「おはよう研磨君」

朝、朝練から帰ってきたら隣の席の彼女が挨拶をしてきた。俺は慌てて「お、はよう…」と返したら、「朝から大変だね」と会話を続けてきた。「うん」とだけ言ってエナメルバッグを机にかけた。彼女は俺のほうに体を向けていたので、まだ話を続けるみたいだ。

「…そんなに警戒しないでよ」

彼女の少しだけ冷たい声。ばっと振り向くと、もう彼女はニコりと笑っていて、切り替えの早さに驚いた。俺は慌てて「してない」とだけ言って席に座ったが、彼女は「本当に?」とニコニコと笑いながら聞いてきた。

「研磨君は私のこと苦手かな?」

この人は、本当に何を考えているのか分からない。何でそうまでして俺に話しかけてくるのか、そんなに俺と仲良くしたい?そんなの、嘘だ。

「…そんなこと、ない、けど」

面と向かって苦手といえる勇気は無かった。そう言うと彼女はいっそう笑顔に明るさを増し、「よかった」とほっと胸を撫で下ろした。これは素なのか、作っているのか。怖くてこれ以上近づきたくない。

「どうしたら仲良くしてくれるかな」

彼女はなぜ、全て聞いてくるのか。自分だったら一人で考えて答えを出すのに。なぜ一つ一つを全て一人で解決しないのか、そこも理解ができなかった。俺はその問いに答えることができなかった。彼女が満足する答えを出すことができなかったからだ。それでも一生懸命考えていると、「ごめん」と彼女が言った。

「嫌だったら言っていいから。でも忘れないでね、私は貴方と仲良くしたいだけだから」

彼女はそう言って正面を向いた。少しだけ脈拍が早い。本当に何を考えているか分からない、怖くてそのまま外のほうに顔を向けた。彼女の笑顔が脳裏に焼きついて仕方が無かった。どうしてだろう、怖いからだろうか。



「研磨ー、お前新しいクラスでちゃんとやってんのかー?」

ガバっと肩を組んできたのは山本猛虎という名前の同じバレー部の男だ。相変わらずうるさい。

「別に…普通だよ」
「ハァン?そんなんじゃ友達できねーぞ!」
「別に…いい…」

一人もいないわけじゃないから、特別気にしたこと無かった。虎ははあ、とため息をついてぐりぐりと俺の頭をなじった。

「休憩時間とか何してんだよ!」
「…携帯でゲーム…」
「はあ?」
「でも最近は…隣の席の人によく話しかけられる…」

いつも笑顔の、あの人に。
虎はそれを聞いてパアアと顔を明るくさせ、「よかったな!」と俺の背中を叩いた。別にいい、というわけではないのだけれど。

「でも、俺と仲良くなりたいとか…変なこと言うんだ」

何かあるんじゃないかって思ってしまう、と呟くと虎ははーとため息をついた。

「ただのいいやつじゃねーか!」

そのまま仲良くなっちまえばいいんだよ!と言って練習を再開した。
そうなのか。
…そうなのかな。
彼女の笑顔の裏にはまだ何かあるような気がするんだけど、やっぱりそれは、気のせいなのだろうか。


20151004




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