「いや〜研磨が自主練をする日が来るとはな〜」

ニヤニヤと笑いながら俺を見るクロにはぁとため息が零れた。俺だってこんな日が来るとは思わなかった。彼女は少し覗くつもりで見に来ていたらしい。終わったんだ、としょんぼりと言われてしまったらそれを無視して着替えに行くわけにもいくまい、と少しだけ自主練をすることになった。俺は結構彼女に甘いんだと再確認した。

「ほ、本当に良いんですか…?」
「良いよ。臨時マネージャーみたいなさ」

彼女の手にはバレーボール。一体どういうことなのだろうか。あろうことか彼女まで練習に参加しているのだ。

「クロ…やめてよ」
「大丈夫だって、お前にボール渡すだけだ」

虎は耐え切れなくなってそのまま帰っていったから今この体育館には俺とクロと彼女だけ。他のみんなは帰って行った。それにしても、いいのだろうか。彼女は制服だ。もしコケたりしてスカートの中が見えたら…。って、俺は何を想像しているのだろう。

「どこ見てるの?」
「あっ…ボール見てた」

焦って嘘をついたが、彼女にはバレていない。彼女ははい、と俺にボールを渡した。



「そうそう、上手いねー塩谷さん」
「あ、ありがとうございます…」
「ねえ、俺とやってたんだけど…」

今日体育で使ったから、とリュックの中に入れていた長いジャージを下に履いてなぜかクロにレシーブを教えてもらうふみか。最初は彼女がやりたそうに見ていたから。少し教えてみたらできるようになって、レシーブを受けていたらクロが入ってきた。でも確かに上手い。リエーフよりも上手いかもしれない…。

「もうちょっと腰落とすといいかも」
「あ、はいっ」
「……」

俺一人、除け者にされた気分だ。彼女もやる気だし、俺はここらへんでやめておこうかな。ボールを籠の中に入れていると、「研磨ー!」と呼ばれたので振り返る。ボールが転がってきた。そのボールを拾って顔をあげると、汗だくの彼女が見えた。籠にボールを収めて「もう終わりにしよう」と声をかける。クロは頷いてボールを片しに行った。俺は彼女のほうに歩み寄って、「大丈夫?」と。

「…ちょっと疲れちゃった…」

汗を拭いながらへたりと倒れこむようにそこに座り込んだ。ちょっと、なんてものじゃない。凄く疲れているじゃないか。少ししか時間が立っていないのに…。「ゲホッゲホッ」また彼女は咳をする。一瞬戸惑ったが、俺は彼女の背中を擦ることにした。暫く咳は続くその中、クロはボールを全部片し終わり、少し心配そうに彼女をチラりと見て、「先着替えてっからー」と言って出て行った。

「げほっ…はあ、大丈夫だよ、着替えに行って…」
「…大丈夫じゃない」
「大丈夫、げほっ、ちょっと咽(むせ)たようなもんだから…」
「……」

俺を突き放すかのように、背中を擦っていた手を離した。それに胸がずきりと痛んで、行く当てのない手はぶらりと宙を舞った。

「鍵なら私がかけておくから…ね」

早く行って、と眉を下げた笑みを浮かべられ、俺はそのまま着替えに行った。
情けない。と思いながらも逆らえなかった。あまり心配されたくないのかもしれない。だけど心配は無くならなかった。

「お、研磨。塩谷さん大丈夫なのか?」
「うん…多分」
「お前最後までついてやらなかったのかよ」
「…」

何も言い返せれない。クロの厳しい言葉に俺は今さっきのことを思い出す。凄くしんどそうだった…風邪であんなになるものなのだろうか。そう思いながら素早く着替える。早く彼女の元へ。

「ふみかっ…」

長ジャージを脱いだふみかが体育館の前にいた。丁度鍵をかけたところらしい。ふらつく足取りで俺のほうへと歩き出した。俺は駆け寄って鍵をもらう。

「鍵は俺が返しとくから二人で先帰ってな」
「えっ…クロっ」

クロは踵を返して手を振っている。ありがとう、とつぶやいて彼女のほうを向いた。彼女の顔色は少し悪い。

「帰ろ」

彼女はコクリと頷いた。はやく帰らせれば良かった。こんなことになるんなら…。「ごめんね」後ろで彼女の声がこだました。

「心配させちゃった。出しゃばるんじゃなかったな、ごめんね」
「そんなっ…クロが無理させただけだから」
「ううん。あの人は悪くないよ。きっと罰が当たったんだ。最近楽しかったから」

まつ毛を震わせる彼女はリュックの紐を握りしめた。俯いて彼女の表情は見えないから一層胸が痛めつけられる。

「楽しかったら罰が当たるの?」
「…私っていっつもこうなんだ。楽しいことがあるとすぐこんな風に体調崩しちゃったりして…」

俯く彼女の表情が見たい。今どんな顔をしているのだろう。いつも笑顔なのに、全然笑顔を見せてくれないな。こういう時、嫌でも笑顔を見せるのに。それぐらい弱っているのだろうか。彼女は漸く顔をあげて、今にも泣きそうな顔を見せた。

「…消えたくなる…」

きゅっと胸がしめつけられるその細々とした声に俺は手が動いて、彼女の腕をとっさに掴んでしまった。彼女は吃驚したのかためていた涙がぽろりと落ちた。

「そんなの、ダメ」

言葉にしたいのに、言葉にできない。なんて言ったらいいか分からない。だけどこの気持ちだけはわかってほしかった。彼女がそんなことを言うだなんて。優しくていつも笑顔なふみかがそんなことを言うだなんて。考えられなくて、でも俺だって消えてほしくない。

「……冗談っ」
「…え?」

ニコッと今までの暗さを忘れた笑顔を俺に見せた。涙をぐいっと拭き、掴まれた腕に視線を寄せながら口元は弧を描いた。

「言ってみただけ。ごめんね」
「え…」
「帰ろっか」

俺の手を離さぬまま歩き出す。掴んでいるからぐいっと引っ張られるままだ。とりあえずつかんでいた手を離すと、チラりと俺を見た。

「研磨くん、隣」

それは隣に来いとのことで。横に並ぶと満足気に笑い鼻歌を歌い始めた。やけに上機嫌で何がなんだか分からない。今の今まで暗かったのに。

「もう咳は大丈夫なの?」
「たぶん」
「…早く寝てね」
「もう、大丈夫だから」

研磨君に心配されるなんて、と眉毛を下げらせた笑みを見せた。彼女の前髪は右に分けられてぱっつん気味だ。そんなきっちりしたところも彼女らしいと思った。


20151018




戻る



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -