愛と恋の狭間

『待つ気はない、だって。意味わかんない』

 そう短い言葉を送信する。相手は勿論シロナさんだ。
 あの後トバリにもう少しだけ滞在した私達は、今朝街を出発し次の目的地へと足を進めていた。214番道路を抜けリッシ湖の畔にあるホテルが次のゴール。
 トウヤとジャローダ、それから私とズルズキンの並びで山道を歩く。草むらからポケモンが飛び出してくることもあるが、彼らが追い払ってくれるのでとても頼もしい。

「ちょっと休憩にするか?」
「ん、大丈夫だよ。まだ歩ける」

 ランクルスのトレーニングに毎晩付き合う。そんな約束を半月前にしたのだが、"付き合う"というより一緒にトレーニングを"する"というのが正しかった。
 ちょっと体力つけた方がいいぞ、とあれから毎晩筋トレメニューを組まれてしまい、こんなつもりで助け舟を出した訳では勿論なくて完全に巻き込まれ事故である。
 そんな毎晩の筋トレタイムが幸をなしたのか、トバリでの一件では街を走り回れたし、今も以前よりは楽にシンオウの険しい大地を歩けているように感じる。
 最初こそもう無理とノルマの半分で息絶え絶えになっていた事を思えば、かなりの進歩。悪いことばかりでは無いようだ。
 チカチカとライブキャスターが光る。通知を開くとシロナさんからの答え合わせが送られてきた。
 
『それは大変ね』
 
 うーん、益々意味がわからない。この場合、大変なのは私かトウヤ?もしかするとシロナさんってこともあるかもしれない。労いの言葉が誰に向けたものなのか考えあぐねる。
 彼らの会話の内容が全く分からないのに、何故か私を介して行われている一連の流れ。シロナさんが言っていた面白いものも特に見れた気がしないし、もう直接やり取りしたらいいのに。

「シロナさん?」
「うん。それは大変ね、って」
「ははは、確かに」

 トウヤには分かるらしい。誰が大変なの?と尋ねてみたら、分かんないけど多分お互いにだろうな、とはぐらかされてしまう。
 ジャローダとズルズキンがなんとも言えない変な顔でこちらを見上げていたのだが、トウヤに目配せされるとすんっと明後日の方へ向いてしまった。
 お互い、とはやっぱりシロナさんとトウヤの話なのかもしれない。シロナさんの言っていた愛と恋の違いも、私には未だ分からないままだ。

「そういえばさ」
「うん?」
「来週、またちょっとリーグに顔出さなきゃいけなくて。多分シロナさんも忙しいと思うんだ。留守番してるか、……一緒にいくか。お前どうする?」
「一緒に?」
 
 彼にバトルの絡んだ予定へと誘われるのはこれが初めだったと思う。
 私も声をかけられれば断ることは無かったし、トウヤも別に私に遠慮してというわけでは無いだろう。彼が私にそんな気遣いをする性格で無いことは長い付き合いでよく分かっていた。
 そうならなかったのは、単純にタイミングが合わなかっただけで、そのタイミングが今ようやく合ったと言うべきか。
 シンオウリーグの強化合宿というものが行なわれ、それにトウヤも少しだけ出るという。先日はそれの打ち合わせだったようだ。

「ナマエあんまりバトル興味無いだろうし、楽しくないかもしんないけど」
「それは、確かに詳しくはないけど」
「あと……、俺バトルになると周り見えなくなるからさ、多分」

 怖がらせるかも、と苦笑い気味に呟いたトウヤ。
 彼が出るのは最終日のエキシビション。今年のものは、シロナさんだけでなく他の地方のチャンピオン達も出るくらいかなり大規模に企画されていて、全国的に放送する事になっているらしい。
 確かイッシュはアデクさんからアイリスという女の子へと数年前に代替わりしたのだったか。バトルに疎い私でも、流石に自分の地方のチャンピオンくらいは把握している。
 そんなアイリスにも先日そろそろ退任か、なんて噂が流れていたか。ワイドショーで次の候補特集が組まれていたのが頭の隅に浮かんで消えた。

「我儘言うと、俺はナマエにも見てほしいなって……、思ってて」
「えっそうなの?」

 珍しい提案に思わず聞き返してしまう。だって、そう言ったトウヤの顔はまるで断られる事を前提で話しているようで。彼は私が断らない事なんか当然分かっていると思っていたから、そんな予想外の表情にびっくりしたのだ。
 
「大事な試合だから、ナマエに見てて欲しい」

 いつものへらへらとしたトウヤはどこかへ行ってしまったようだ。真剣な顔でまっすぐに私の目を見る彼の瞳がゆらりと揺れた。先日覗き見たのとも少し違う、もっと暖かだが鋭い輝きを放っている。
 思わず言い淀んでしまうと、当日までに決めればいいからとトウヤは言った。呼吸をするのも忘れてしまうほど綺麗な瞳が、にこりと微笑んでいた。

呪いをかけるにはあまりに甘い