「ただいまあ」
「おかえり…って、あんたその頬どうしたの」
「友達と喧嘩して殴り合い」
「あら、大丈夫?」
「大丈夫ー」

ご飯は?と聞く母に食べるーと言って部屋にあがった。彼には「無くした」と嘘をついたら「おいおい」と苦笑いをされた。ああ、殴るのかと思ったのに。でもよかった、傷が増えずにすんだ。リュックを置いて、上着を脱いでベッドに飛び込んだ。携帯を取り出して、ラインを開く。一番上には「茂庭要」からの返信。"無事に帰れた?"なんてことが書かれていて笑った。無事に、って。どういう意味で送ったんだろう。"無事に帰りましたよ"と送ると、すぐに既読がついて"そっか、よかった!あと、敬語じゃなくていいって(笑)"と来た。ぎゅっと胸が締め付けられる。心配してくれてたんだなあ。あたしは嘘つきだ。彼にも嘘をついて、茂庭さんにも嘘をついて…。消えたい。消えてしまいたい。

「セナー!ご飯!」
「はーい!」

あたしはベッドから置き、急いで部屋着に着替えた。


「どうだ?綺麗だろ」
「うん」

つれてこられたのは、たくさんのコスモスが咲いているコスモス畑。彼がこんなところに連れてきてくれるなんて、思いもしなかった。座り込んで、コスモスを見つめる。綺麗だなあ。

「おい、これ見てみろよ。黒いぜ」
「…ほんとだ」

下地は赤で、黒が全体的に混ざったような色。それは自分のように見えて、ドキりとしてしまった。いつからだろう、こんな色になってしまったのは。まだ楽しそうに笑っていたのは、いつだっけ。

「その花、気に入ったのか」
「…ううん、そういうわけじゃないよ」

もしうんと言ったら彼は許可なくこの花をぷちっと切ってしまいそうだから。あたしはスクっと立ち上がった。きっとあたしがつまんなさそうにしていたのを、彼は分かっていたんだ。だから、こんな綺麗な花畑につれてきて、あたしを楽しませようとしてくれたんだね。あたしはニコりと笑みを浮かべ、「ありがとう」と言った。昔の彼に戻ったかのように、にっこりと微笑んで、「お前が喜んでくれたなら、よかった」と言ってくれた。今まで頭が痛かったのに、このときばかりは胸が痛んだ。


「ほら」
「え?」

家の近くまでバイクで送られ、メットを外しバイクから降りたところで渡された小さい紙袋。中を見ると、白いうさぎのぬいぐるみ。「これ…」彼を見つめると、鼻の下を人差し指でこすって、「無くしたっていうから」と照れくさそうに言った。…なんで、あたしはあんたから遠ざけようとしてるのに、なんであんたはこういうことをするの。こんなことしたら、ますますあんたから離れれなくなるじゃない。

「いっ、いらない…」

バッと紙袋を彼に押し付けて、走り出す。「おい!」と後ろから叫んでいるが無視だ。痛い、ヒールが靴擦れして痛いし、彼に殴られたところがズキズキ痛む。だけど一刻も早くあそこから離れたかった。彼は追いかけてくるだろうか、と考えながら十字路を曲がり、急いで家に入る。バタン、とドアを閉めてずるずるとそこに座り込んだ。ぽいっとパンプスを脱ぎ、靴擦れで血が出たところを見つめる。う、気持ち悪くなってきた。立ち上がって洗面所に行く。今日食べたもの、全て吐き出してしまった。「ちょっとセナ、帰ったらただいまぐらいいなさい」という母の声が聞こえ、頭が痛くなった。何でだろう、あたし、何でこうなるんだろう。フラフラと部屋にあがって、携帯を開くと、ラインが来ていた。彼からだろうか、と思ったら茂庭さんだった。何気ないその会話に、涙がボロりと零れた。『助けてください』、と打ったが、送るのはやめて普通に返した。

「…茂庭、さん」

ぽつりと呟いた言葉が、どんな言葉だったかすぐに忘れてしまった。


 


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