魔女の微笑み


 思えば昔から、思った事をそのまま口に出してしまう人間だった。ポジティブに考えれば素直な子だが、裏を返せばただ何も考えずに喋ってしまうタイプ。良いことも悪いことも口を突いて出てしまうので、場の空気を悪くしてそのままトラブルになる事も何度かあった。今では、あんただから仕方ない、と流してくれる友達ばかりなので有り難い。
 しかし私ももう十七歳。高校生だ。空気を読むべきシーンや、思っても言わない方がいいことがあるのは十分すぎるほど理解しているつもりだが、しまった!と後悔した時には、すでに失言は口から出た後だったりする事が日常茶飯事なわけでして。

「赤葦くんって魔女みたいだよね」

 言ったそばから、ああ今回もやってしまったという気分になる。よりによって、相手はあまり話したことの無い、ただ日直を一緒にやっているだけのクラスメイト。担任に押し付けられた、資料をホチキスで綴じる作業の最中のことだ。話題に困って、なんとかひねり出したのが"赤葦くん魔女みたいだよね"発言だ。申し訳なさすぎるし恥ずかしすぎるし、穴があったら今すぐにでも入りたい。笑い飛ばしてくれる仲のいい友達ではなくただのクラスメイト、しかも男の子によりによってなんで魔女。案の定、数秒前まで一定のリズムを刻んでいたホチキスの音が、パタリと止んでてしまった。

「ご、ごめん……変な意味じゃないから!」

 フォローになっていないフォローに、赤葦くんはなんだかよく分からないような顔をしてる。別に彼が家でヒキガエルや黒猫を飼っていそうだなとか、変な薬作ってるのかもしれないとかそういう意味では全くないのだ。魔女みたいなんて言っておいてアレだが、彼は至って真面目な好青年だと思う。

「よく分かんないけど」
「ごめん変なこと言って。私昔から深く考えずにすぐ口に出ちゃうタイプで……」
「いや全然いいよ。むしろよく分かんないからどの辺がそう思ったか教えてほしいくらい」
「えっ、赤葦くん優しすぎない?」

 私の捻り出した末のポンコツな話題を広げようとしてくれている同級生に、思わず感謝の言葉が漏れた。彼の顔色を伺うが、そこに居るのは作業を始めた時と同じ赤葦くんだ。気を遣わせて申し訳ないがここは彼の優しさに甘えておこうと思う。

「なんていうか……色白いし、切れ目で、くせっ毛で」
「うん」
「指も長いし、あとは、うーん……ミステリアス?」

 隣で作業をしていた赤葦くんへと視線を移す。
 女の子が羨ましがる程長く伸びた指は、綺麗に爪の形まで手入れされて整っている。体も全体的に筋肉はあるが、余分な脂肪がなくすらっとしていてどこか儚げだ。そして、極め付けは表情を読ませないような涼しげな目元。賢そうな雰囲気を出してる。初めて彼を見かけた時はそれが全部合わさって、すごく綺麗な男の子だ、と素直にそう思った。

「みょうじさんの魔女のイメージって綺麗なの?」
「うん」
「結構部活で痣作るから、全身痣だらけで全然綺麗じゃないけど」
「やっぱ嫌だったよね……ごめん」
「別に嫌ではないよ」

 私のくだらない話に相槌を打ちながらも、作業をする手は止めない赤葦くん。嫌では無いといいつつも、先ほどより少し怪訝な顔つきになってしまった。やっぱりだめだ、もうこれ以上、この話はやめておこう。こんな事なら無言の方がまだ幾分かマシである。赤葦くんだって、さっさと終わらせて部活に行きたいはずだ。

「みょうじさん、今日この後帰るの?」
「うん。私今日、っていうか毎週水曜日は部活休みなんだ」
「テニス部だったっけ?」
「そうそう。赤葦くんはバレー部なんだよね」

 私バレーのことはあんまり詳しくないけど、梟谷の男子バレー部が強い事はよく知っている。毎年春高にも進んでいて、学校からはいつも三年生が応援に行くそうだ。何の気なしに、赤葦くんはどのポジションなの?と聞いてみると、セッターだよと一言返ってきた。確かセッターって、コートの真ん中でボールをポンポン飛ばす人?だった気がする。今回も例に漏れず口に出ていたようで、赤葦くんはまあだいたいそんな感じと言いながら少し笑っていた。
 最後の資料をトントンと揃える。小さな山になっていた仕事がやっと片付いた。これを先生に届けて、やっと今月の日直当番が終わる。

「赤葦くん今日も部活でしょ?あと任せてくれていいよ」
「いや、流石に申し訳ないし、俺も行くよ」

 そんなに重く無いし大丈夫だよとガッツポーズをしてみせる。それでも赤葦くんは、俺も日直だからと言って聞かず、結局二人で荷物を纏めて教室を出たのだった。





「失礼しました」

 先生に資料を届け、二人で職員室を後にする。
 赤葦くんは結局最後まで付き合ってくれた。きっと責任感が強いのだろう。
 お疲れ様と、お互いを労いながら並んで歩く。西日が差し込んだ廊下は日中では考えられないほど静かで、足音がよく響いた。エモいってこういう事かあと、ついにんまりしてしまう。

「みょうじさん今日暇?」
「えっ?うん、何もないけど、」
「なら、部活見に来てよ」
「部活……ってバレー部?」

 もちろん、と両手を使ってバレーのジェスチャーをする赤葦くん。唐突な誘いに思わず疑問符を返してしまった。

「ボールもポンポン投げるけど、それだけじゃないとこちょっとだけ見にきてよ」
「でも、邪魔にならない?」
「見に来る人結構いるし、全然大丈夫だと思う」

 ついでに俺が魔女かどうか分かるかもよ。
 そう意味深に呟いた同級生の顔は、いつもよりほんの少しだけ楽しそうに微笑んでいたのだった。