ぐっ、とコンビニの袋を握る力が強まる。何で、何でここに。親にバレるのはイヤだからって家の前にまで来たことがないのに。彼はあたしの隣にいる茂庭さんを見て、俯いた。
「そういうことか」
ツカツカとあたしの前まで歩いて来て、あたしの顔を思いっきり殴った。
「ちょっ…何してんですか!」
あまりの強さにあたしはその場に倒れこんだ。袋の中に入っていたカフェオレがコロコロ転がる。口の中が血の味がして、あ、これ切れたなと冷静に思った。茂庭さんは体を下ろして大丈夫か?と聞いてきた。「大丈夫です」と言ったけど、あまりの痛さに腰が抜けて立てそうに無い。
「ほら、やるよ」
見舞いの品だ、って言って渡されたのは、以前彼とあたしが一緒に行った花畑で、あたしがずーっと見ていた花だ。あの後、気になって調べたんだった。確か名前は、「チョコレートコスモス」。きちんとラッピングされているから、わざわざ買ってきてくれたんだ。
「信じてたのによ」
…何が、信じてたのによ、だ。あたしの何を信じるっていうんだ。あんたのためにやってきたメイクだって、深夜に家を抜け出すのだって、悪い人達とつるんでるのだって、好きでやってきたわけじゃない。あんたに全部合わせてたのに。その一言で全部拒絶して、あたしを悪者にするんだ。
「俺たち、何もないですよ」
ぶたれた頬に手を添えていたら、茂庭さんが彼に話しかけた。背中を向けていた彼も、後ろを向いて「あ?」と睨んだ。だけど茂庭さんは怯むことなく、続けた。
「コンビニでたまたま会って風邪を引いてるって聞いたから、俺が勝手に送るっていって、勝手にここまでついてきただけです。勘違いしないでください」
「…茂庭、さん」
凜としたその瞳、うるっと来てしまった。怖くないの?彼のこと。あたしのために庇ってくれて、自分だって殴られるかもしれないのに、助けてくれるんだ。彼は睨むのをやめて、あたしの前に歩み寄り、手を差し出した。「悪かった」、と。
「…いらない」
「…」
「…あたしだって、信じてたよ。あんたの言葉」
「…」
「もう暴力振るわないって、何回聞いたんだろうね」
あたしは何度その言葉に騙されたんだろうね。今ではあんたの操り人形だよ。こうやって殴られて、何度もアザを作って、あんたのために動く。あんたの人形は、もうボロボロなんだよ。
「…俺、帰るね」
茂庭さんは立ち上がって、眉を垂れ下げながら笑った。地面に横たわっているカフェオレを拾って、ショルダーバッグの中に入れた。それ、茂庭さんがあたしにあげたやつ。…茂庭、さん。お腹あたりにおいたチョコレートコスモスを握り締めた。消えたい、逃げ出したい、もう何もかもがイヤだ。カフェオレ、あたしのカフェオレ。
「カフェオレ…」
「セナ」
あたしの腕を強引に引っ張り、立ち上がらせ、そして抱きしめた。きつめに抱きしめられて、彼が泣いていることに気づく。…ああ、花がくしゃくしゃになっちゃうじゃん、バカだなあ。チョコレートコスモスの花言葉は、「恋の終わり」「恋の思い出」「移り変わらぬ気持ち」なんだよ。…あたしたちにぴったりだね。今まで怖くていえなかった言葉を、ここで言ってしまおう。
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