彼女と隣の席になって1ヶ月がそろそろ立ちそうで、夏はやってきた。
相変わらず彼女は俺に話しかけてくる。でも、俺も彼女によく話しかけるようになった。彼女と話すのは楽しい。彼女は俺のぼそぼそとした声をちゃんと聞いてくれるし、ゆっくりと話すから聞き取りやすい。でも彼女は変わった。前よりも、咳をたくさんするようになって、マスクをするのが増えた。暑いのに可哀想だ。

「ごほっごほっ」
「…大丈夫なの?」
「うん、風邪長引いちゃって…」

果たしてそれは本当に風邪なのか。彼女は日に日に弱っていく。大丈夫なのか、とても心配で、それでも笑顔を見せる彼女に胸が締め付けられた。

「それより、そろそろ席替えの時期だね」
「え」

そういえばそうだった。いつするんだろうと考えてたけど、この前担任がぼちぼちするっていう話を言っていた。席替えというのは、俺たち二人が隣っていうのはもうありえないだろう。彼女の笑顔に陰りが見えた。俺はまだ、君の隣がいいんだけどなあ。

「もうちょっとこの席がいいな、せめて1学期最後まで」
「…え」
「駄目かな?」
「わかんない、けど」
「研磨君は?」
「え?」
「研磨君は、この席がいい…?」

揺れる瞳に、凄く情けない顔がうつっている。ああ、こんな時に言葉が出てこないなんて。早く、言わなきゃ。彼女を安心させなきゃ。彼女は不安そうに俺を覗き込んできて、俺はぎゅっと喉元が締め付けられる感覚だ。

「う、ん」

ゆっくりと頷くと、彼女は寂しそうに笑顔を見せて、「言わせちゃったね」とマスクをしなおした。違う、という言葉が出てこなかった。声が出なくて、こんな時俺はずるいんだよな。そうやって彼女に言わせてばかりで、自分では何も言えないんだから。「げほっげほっ」彼女の咳は日に日に酷くなっていく。分かっている、彼女が変わっていくことも、不穏な空気が流れてつつあることも。なのに俺は何も言えないまま、終わってしまうのか。それなら、それなら今言えることを。

「ふみか」
「ん?なあに?」
「……いつも、ありがとう」
「…え?」

動揺する彼女に俺はまくしたてる。

「話しかけてくれて、ありがとう…」

最初はなんで?って疑ってた。
だけど今は彼女のことをそんな風には思わない。彼女は、優しい君は、いつも俺のことを気遣ってくれた。だから俺も誠意を見せないといけないんだ。
彼女は黙りこくって俺を揺れる瞳で見つめる。「なんかいってよ」と言うと、数センチ口を開けて、そのままフリーズ。
もしかして気に障るような言葉だったのかな、とわたわたし始めたその時、彼女の目からぽたりと雫が落ちた。

「ふみか…?」

彼女の目尻から落ちた雫はスカートを滲ませ、そのままぽたりぽたりとずーっと落ちていく。彼女はフリーズしたまま涙だけを落とすので俺もどうしたらいいか分からずとりあえず立ち上がって彼女の涙をみんなが見ないように前のほうに移動した。

「……」

なんて声をかければいいんだろう。
なんて声をかけたら正解なんだろう。
俺に教えてほしい。俺はこういう時、どうしたらいいんだ?ていうかなぜこうなったのか、俺には理解できない。

「…研磨くん」

震える声で俺を呼ぶ彼女のほうに振り向けば、涙をぬぐいながら俺を真っ直ぐ見つめて。

「どうしよう。嬉しくて、もう死んでもいいや」

その笑顔は酷く眩しくて、俺には直視できなかった。ただ、そんな冗談を彼女は言うのかと、不思議に思ったのだ。

「…死ななくていいよ」
「ううん、もう十分」

彼女が言ったら何だか儚く聞こえてくる。少し目を離すと、まるでどこかに消えていってしまうみたいに。彼女は、今一体何を考えているのだろう。

「はあ、幸せだなあ」

彼女はそう言って、うっとりと、前を見据えた。

20151026




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