愛と恋の狭間

 三度目の山越えを無事終えた私たちは、旅の小休止としてカンナギという小さな町に滞在している。
 ポケモンセンターとおばあちゃんが切り盛りしている小さな日常雑貨屋さん。それから民家が数軒と、町の中央にはシンオウ史を伝える遺跡がひとつ。今回、シンオウ行きのチケットを手配してくれたシロナさんも、ここカンナギの出身なのだという。
 あちこち旅に出ていて顔の広いトウヤだが、シロナさんとは私も個人的な交友がある。というのも、彼女は春から夏にかけてカトレアの別荘へ毎年遊びに来るのだ。カトレアとは定期的にスイーツバイキングに行く仲なのだけど、一度だけ紹介したい人がいるのと人を連れてきたことがあった。その時カトレアと一緒に来たのがシロナさんだった。
 あの美貌だ。初めて会った時は、それはもうがちがちに緊張したのを今でも覚えている。けれどもいざ話してみると凄く面白くて優しい女性で、緊張なんてあっという間に解けた。
 そんな初対面から数年後。トウヤからシンオウチャンピオンとどうして知り合いなのかと問い詰められた事がある。私はそこで初めて、彼女が世界的に有名な考古学者で遠い異国の地のトップトレーナーなのだと知ることになる。あの時はビックリして腰を抜かすどころではなかったと思う。
 その後すぐにシロナさんにトウヤの話をしたら、私とトウヤの関係も全部知っていたような口ぶりで『人の縁って不思議よねえ』と微笑まれてしまった。恐らくカトレアもこの繋がりを知っていたのだが、彼女に至っては『あら、言わなかったかしら?』なんて呑気に首をかしげていた。こちらは素で忘れていたのだろう。カトレアは昔からこういう所があるので困る。
 
「シンオウの寒さには慣れたかしら?」
「全然!ネジ山より寒いかも」

 散歩がてら一人遺跡まで足を伸ばしていたら、シロナさんが様子を見に来てくれた。差し入れよと暖かい缶コーヒーを差し出される。
 今日は私ひとりお留守番。トウヤもトウヤの手持ち達も、朝からみんなシンオウリーグに出かけてしまった。

「ごめんなさいね。トウヤくん貸し出してもらっちゃって」
「ううん、平気。みんなそろそろバトルしたかっただろうし。それに……正直、こんなにずっと一緒に居ることって今まで無かったから」
「彼じっとしていなさそうだものね」

 なるほどと、綺麗な銀色の瞳は何かを察したように苦笑いの色を含ませた。
 普段からイッシュに居ることのが少ないトウヤとは、直接会うよりもライブキャスターで連絡を取り合うことがほとんどだ。その連絡というのも、まああの性格なので週一あれば上等、それ以上空くことのがよくある事だった。
 だからという訳でも無いのだが、非日常も相まって少しだけ疲れてきていたのは事実だった。誤解が無いようにフォローをしておくと、トウヤとずっと一緒にいることにではなく単純に人と長いこと一緒にいる事に疲れていた。

「だから今回の研修?は私にも丁度良かったんです。っていうか、シロナさんこそ!ここに居ていいの?」
「私は今日非番だからね。今頃オーバたちに揉みくちゃにされてるんじゃ無いかしら?」

 それは少し見てみたいかも。
 思い返せばトウヤがバトルしている所って、あまり見た事がない気がする。私はポケモントレーナーでは無いし、トレーナーの知り合いと言えば四天王のカトレアとトウヤの幼馴染達くらいのものだ。
 普段飄々としているトウヤだが、バトルの時だと一体どんな顔をしているのだろう。あれでイッシュを救ったトレーナーだという。それなりに強いんだろうなとは思っているが、バトルに疎い私にはいまいちピンと来なかった。

「トウヤくんはあなたのそういう所に惹かれたのかしらね」
「うーん、どうですかね……。トウヤって何で私と一緒にいるんだろう?」
「あら?恋愛相談?」

 良いわね!なんて目をキラキラさせているシロナさん。クールビューティーを醸し出しているが意外と恋バナが大好きで、この手の話になるといつも前のめりで話に乗ってくる。
 大切してくれている、とは思う。私もトウヤの事は大切な存在だ。勝手に色々決めてきてしまうが、私の意思の確認もそれとなくしてくれる。私が嫌だと断れば無理意地はしない人だ。
 たまにしか会えないことも、実はあまり不満に思ったことはない。連絡不精なのは何とかして欲しいと常々思っているが、それは黙って海外に飛んで行ってしまうから。どこにいるかも分からないのは寂しいものだし、もしそのまま連絡が途絶えてしまったら……。考えただけでも足が竦む。
 トレーナーでもなければ旅に出たこともない私は、いつもトウヤの帰りを待つしかない。そんな私といて彼は楽しいのだろうか。トウヤからはたくさんの感情をもらっているのに、私は同じだけ返せている気がしない。

「珍しくマイナス思考なのね」
「そうかな……そうかもしれない」
「私から見たら、あなた達ってとっても円満に見えてるわよ?だってすごく仲良いじゃない。喧嘩もトウヤくんが連絡疎かにした時にあなたが怒るくらいかしら?」

 なるほど円満に見えているのか。まあ間違いではないと思うし、その客観的な意見は素直に嬉しいとも感じる。

「ナマエは恋と愛の違いって何だと思う?」
「えっ……うーん?」

 恋と愛の違い。シロナさんの質問の意味がよく分からず首を傾げてしまう。

「私はね、恋はひとりでも成り立つけれど愛は相手がいないと成り立たないと思っているわ」
「なんか、分かるような分からないような」
「あなたはその狭間にいるのかしらね」

 分かりにくかったかも、哲学は守備範囲外なのよね。そう独り言のように呟いて、彼女は穏やかに微笑んだ。

落ちた恋が愛になるまで