知らないよね、あたしがとっくにあんたのことなんて好きじゃないことも。日に日に離れているあんたの気持ちにも。あんたの前ではあたしは操り人形なんだよ。あんたが思ったとおりに動いているだけの、人形。

「セナ、お前最近帰るの遅いぞ」
「友達と喋ってた」
「風邪引かないようにな」
「うん」

家の近くまで送ってもらって、ここまででいいよというところであたしは降りた。ぐ、と彼の顔が近くなる。ああ、そうだった。あたしは少し背伸びして、唇に唇をくっつけた。それだけで彼は嬉しそうに笑うから、単純だなあと思ってしまう。単純だから、怒らせやすいんだけど。バババとうるさい音をだしながら帰っていくバイクを見つめ、踵を返し家に帰った。そして、今に至る。部屋に入ると、リュックを投げ、ベッドに飛び乗った。あの後、「遅い」というだけで腹を殴られ、まだじわじわと痛みが抜けていない。いつまでこんな関係、続くのだろう。怖いからその先が進めない。誰もいないところに行きたい。そんなこと、できるはずないけど。ふと投げたリュックに目をやると、彼からもらったユーフォーキャッチャーの景品、もというさぎのぬいぐるみを落としてしまった。彼が「お前みたいだから」という理由でくれたうさぎ。寂しそうな顔をしていて、これがあたしなのかと思ってしまったものだ。ああ、そういえばあたし今日知らない人とぶつかったんだっけ。その拍子に落ちちゃったのかな。あー、何か言われたら面倒だけど、落としてしまったものは仕方ない。何だか一気にすべてが面倒くさく感じた。制服を脱ぐのがめんどくさい…。もういいや、「ご飯食べたのー?」と一階から聞いてくる母の声も無視して、目を瞑った。


「…やばい」

AM6:40。本当にあのまま寝てしまったんだ。あれ、でも布団かけた覚えないのに…きっと母がやってくれたのだな、と自己解決し急いで起き上がった。確か今日、どこかにつれてくみたいなことを彼が言っていた気が…。急いでラインを開くと、彼から7件着ていた。表示されているのは不在着信。ああ、やってしまった…。急いで開くと、やっぱ明日は無理とのこと。そして今から電話できるか?という素っ気無い文。素直に寝ていたと送るが、返ってこないだろう。こんな早く返事返すわけないし、寝てるだろうから。着替えを持って下り、シャワーを浴びる。ふと、ぬいぐるみのことを思い出した。…もういいか、汚くなっていたし、彼もそこまで見ないだろうし。
支度をして、朝ごはんを食べる。そしてそのまま学校へ。久々にこんなに早く登校している。何か忘れ物とかしてないかな…。あ、と下を見ると短い靴下を履いていた。見えるのはたくさんのあざと、膝小僧の絆創膏。昨日ぶつかったときに膝をついたとき、すりむいたみたいで血が出ていたからだ。…もういいや、そういえば皮膚が弱いという友達も足こんな感じだったし。実はそうでしたーなんて言っておこう。じゃあもうスカートも短くしてもいい…いや駄目だ。彼に見つかったらまた言われるに決まっているから。

「あれ?早いねセナ。今日は彼氏と遊びに行くんじゃなかったのー?」
「無理になったみたい」
「へえー。何か今日メイク薄いね」
「うん。薄くした」

どうにかならないのかって言われたし、もしまた言われたら、さすがに反論しよう。あんたが言ったのだと。さて、今日もだるい授業が始まる。


授業が終わり、伸びを一回した。ラインで、明後日行こうと来ていた。丁度休日だし、いいか、と「わかった」と返しておいた。もちろん絵文字つきで。彼は素っ気無い文を嫌がるから大変だ。

「セナー、カラオケいこー」
「オッケー」
「んでさ、その帰りにあそこでまた集まろーよ。あの人らも来るっしょ」
「うん」

今日は歌うぞーと張り切っている友達を尻目に、携帯をポケットにしまった。ローファーに履き替えると、いつもよりざわついている校門。何だろう、と思いながら歩くと。

「あ」
「…あ」

昨日の、ぶつかった人だ。丁度目が合い、なんとなくその人のほうに駆け寄る。これであたしに用がなかったら超恥ずかしいけど、それならそれで挨拶ぐらいはしたほうがいいだろう。その人もあたしのほうに歩いて来て、どうやらあたしに用があるみたいだ。「先行ってて」と友達に言った。

「良かった、すぐ会えて」
「あの、あたしに何の用ですか…?」
「ああ、えっと、これ」

ごそごそとショルダーバッグから出したのは、あたしが無くしたと思っていたうさぎのぬいぐるみ。「それ…」と呟くと、「昨日ぶつったところに落ちてて、やっぱり君のだったんだね」と安心したのかへにゃ、と笑った。

「…ありがとうございます、わざわざ届けてくれたんですね」
「はい、俺がずっと持っとくってのもあれだし」
「…ほんとにありがとうございました」

そのまま無いままでも、よかったのに。なんて思ってしまうあたしは少し性格が悪い。渡されたぬいぐみは、いつも見ているのに、前より汚れて見えた。寂しそうな顔のうさぎを、親指で擦ったけど、綺麗にならない。

「よし、じゃあ俺は帰りますね」
「あっ…えっと、お礼…」
「いいです、届けただけだし」
「でも、ここ一人で待ってるって、結構勇気いるじゃないですか」

女子高の前を、男子一人って、結構ハードル高いと思う。それに伊達工からここまで、結構遠いし。やっぱり何かお礼しないと失礼だろう。

「いいですよ」
「でも」
「彼氏に悪いです」

そう言って頭を掻くこの人に、胸がザワついた。何で、と思ったけどそういえばあの時彼も話に入ってきたんだった。思い出したくないことまで思い出してしまって頭が痛くなる。頭にチラつくのを必死に抑え、得意の作り笑いをして見せた。

「あたしの気が済まないので」

その言葉を言ったら、申し訳なさそうにこの人は苦笑いした。ああ、分からないけれど胸が痛い。その時初めて思ったのは、「この人は良い人なんだ」ってことで、絶対関わらないような人だということ。



 


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