メイクなんて、大人になってからやるものだと思ってた。
バサバサのまつげ、ぐりっぐりの茶色い眉毛、ふんわりと熱が帯びたような頬、ぷっくりとした唇、少し大きく見せた瞳。これは全部作り物。
いつからこんな自分になってしまったんだろうとつくづく思う。もし、未来か過去、どちらかにいけるのなら、迷わず過去と言うだろう。
それぐらい、今の人生楽しくない。

「セナ、つまんなさそうだな」
「…楽しいよ」

すっかりお手の物となった作り笑いは彼には見破ることはできず、どうやら信じているみたいで、「そうか」とあたしの頭を撫でた。最初は好きだったんだけどな、こうやって頭を撫でられるのは。今ではいつも怯えている。いつ、この人が豹変しないかって。

「寒くなってきたな」
「うん」
「足、寒そうだな」
「…大丈夫だよ」

あたしの足をよく見れたものだ。蹴りに蹴りまくってアザだらけだというのに。いつもは伸ばさない靴下も、膝小僧のしたあたりまで伸ばしてアザを隠している。すっかり長めになってしまったスカートの中には、痛々しい傷がたくさんあるのだ。他にも、お腹とか、二の腕あたりも。世間体を考えて顔は無事だ。顔、だけ。

「なあ、その濃いメイクどうにかならないのか」
「…」
「他の男に媚び売ってるみたいでよお、俺はすっげえイヤだ」
「…」

あんたが、そっちの方が良いって言うからこれだけ濃くしているんでしょ。そんなこと言えるはずもなく、「どうにかする」と下を向いたまま呟いた。彼は聞こえたみたいで、嬉しそうに「分かった」と。ああ、良かった、機嫌を損ねないですんだ。ギャアギャアうるさい目の前の男女は、今流行りのダンスをしているみたいだった。本当はそういうの興味が無いけど、会話についていけないから無理して覚えている。彼にだって、そういうのが好きだから合わせてるだけで、こんなメイク好きじゃないし、もっと喋りたい。「あんまり喋らないほうが可愛く見える」とかバカなことを言ってきたから喋らないでやってんのに、いざこうしたら「そっけねえ」なんて言って来て、意味が分からない。

「な、明日学校サボらね?」
「…なんで?」
「行きてえとこがあってよ、セナと一緒に行きたいんだ」
「……良いよ」

イヤって言ったら、どうなることか。よっしゃ、とガッツポーズをした素直に喜ぶ彼に目を細めた。あのバイクで行くのかなあ、あれうるさいから好きじゃないんだよね、どうにかなんないのかな。全然かっこよくないし、あたしはバイクで長時間座ってるより、座りながらでも喋れる電車とかがいい。あと、徒歩とか。そんなの無理だって分かってるし、いえるわけないけど。いつからだろう、わがままを言わなくなったのは。…ああ、一回だけ顔も殴られたことがあったんだっけ。一番最初に暴力を振るわれた時だ、わがままを言わなくなった時は。あの瞳、怖かったなあ。

「んじゃ、そろそろ送るべ」
「うん」

俺らそろそろ帰るわ〜と同じグループの人たちに一声かけて、歩き出す。あたしの方なんて全然見ずに、一人で歩いていくんだから。まあ、別にいいけど。海岸から離れ、人がたくさん通る通りに出る。今日もやっと終わった、ともう既にバイクに跨っている彼を見つめる。早く行かないと、と走り出したら。

「おわっ」
「っ」

ドン、と誰かにぶつかった。勢いよくぶつかったため、そこに倒れこむように地に膝をついた。ぶつかった人は慌てて私を起こした。その人は伊達工の制服を着ていて、寝癖のような髪型で前髪が短いのが特徴的な男だった。「ごめんなさい」と言うと、「こちらこそすいません!」と頭を下げて謝ってきた。そこまでしなくてもいいのに、とあたしは「頭あげてください」と言うと、「いや、俺余所見してたんで!」と言葉を被せるように言ってきた。律儀なのか、少しだけめんどくさい人。

「こっちこそ、あんまり周り見てなくて。ごめんなさい」
「いや、俺が悪いんで…」
「おいセナ、何してんだよ」
「…あ、ごめん」

目の前で起こった行動をよく見ていなかったのか、痺れを切らした彼はやってきた。慌てて謝ると、いかにも不機嫌ですというオーラを纏って、あたしの腕を引っ張った。「行くぞ」とだけ。目の前の伊達工の人は「ほんとすいませんでした!」とまた謝ってきた。よく謝る人だな、と最初はそれだけだった。それよりもあたしは、これから起こるであろうことを考えたらトリハダが立った。




 


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