ソワソワする。彼女の隣にいると。どうしてだろうか、もっと近くに行きたいと思ってしまう。彼女との数十センチの距離がもどかしくて、何だか甘酸っぱい。彼女の横顔は綺麗で、たまに髪の毛に隠されて見えないけど、たまらなく顔が見たくなるときがある。そうやって顔をじーっと見ていたら気づかれて話が始まるんだけど。彼女の笑った顔は何だか、元気になる。最近彼女は裏表のない笑顔を見せてくれる。それがたまらなく、嬉しいんだ。ずっと見ていたい。いつからだろう、誰にも見せたくないと思うようになったのは。

「また一緒に帰ろうね…」

ぽつり、喧騒の中呟いた。彼女は友達のほうに行って話している。その文字が書いてあった手紙は部屋の机の中に大事に保管している。ただの小さい紙切れなのに、嬉しくてたまらなかった。彼女はそれについては触れてこないから俺もその話はしない。だけど、彼女はそう思ってくれていたんだ。それがたまらなく嬉しい。それから、彼女は帰ってきた。

「研磨君、科目別一緒だったよね?」
「うん」
「よかったあ、一緒に行こうね」
「…友達は一緒じゃないの」
「うん。離れちゃって。でも良かった、研磨君いるから寂しくないや」

ほら、そういうことを彼女は言うじゃないか。ニコニコと笑う笑顔の先には何を考えているのか。だけど俺は単純に罠に引っかかってしまってまた毒される。そんなこと言われたら、嬉しくなってしまうじゃないか。「喋ろうね」と優しく言う彼女にコクりと頷いた。彼女はニヤニヤと笑いながら俺をじーっと見る。

「結構仲良くなれたねっ」
「…そうかな」
「そうだよ。あ、私のことは呼び捨てで呼んでも構わないからね」
「うん…」

そういえば彼女のことを今まで一度も呼んだことがない。確か名前は…ふみか、だったっけ。うん、よし、大丈夫。


「研磨くーん、行こー」

昼休みが終わる数分前。移動だからと彼女は教科書を持ってくねくねとし始めた。「待って」と言って教科書を用意する。彼女は「まだ?」とくねくね。何だか少し変わった気がする。少なくとも前の彼女はただにっこりと笑うだけだった。

「用意できた」
「じゃあ、行こっか」

これって、隣で歩くべきなのだろうか。俺が隣って調子乗ってるって思われないかな。どうしたらいいんだろう。チラチラと彼女をみていたら彼女は振り向いた。

「何で後ろにいるの?隣きてよ」

優しい言い方は、初めて話した時から変わらなくて。俺はそそくさと隣を歩いた。これって、付き合ってるとか思われないかな。それで彼女に迷惑かかるの嫌だな…。気づけばまた後ろの方に来ていた。それに気づいた彼女は少しだけムッとして、

「後ろ下がんないで。いっつも隣で喋ってるのにこういう時だけ前後で話すって変でしょ」

片手で教科書類を持って、俺の服の袖を掴んだ。引っ張られる感覚で、そのまままた隣へ。満足そうな顔で見てくる彼女から目を逸らした。少し可愛い、なんて思えてくる。

「ついた。席どこかなー?」

黒板に名前で席順が書かれていて、俺は前から三番目の二列目らしい。ささっと周りの人をのけて席に座った。隣は誰だろうと名前を見たら――

「ふみか、席ここ」

とんとん、と机を叩く。それに気づいた彼女はそこまで歩いて行って、「ここ?」と聞く。頷くとそのまま座って「ありがとう」と笑った。ふみかの席は俺のななめ後ろ。隣では無かったのだ。

「研磨君近いね」
「…そうだね」
「研磨君の後ろ姿見るの新鮮。ガン見しちゃおっかな」
「それはやめて」
「そういえば研磨君よく黒板の字見えたね」
「ふみかが目悪いだけだよ」

そう言うと、彼女はきょとんとして。それから何事もなかったようにまた違う話。彼女は何か隠す時、会話を必ずする。今だって、脈絡の無い話をずーっと。

「ふみか」
「…っな、何?」
「何を隠してるの?」

今度は、何を抱えているのだろう。何を背負ってるんだろう。俺は君の力にはなれないだろうか。

「…隠すって程じゃないけど」
「うん」
「…その、名前で呼び捨てって結構照れるなって」

頬を少しだけ赤く染め、ぱっと下を向く。
…なんだ、そんなことなのか。彼女のその行動が何だか可愛い。

「俺、苗字知らない」
「ええっ…塩谷だよ!覚えてね!」
「わかった」

塩谷ふみかって言うんだ。へえー、いい名前だ。きっと、一生忘れない。


20151016




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