「悲しいって何」
「そのまま」
「俺にそう言われたのが悲しいってこと?」
「そう」
「…へー」

それ以上花巻は何も言わなかった。だから、あたしも何も言わない。沈黙でさえもあたしは嬉しく思った。だって花巻がこんなに近くにいるんだもん。あたしを、わざわざ探しに来てくれて、花巻ってほんと意味わかんないよね。ここ、あたしらのクラスから超遠い場所なのに。泣き止み、ぼーっと前を見据えていると、花巻が「ひでー顔」と笑った。

「うっさいわね。口縫うわよ」
「ひゃーこえー」
「…教室まで、一緒に戻るの?」

それとも、別々?
まあ花巻だから先に帰るとか言うんだろうね。聞いてみただけだよ。

「戻らないのかよ」

無愛想に、そう、ぽつりと。
ばかじゃないの、それだけであたしは嬉しくて嬉しくて、今にもニヤけそうになるんだから。花巻は、よくわかんないのに好きが募る。

「戻るけど」
「おう。途中から入るか」
「…ん」

授業全部サボるのは三年としてヤバイことだろうとあたしも思う。でも花巻よか成績いいんだから。立ち上がり、鼻水を軽くすすり、花巻の後ろを歩く。すると、くるりと振り返って、あたしが歩いてくるのを待ってくれた。…一体どういう風の吹き回しだろう。

「…花巻」
「んだよ」
「…ごめんね」
「…おう」
「嫌いじゃないから」
「…知ってっけど」
「そっか」

明らかにホッとしたような顔でそんなことよく言えたものだ。花巻、歩幅合わせてくれてるんだ。意外と紳士じゃん。惚れ直しちゃうからやめてほしい。嘘、やめてほしくない。

「花巻」
「なんだよ」
「なんであたしが悲しくなったのか聞かないの」
「俺に言われたからだろ」
「なんで花巻に言われたから悲しくなったのか、聞かないの」
「……」

これは賭けなのかもしれない。これでうまく行ったら私の勝ち。うまくいかなかったら。

「俺、めっちゃ自意識過剰なこと言っちゃうけどいいの」
「…いいよ」
「俺のことが好きだから、とか?」

花巻は表情一つ変えない。少しぐらい変えてくれたっていいのに。あたしは思ったよりも緊張しなかった。ただ、心臓の音がうるさくてうるさくてたまらなかった。

「うん」

心臓の音がうるさいのも、柄にもなく手が震えているのも、これからどうなるか不安なのも、今ここで目を細めて聞いている花巻のせいだ。


20151229



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