「警報出るらしくて…部活なくなった…」
「そうなんだ」
「…帰らないの?」
窓はもうしまっていて、彼女はまだ作業をしていた。もうすぐ7時になる。もうすぐ夏になるとはいえ、暗い。
「ううん、どうしようか」
「…帰ったほうがいいんじゃない」
俺の言葉に、彼女は瞳を震わせた。「研磨君一人?」という言葉にこくりと頷くと「じゃあ一緒に帰ろう」とプリント類をリュックに詰め始めた。
支度がすみ、彼女が歩いてくる。それと同時にピカッと外が光った。
「ひっ…」
え、と彼女のほうを振り向くと、彼女は笑顔で、
「吃驚した?」
へへっと笑って、リュックを背負った。
「もっと女の子、って感じの子なら雷を怖がるんだろうね」
帰ろっか、と彼女は歩き始めた。何でだろう、少し急ぎ足な気がする。彼女は俺の方をちらちらと見ながら歩いていく。「はやく」という彼女に違和感を覚えた。また、ぴかっと雷が。彼女は微かに震えた。…あ、そうか。
「雷怖いんなら、怖いって言えばいいじゃん」
淡々と、そう言いながら彼女の隣に行くと彼女はいつもの笑顔で「え?」と。
「別に、怖くないよ」
「嘘」
「何でそう思うの?別に普通だよ。ほら、早く帰ろ」
「…今早口になった。手が少し震えてる」
きっと動揺しているせいだと思う。彼女は少し笑顔を崩した。「…よく見てるね」震える声で、そう言ったのだ。
「それに雷怖いならおさまるまで待ってたほうがいいんじゃない?」
「…いつおさまるか分からないじゃない…」
あたりも暗くなって、確かに待つのには時間があまりない。それなら帰ったほうがいいか、と歩きだした。彼女は黙りながらついてくる。雷の鳴る音に耳を澄ませているのか、鳴ったら少しだけ体を小さくした。
「…どこか握っててもいい?」
弱ったような声。俺はこくりと頷いたが、服に握られたらしわがつくと考え、手を差し出した。「…いいの?」俺は「うん」だけいって手を動かした。恐る恐る触れた手、指は小さくて冷たかった。きゅっと握り、元々握力はそんな強くないのだろう、そんな握り締められてる感じもしなかった。
「…なんで雷怖いって隠してたの」
「……」
彼女は何も言わなかった。言いたくないのだろうか。階段をゆっくり降りて靴箱まで歩いていく。
「…雷怖いとか、ぶりっこかよ、って言われたことがあって」
「ふーん」
「それが嫌で、ずっと隠してたんだ…」
そうなんだ、彼女もちゃんと感情があるんだ。彼女なら気にしないと勝手に思っていた。いつもの笑顔の奥にはそんなことも考えていたんだ。
「…別にぶりっこじゃない、と思う。誰にでも怖いものはある、から」
「……ありがとう」
ゴロゴロと雷は鳴っていて、きゅっとまた握られた。こんなにも弱くて、小さいんだ、彼女は。少しだけ、ドキドキしてしまう。
彼女のほうを向いたが、俯いてて表情が見えなかった。きっと怖いんだろう、怖いのに話しかけてしまった。もう話しかけない方がいいのだろうか。
靴箱について、ローファーに履きかえる。手は離されたが、履いた途端に握ってきた。…このまま外には出れない。
「…手…」
そう言うと、彼女はびくっと肩を揺らし、慌てて手を離した。「あっ、傘、ささなきゃだもんねっ…」慌てて傘をさそうとする彼女を見て俺は思いついた。ぽん、と肩を叩くと彼女はまた震えて。「どうしたの?」と聞かれ、俺は傘を見せた。
「…一緒に入ればいい」
彼女はいまにも泣き出しそうで、「いいの?」と聞いてきた。傘を差し彼女の方に手を出す。それは「いいの?」に対しての答え。彼女はその手を握りしめた。
生まれて初めて相合傘というものをした。
いつもの数十センチの距離よりももっと近い、数センチの距離。柄にもなくドキドキして、このドキドキが聞こえてしまいそうだ。
「…今日は…ありがとう」
まだ手を握る彼女が近くて、彼女はただの女の子なんだと思った。俺は彼女にどんな感情を持っているのだろうか。きっと俺は――
20151013
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