愛と恋の狭間

『悪い。ちょっと今日は帰れないかも』
『みたいだねえ、ニュースになってるよ。そっち大丈夫?』
『うーん……、あんまり』
 
 平謝りで連絡を入れてきたのは昨日の夜の事だった。
 夕方に起きたナギサの停電がリーグ本部にも飛び火してしまったらしい。閉じ込められて出られないわと、途方に暮れた声でトウヤは頭を抱えていた。
 その後ろでは真っ赤なアフロの男性が、ライブキャスターみたいな何かに向かってブチ切れていた。大体の事は楽観視するあのトウヤが、あんまりと濁した理由はきっとあれだったのだろう。
 まあそんな感じで、私のお留守番タイムは絶賛延長中である。それはシロナさんも同じようで、職場に行けないなら休みでいいわよね?といった具合に、彼女の休日も二連休目に突入した。
 かといって、ポケモンを持たない私が交通機関もない知らない土地で一人出歩けるわけもなく。そんな様子を見かねたのか、シロナさんは私をトバリシティへと連れ出してくれた。

「トゲキッス、ありがとう」

 きゅうん!とひと鳴きして擦り寄ってくる白いポケモン。私からもお礼を言って首元をひと撫でしてやる。
 イッシュでは見た事がなかったが、しゅくふくポケモンと言うらしい。可愛いけれど凄く強いのよと誇らしそうにシロナさんが教えてくれた。

「まだこっちの方には来たこと無かったわよね?」
「……た、多分」

 空を飛んでしまったからか、自分がどちらの方向からどう移動してきたのか、と言うかここがどこなのか分からずマップを見せてもらう。

「ここがカンナギでこう飛んできたのよ、それでトバリはここね。ちなみに昨日から停電しているのはここ。トウヤくんがいるのはあの辺」
「トバリ……あっ、なるほどこの辺なんだあ」

 シロナさんが指で辿って教えてくれた。私は今シンオウ地方の右半分にいるらしく、ついでにナギサシティとシンオウリーグの離れ小島の位置も教えてくれた。
 今あの一帯は通行止めになってしまっているらしい。大変なことになってるじゃん!?と顔を上げるが、ナギサの停電はよくあることだから慣れっ子なのよと彼女はなんでもないような顔で言ってのけた。
 ライモンが停電しようものなら地下鉄も跳ね橋も、何もかもが動かなくなる。それってイッシュではかなり大変な自体になるのだけど……。
 そんな事が頻繁に起きてもさほど気にしないのがホウエン地方の人たちらしい。逞しすぎないだろうか。
 半日ほどデパートで買い物を楽しんだ頃にはすっかり日も暮れていて、ナギサの停電も解消されたようだった。やっと解放される、とライブキャスターに先程ショートメッセージが入っていた。

「トウヤたちやっと出れたみたいです」
「あら!意外と早かったわね」

 今日はこのままトバリで一泊する予定になっている。うちの部下が迷惑かけたからとシロナさんが手配してくれたのだけど、彼女が名前を出しただけで一部屋すぐに押さえてしまう様子は、やはりこの地方でそれなりの地位にいるだろう事を目の当たりにした。
 そんな凄い人だが飾らず接してくれて、姉のような存在だ。

「それじゃ、私はそろそろリーグの様子見に行って来るわね」
「時間外勤務お疲れ様です……」
「トウヤくんもそろそろ帰ってくると思うけれど、あんまり人通りの少ない場所には行かないようしなさいね」

 繁華街で賑やかな街だ。昔に比べるとマシになったというが、少し治安が悪いそう。トウヤからもシロナさんと別れたらすぐホテルに戻ってろと念を押されている。

「あ、そうだナマエ」
「どうしたの?」
「トウヤくんに伝えておいて、――返事は”貴女”にって」

 なんの事かわかからなかったがとりあえず了承しておく。これからひと仕事片付けに行くというのに、何故か凄く楽しげな表情で彼女は去って行った。

「返事はあなたに……、あなた?って誰だろ」

 なぞなぞだろうか。それともなんかの暗号とか。シロナさん曰くトウヤに言えば面白いものが見れるとの事だった。
 夕日が落ちて、トバリは一気に夜の街へと姿を変える。外を見ると街灯が煌々と輝き出していたので、慌ててカフェを出た。
 確か、ホテルはあちらの方だったはず。手元のライブキャスターで住所を確認しようとするが、丁度充電が切れてしまった。

「あっ……どうしよう。充電器トウヤが持ってっちゃったから」

 幸いホテルの名前は覚えているし、道も大まかにだが教えて貰った。まあ大丈夫だろう。困ったらポケモンセンターで助けてもらえばなんとかなる。
 トウヤに貰ったマフラーを巻き直し、私は頭の中にあるホテルまでの道のりを辿るのだった。

ならずの種を撒く