「もう徹なんて知らない!」

彼女を怒らせてしまった。
まあ、俺が悪いんだけど。原因は、昔の恋人がくれた目覚まし時計を何度言ってもずっと使ったのが気に入らない、とのことで。こんな些細なことで怒って出て行くとは思わなかった。ドアを勢いよく開けて出て行った彼女は最後に俺に枕を投げつけた。投げるまえに枕をぐしゃぐしゃとしていたから彼女にも多少羽根がついているだろう。枕の羽根がふわふわと浮いていて、さっきのことを思い出す。ああ、そうか。俺は彼女のこと何にも考えていなかったんだなあ。とりあえず追いかけにいかないと、と重たい腰をあげた。
本当は分かっている、彼女の「本当は探してほしい」というサインが。だって外に出たら枕の羽根が落ちているんだから。走り出して、道路に落ちているたくさんの羽根。何だ、君は昔の恋人からくれた目覚まし時計を使っているどうしようもない俺の、天使なんだろうか。

「名前っ…どこ…」

ああ、目覚まし時計なんてすぐ捨てていればよかったんだ。別に別れた恋人からもらったものだし、使えるから使っておこうと考えた自分がバカだった。彼女は辛かっただろう、いつまでも未練がましく使っている俺を見て。
はらり、羽根が落ちた。彼女の髪、シャツについている枕の羽根。目の前にいるのは彼女で、こちらのほうをゆっくり向いて他人みたいにお辞儀をした。「愛を勘違いしないで」と。

「名前、」

彼女の名前を呼んだ瞬間、彼女の顔が歪む。こんな空き地まで追いかけたんだから、許してくれないかな。俺はそれだけ彼女のことが好きだから。あんな目覚まし時計すぐ捨てるよ。

「徹は何もわかってない」

涙ぐむ彼女に、今までのことを考える。
付き合って一年たって、ハグとかキスとかが挨拶みたいに当たり前になった。彼女もきっとそうだと思っていたけど、全然違った。
彼女はそんな俺を見て不安だったんだ。目覚まし時計もしかり、いろいろ溜まっていたものが爆発して、こうなったんだ。
…ああ、俺が悪い。

「ごめん、名前」
「本当にそう思ってる?」
「うん、あれはもう捨てるよ」
「もっと早く捨てればよかったのよ…」

涙を拭って、俺は彼女の元へと歩み始める。もう、逃げないよね?ゆっくりと歩みよると、彼女はさっと後ろに隠していた手を出した。その手には、目覚まし時計が。
ふわりと浮かぶ目覚まし時計。すぐに落ちて、ガシャン、と鈍い音が。ああ、壊れてしまった、俺の目覚まし時計。彼女はまるでバイバイとさよならを言うように目覚まし時計を壊した。そうか、痛かったんだな、壊れな目覚まし時計よりも、痛い思いを彼女はしていたんだ。彼女は何かが抜けたように、朗らかな顔をしている。

「徹」
「…なに?」
「ごめんね」

目覚まし時計、と彼女。壊したのは自分のくせに謝るんだから。だけど、ようやく理解した、当たり前だと思ってはいけなかった、キスやハグ。もっと、もっと大切にしないと。髪についた羽根をさっととる。ああ、君は俺の天使だ、どうしようもない俺の、天使。

「名前が、好きだよ」
「どうしたの、急に」
「すごく好きだから、本当に」
「うん、分かった、ごめんね、今さっきは怒鳴っちゃって」
「ううん、俺が悪いし」

壊れた目覚まし時計はもう使えない。ああ、帰って枕の処理とか大変だなあ。でも、これで彼女が戻ってきたんなら、どうでもいいや。時々天使は、こんな風にして誰かを愛するためにはもっと努力が必要だって言っているのかな。

「帰ろ、部屋の掃除、全部俺がするから」
「…徹、掃除へたくそじゃん。いつも散らかしてるし」
「な、なんのことかな」
「…もう」

彼女は俺の手を握って、歩き始めた。足が止まったままの俺のほうを振り向いて、「帰るんでしょ?」と微笑んだ。

20151101
アンケートにてリクエスト「どうしようもない僕に天使が降りてきた」で及川徹

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