あの後、家の前までちゃんと送った。彼女はありがとうと何度も言っていた。風邪を引かないようにと念を押されたが幸い風邪は一日たったが引く気配もない。

「けーんまくぅーん」
「…何」

ニヤニヤと俺を見るクロ。めんどくさそうに返事をするとぽん、と肩を組まれた。

「いつの間に相合傘をする女ができたんだ…?」

……。
………ああ。そうか。

「見てたんだ」
「研磨がまた忘れ物なんておかしいと思ってな。顔は見てねぇが雰囲気的に結構可愛いんじゃねーの?セイソな感じしたけど」
「………クロに言っても仕方ない」
「あっおい、研磨!」

部室を早々と出る。これ以上聞かれるのがめんどくさかったからだ。
いいんだ、彼女のことがどうとかなんて。俺だけが知ってればいい。彼女の素顔を、俺だけが。優しくていつも笑顔なだけじゃなかった。教室について自分の席の方へ行く。彼女は席に座っていた。

「…おはよう、研磨君」

今日の彼女は、笑っていなかった。

「おはよう」
「風邪引いてない?ごめんね、昨日は」
「大丈夫」

あれ。
今日は謝るんだ。
それに何だかもじもじしている。今日の彼女はらしくないなあ。

「…あのね、研磨君。わたっ…」
「ふみかー!」

彼女の言葉を被せるかのように彼女の友達は彼女を呼んだ。俺に気まずそうな顔を見せながら「なに?」と歩いて行った。
…一体何を言おうとしたんだろう。


授業中、彼女は俺に気づかれないようにチラチラと見ていたが、バレバレだ。
何か言いたいんだろう、言えばいいのに。俺は君の言葉に、逃げたりも暴言を吐いたりだってしないのに。
待つことにした。彼女が話かけてくれるまで。
そうしたら時間はたくさんたって、最後の授業が終わりそうだ。
彼女は相変わらず俺を気にしている。ここまでくると、気になって仕方ない。思い切って彼女のほうを向いて見た。思ったとおり彼女はこっちを見ていて目が合った。揺れる瞳に俺は「何?」とだけ。

「…あのね、研磨君」
「?」
「……渡したいものが、ある、の」

彼女は軽く頬を赤く染めている。何を俺に?あの時俺は何か彼女に渡しただろうか。授業が終わり、彼女はリュックから可愛らしくラッピングされた袋を取り出した。そして俺の方にそれを差し出す。

「…昨日の、お礼」

俺はそれを受けとり、中を見る。あ、と思わず声が漏れた。

「アップルパイ…」

袋の中にまた透明の袋があって。中にはアップルパイが三つ入っていた。彼女は照れ臭そうにして「研磨君が好きって言ってたから」と俺から視線をそらした。

「ありがとう。嬉しい…」

言葉が、こんなにもするすると出てくるなんて。考えられないことで。感謝の言葉をこんなに気持ちをこめて言ったことはあるだろうか。

「……良かった」

やっと、笑顔を見せた。
最初とは全然違う、この裏表のない笑顔。あの時は考えられただろうか、彼女がこんな笑顔をみせてくれるだなんて。

「中々渡せなくて、変な感じにさせちゃったよね、ごめんね」
「ううん、大丈夫」
「…それ、家で食べてね」

本当は部活が終わった後食べてしまおうかと思ったけど、彼女がそう言うのでやめておいた。早く、早く部活終わらないかとこの時ばかりは思ってしまった。


「美味しい…」

彼女の言われたとおり家で食べている。あっという間に食べてしまってカサカサと袋を綺麗に畳もうとしたら、何か固いものが中にはいっていた。何だろうと袋をひっくり返すと。

「……『また一緒に帰ろうね』」

小さい紙が入っていて、その文字が書いてあり、語尾ににっこりと笑ったスマイルマークが。
こんなこと、いつも会っているんだからその時に言えばいいのに。こういう手紙とか、本当せこい。そうやって俺は彼女に毒されて行くんだ。紙をとり、もう一度読む。たったの一行しか書いていない文にどんな感情を込めたのだろうか。俺はそれが知りたくてたまらなかった。


20151013





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