「…本当に、いいんですか、アイスティー奢るだけで」
「いいですって。ていうか、本当はこれもあんまり良くないですけど」

彼氏に、と言ってアイスティーをストローですすった。ああ、またその単語。今は忘れたいのに…。この人は悪気無しに言っているのが見るからに分かるから、自分にいらだってしまう。何も知らないんだもの、仕方ない、仕方ないって割り切らなきゃ。友達に「カラオケ行けない、今日男の人と話してたのは彼には言わないで」とラインを送った。「あそこにも集まらないの?」と来て、「うん」とだけ送っておいた。この人にはオススメのカフェのカプチーノを奢ろうとしたら、ファミレスでいいと言われ、今に至る。どこまでも良い人なんだなあ。

「…あ、の、名前」
「ん?」
「名前聞いてなかったなって」
「ええ?もう会わないだろうし、聞いても…」
「聞いておきたいんです」

もう会わないだろう、それは私も思った。だけど、聞いておきたかった、聞いておかなきゃ駄目な気がしたから。アイスティーを飲んで、へへっと笑った。

「茂庭要です」
「茂庭…要、さん」
「…そっちは?」
「…え?」
「君の、名前」

ニコッと笑顔を向けられ、ドキりとしてしまった。ああ、あたしの名前…。喉に何かがつっかえて、中々言葉が出てこない。茂庭要、茂庭要、と頭の中で茂庭さんが「茂庭要です」と言っているのがリピートされる。「どうしたの?」と覗き込むように聞かれ、慌てて我に返った。

「滝本セナ…です」
「滝本さんか」
「…茂庭さんは何年生ですか?」
「俺?3年です」
「あっ…先輩ですね」
「え?2年?」
「はい」

そっかー、と言ってまた笑顔を見せた。「同い年かと思った」と言ってアイスティーを飲む。「2年生なんですね」という茂庭さんに「年下なんで、敬語やめてください」というと苦笑いをされて「わかった」と言った。茂庭さん3年だから、同い年か年下しかないのに、ちゃんと敬語を使っているからやっぱり律儀という印象が抜けない。いや、それでいいんだけど。やっぱりあたしには遠い存在だと思ってしまう。

「そういえばそのぬいぐるみ、つけないの?」
「え?」
「リュックに」

丸めの、青いリュックを指差した茂庭さん。ああ、とあたしは目を細めてリュックを撫ぜた。「いいんです」と、ぬいぐるみをリュックの中に入れた。このまま、無くしたことにしておけばいいんだ。そしたらきっと、何かが変わる気がするから。何かを察したのか「うん、うん」と頷いて気まずそうにアイスティーを飲んだ。あたしはクスりと笑って、「やっぱり他にも何か頼みましょう」と言った。

「いいよ、ほんとに」
「じゃああたしが何か頼むので、一緒に食べましょう」
「いいってば」
「…」

チン、と呼び鈴をならした。「ちょっと」という茂庭さんを無視して「ポテト、大盛り」と店員さんに注文した。あとついでに食べたかったオムライスも。茂庭さんをチラりと見るとおでこに手をあてはあー、とため息をついていて、少し面白かった。

「私オムライスも頼んじゃいました。きっとポテト食べきれないんで、一緒に食べましょうね」
「…ああ、…うん」
「アイスティーおかわりします?」
「いい!まじでいいから!押さないで!」

何だか必死な茂庭さんにまた笑みが零れた。何でだろう、まだ知り合って間もないのに、素で笑みが零れる。凄く、楽だ。

「茂庭さん、部活とかしてました?」
「うん、バレー部」
「後輩に苦労してそうですね」
「え、分かる?」
「あはは、そうだったんですか?」
「ちょっとねー。でもまあ、良い後輩だったよ」
「そうなんですね」

何だか優しい目つきになって斜め上を見ている。思い出しているんだな、今秋だし、部活引退したばかりで思い出すことも多いんだろうな。いいな、あたしも部活したかったなあ。

「滝本さんは?」
「さんいらないです」
「うーん、呼び捨てはちょっとできないな」
「じゃあ」

ふと、小さい頃近所のおじさんがあたしのことを「セナちゃん」と呼んでいたのを思い出した。「ちゃん付けていいですよ」なんて少し図々しいことをつい言ってしまった。言ったあとに後悔したけど、茂庭さんは照れくさそうに笑って、「じゃあセナちゃん、で」と言ってくれた。

「セナちゃんは、部活入ってるの?」
「入ってないです」
「…セナちゃんも、敬語やめよう」
「年上に敬語なのは当たり前ですよ」
「いや、何か堅っ苦しいっていうか…同じ部活ってわけでもないし」

この人の敬語の定義は、同じ部活で、先輩後輩ってことなのかな。いいなあ、そういうの。目を細めて、茂庭さんを見る。…ああ、やっぱり遠い。

「茂庭さんて、良い人です」
「ええ?初めて言われた。ていうか敬語」
「…茂庭さんは良い人だから、従う」
「従う、って…」
「…結局、名前以外も色々聞いちゃった」
「いいよ、このぐらい」

このぐらい、何だ。この人にとっては。あたしは何だか、これからもう会わないのかと考えると何か変な感情が沸いてきてしまった。おかしいな、きっと茂庭さんが良い人だからだ。じゃないとこんな感情沸いてこない。もやもやしたまま、無言が続く。何か会話をしなければ、と思ったら店員さんがやってきた。

「お待たせしました、オムライスとポテト大盛りです」

店員さんが運んできたオムライスにキラキラと目を輝かせると、プッと茂庭さんが笑った。「俺が見た中で、今が一番生き生きしてるよ」なんていっていて、あたしはそんなに死んだような顔をしていたのかと思った。



 


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