ざわつく喧騒の中、彼女は作業に没頭していた。何をしているのか気になり、覗いてみると、紙に何か記入していた。

「アルバイト…申請…?」

その言葉に彼女はびくっと肩を震わせた。ぱっと紙を隠し、「吃驚した」と笑った。

「…バイト、するの…?」
「…しようかなって考えてて。部活も何も入ってないしね」

あ、俺彼女と話している。そもそも俺が話しかけてしまったんだけれども。彼女が少し焦っているのは新鮮だったから。

「この学校申請しなきゃいけないからめんどくさいね。申請もせずにしてる子もたくさんいるけど」

ふふ、と笑いながら紙をしまった。俺が見ているところではそれは書きたくないのだろう。俺がまた覗き込むかもしれないと考えたからか。

「…研磨君から話しかけて来てくれると思わなかった」

彼女は嬉しそうにつぶやいた。あ、と俺はつい見入ってしまった。いつも見ている笑顔とは違う、裏のない笑顔だった。パチリと目が合い、「なに?」とまた嬉しそうに顔を傾ける。俺は手をいじりながら、「何もない」とだけ言って体を正面に向けた。

「せっかくだからもうちょっと話そうよ」
「…俺は話すことないから」
「そんなの私が考えるよ」
「………」
「じゃあお互いのことを紹介しようよ。誕生日とか好きなものとか…うーん、最近の悩みとかさ、言い合お」

なぜそうもぽんぽんと会話のネタが出てくるのか俺には分からなかった。嫌と言うわけでもなかったし、それくらいなら、と俺は頷いた。

「私は8月24日生まれで、好きなものはなんだろ…うーん、かぼちゃの煮付けで、最近の悩みは特にないなあ。はい、研磨くんの番だよ」
「…誕生日は10月16日で、好きなものはアップルパイ…最近の悩みは…無い」
「あっ、私がもう無いって言ったから使ったらダメだよ」
「…夏は暑いし、冬は寒いこと、かなあ…」

それを言うと、彼女は「何それ!」って笑った。変かなあ、しいていうと、そんな悩みぐらいしかない。それにしても彼女は夏生まれなのか。どの季節の生まれか全然想像できなかった。

「アップルパイ好きなんだ。私も好きだよ」
「…う、うん」
「可愛いものが好きなんだね、私もショートケーキとか言えばよかった」

かぼちゃの煮付けなんてババくさいね、と笑う彼女に「そうかな」と俺は呟くと、彼女は「え?」と俺の瞳を見つめた。それから沈黙が流れたから、その続きを俺に話してほしいんだと悟った。

「好きなものは人それぞれ…だから」

彼女は一瞬きょとん、として、それから歯を見せずに笑った。その笑った顔が、ちょっとだけ可愛かった。

「ありがとう」

今まであまり見なかったけど、彼女はどちらかというと可愛い部類に入るのかもしれない。彼女の瞳は、初めて話した時よりも輝いて見えた。その瞳にうつる俺は、何て間抜けな顔をしているのだろう。ぱっと顔をそらすと、「どうしたの?」ってクスクス笑って。俺はぽりぽりと頬を掻きながら、「なんでもない」とだけ。「研磨君はそればっかり」と髪を耳にかけた。

「研磨君の目って、猫みたいだね」

三日月のように目を細めて、それから、「ここ」と目を指差した。そんなことしなくてもちゃんと分かっているし、そんなことを言うから少し吃驚してしまう。

「あ、もしかして嫌だった?」
「え、……急に言われたから、吃驚しただけ」
「だよね、ごめん。何かポロッて出ちゃった」

彼女は割と、すぐに言葉を紡ぐタイプだと思う。だから今言ったことも特に理由は無いんだろう。不思議だ、優しく囁くように話す彼女に言葉に出来ない気持ちを持っている自分が。




20151004



戻る



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -