事が多かった。
 ガイドマップを見ていた時にトウヤから教えてもらったのだが、シンオウ地方には大昔から言い伝えられているはじまりの神話があるそうだ。この船が向かっているミオシティという港に大きな図書館があり、その神話についての書物もたくさん所蔵されているらしい。そんなミオシティにもあと十五分程で着くと、数分ほど前に船内放送が流れていた。

「やっぱり船旅だと遠いなあ」
「飛行機に比べたらそりゃな」
「でも、こんな凄い船に乗るの初めてだったから楽しかったよ」

 ご飯も美味しいしね。朝の朝食ビュッフェで出てくる焼きたての自家製パンがとんでもなく美味しかったのを思い出していると、トウヤに色気より食い気だなと呆れられた。

「悪かったわね、食い意地張ってて……」
「食い気で思い出した。今日の夕飯、ナマエなんか食いたいもんある?」
「お腹は空いたからしっかり食べたいです」
「結局食うのかよ」

 コトブキシティはシンオウ地方一番の都市だから、飲食店もそれなりにあるだろう。一旦ホテルにチェックインして、身軽になってから街に出てみないかと提案する。

「確かに現地に着いてみないと何が食えるか分かんないし……そうするか」
「あっ、トウヤ外見て!着いたみたい!」

 到着の汽笛が館内に響く。
 荷物を背負いトウヤの後に続いて部屋を出れば、廊下の窓から少しだけ船着場の様子が伺えた。私たちの乗っていたのと同じような旅客船に、なにやらコンテナが沢山つみ込まれている貨物船。夕方の時間ということもあり港の空気は賑やかで活気付いていた。
 船から降りればすぐに冷たい海風が全身を包み込む。今年は特に春が遅いようで、マフラーを巻いている人とも結構な頻度ですれ違った。まだちらほらと雪も残っているようだ。

「う、思ったより寒いね……。マフラーも持ってきたらよかったかも」
「この時期でも冬のネジ山みてえだな」

 いやそれ以上かも。トウヤも震えながらパーカーのチャックを限界まで閉めポケットに手を突っ込んでいる。今の服装でこの寒さに耐えるのは心許ない。せめてマフラーだけでもここで買ってからコトブキへ移動をしたいものだ。

「とりあえずマフラーか手袋買いに行かない?想像以上に寒い、……?」
「これでちょっとはマシだろ」
 
 ふわりと何かを首に巻かれ思わず後ろを振り向けば、トウヤが満足そうな顔で自分の首にも似たような柄を巻きつけている。

「ジョインアベニューでナマエに似合いそうな柄見つけたからさ。それやるよ」
「え、珍しい……どうしたの急に」
「色も柄もお前っぽいなって思ってたけど、やっぱバッチリだな」

 どうやらこの首に巻かれたマフラーは私のものらしい。今までトウヤに何かプレゼントされたことなんて片手で数えきれるくらいで、それも誕生日にヒウンのアイスを奢ってもらうだとかそんなレベルだった。彼はそういう事に無頓着だったのに、旅に出たことで成長したらしい。

「ナマエ?」
「あっ!ごめん。なんかびっくりしちゃって」
「びっくりさせようと思ってたから大成功だな」

 夕暮れの薄闇の中、満足そうに笑ったトウヤ存在を少しだけ遠く感じたのには気付かないふりをして、ありがとうと微笑んだ。


小さな愛につまずいて