「…あ、今日補習だ」
「補習?」
「うん。数学の」
「お前数学できねーの?」
「でーきーまーすー!進学の為の補習よ」
「あー、夏休みからするやつか?」
「そうそう。あたしは先生に夏休み始まる前から来いって言われたからねー」
いくらエアコンが効いてる部屋とはいえ暑くて仕方ない。なぜベストを着てきたんだろうと悔みながら下敷きで仰いだ。休憩時間はもう恒例となったあたし達二人だけの会話。たまに友達とも喋るけど。
「その補習いつ終わるんだ?」
「んー、いつ終わるんだろう。あ、でも終わったあと少し残るから…7時…30分?ぐらい?かな」
「ああ、じゃあ部活と終わる時間一緒ぐらいだな」
「ふうん」
「友達と帰んのか?」
「ううん、補習はあたしだけだから」
「じゃあ待っとけよ」
「え?何で」
岩泉は眉間に皺を寄せる。一瞬でその言葉を言ったことを後悔してしまった。
「…お前俺と帰んねーの?」
「…あっ」
少し寂しそうな岩泉にあたしは気づいてしまった。そうか、一緒に帰るという話か…。あ、い、岩泉からお誘いが…!お誘いが来てしまった!そんなの一緒に帰るしかないじゃない!
「か、帰る!待ってる!」
これで無かったことにされては困る。急いでそう言うと岩泉は笑っておう、と呟いた。前もあったな、進路の話してて岩泉と一緒に帰ったっけ…。嬉しかったなあ、あの時は付き合っていなかったからその分ドキドキだったっけ。
「部室前まで行ったほうがいい?」
「うんにゃ、鍵返しに行くから…校門前で」
「うん、分かった」
嬉しい。最近月曜日も筋トレとか言って行くとこあるからって帰られてたし。久々だなあ、何話そうかな。嬉しくて、頬がゆるゆるとあがっていくのを感じた。
「…そんなあからさまに嬉しそうな顔すんなよ」
「は、はあ?してないし!」
「ハイハイ」
「ちょっ…」
頭をぽんぽんと撫でられて。また子供扱いされた気分。やめてよねって怒ったらにまにまと笑いながら髪をくしゃくしゃにしてきた。もう、毎日アイロン大変なんだから、と呟きながら手ぐしで整えた。
「…まだかな」
リュックの紐を握りしめながら小石を蹴って待つ。何だかウキウキしてしまう。早く来ないかな、岩泉。ザッザッと足音が聞こえてきっと岩泉だと振り向いたら。
「あ〜君は岩ちゃんの…!」
「何々、彼女?」
「そうそう!」
げっ、と声が漏れた。それに及川君はもーなにその反応!とぷんすか怒っていたけれど無視。それよりその横の人のほうが気になる。ピンクみたいな髪の色の、全体的に髪が短い長身の男。まあ、普通に考えてバレー部だろうけど。
「岩ちゃん待ってるの?岩ちゃん顧問に捕まってるからもうちょっとかかると思うよ」
「そう。ありがとう。もう帰っていいけど」
「ひっどーい!折角教えてあげたのに〜!いこうよマッキー!」
「お前まさか一人で待たせる気なのか?」
「…え?」
及川君とあたしの声が被った。一体何を言っているんだろう、この人は。その人はあたしに向かってにっと笑った。よ、よくわかんないな。
「俺花巻貴大」
「…望月ひかる」
「ちょ、ちょっと!俺除け者にしないでよ!」
「及川君はそこで散歩でもしてきたら?」
「もういいよ!岩ちゃんのとこ行くよ!」
そう言って及川君はぷんすか怒りながら来た道を戻った。まああいつがいなくなって良かったと思う。あたしは小さいと言われたことをずっと気にしてるんだから。いくら岩泉がフォローしてくれたといえ、あの時だけだ、気にしなかったのは。あれから胸が大きくなる食べ物を食べまくっている。及川君のほうを向いているとねえ、と横から。花巻君がじーっとあたしを見ている。
「へー、意外。岩泉ならもうちょっとボインの女の子を…」
ガーンッとタライが落ちてきたような感覚だった。みんなしてなんなの?男って胸しかみてないの?それでチビって思ってるんでしょ?150はあるけど!岩泉とか及川君に比べたら小さいんだろうね。ていうかこの人も大概失礼だ…!
「…もう帰っていいよ」
「あーごめんごめん。この前岩泉以外の三年で岩泉の好みのタイプを勝手に想像しててさ。外国お姉さんみたいな人がタイプじゃね?って盛り上がってよー」
「…外国のお姉さんみたいじゃなくて悪かったわね!」
涙目で負けじと言葉を返す。及川君といいこの人といい、なんて意地が悪いんだ!熱くなった頬を感じながらもきゅっと手を握りしめた。
「…あたしは胸も大きくないし、チビだけど…でも岩泉のこと、誰よりも好きな自信ある」
気持ち悪いぐらい岩泉が好きなんだから。これは誰にも負けないって言える。…はっとして彼を見上げる。なんてことを、岩泉に言ってしまうかもしれない。
「こ、これは岩泉には内緒で…」
「…こういうところに惚れたのかね、岩泉は」
「…は?」
花巻君は顎に手を添えてあたしを見る。何なんだ、この人は。こういうところって、どこなんだろう。
「おい花巻ゴラァ!!」
ダダダダッと走って来たのは、誰でもない岩泉で。あたしの瞳は一瞬でキラキラと輝いた。それを花巻君は見逃さなかった。
「ちょ、顔が俺と話してる時と全然ちが」
「俺の彼女にちょっかいだしてんじゃねーよ!」
「イッテ!」
肩をばしんと叩き痛そうに肩を抑える花巻君。い、岩泉今…!今あたしのことを、俺の彼女って…!彼女って言った!きゃー!と気持ちが爆発しそうだ。彼女、っていう響きが最高。しかもあたしのために肩パンしてくれたし…岩泉…好き…!
「岩泉っ」
「おお、遅くなって悪ィ」
「…べ、別にっ…そんな待ってないし…」
全然良いよって言葉が言えなくて、結局いつもみたいに捻くれた言葉を出してしまって。だけど岩泉はいつもみたいにふわりと笑って、おう、と。
「いーわーちゃーん!俺置いて先に行かないでよ〜」
「ああ及川。遅かったな」
「あれ、帰って無かったんだ」
「ちょ、何その反応!二人して酷いよ!」
涙目で言う及川君にクスっと笑いながら岩泉の服の袖を引っ張った。「かえろ」とだけ言った時に気づいてそっぽを向く。無意識にしてしまった行動こそ気づいた時の恥ずかしさったらない。ぱっと手を離して歩き出す。
「望月さん」
とん、とあたしの肩に手を置いた花巻君。何?と顔を向けると。
「もっと素直になったほうが岩泉に好かれるんじゃね?」
ニヤニヤと笑いながら言う花巻君にカッと顔が熱くなる。
「余計なお世話よ!」
腹を抱えて笑う花巻君。この人、結構めんどくさい。何であんなことを言ってしまったんだろう。きっとあんまり知らない人だったから言えたんだと思う。岩泉があたしの手をぐいっと引っ張ってきたので足がもつれそうになりながらも歩き出す。後ろで花巻君と及川君が手を振ってるのを一瞥して岩泉のほうを向く。
「岩泉…?」
「お前いつの間に花巻と仲良くなったんだよ」
少し怒ったような声色。もしかして、とあたしは胸がトクンとなった。
20151017
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