「あんたらさー、呼び方苗字のまんまだよね」
「うん」
「名前で呼ばないの?」
「…うん」

名前呼び、なんてできるわけないでしょ…!岩泉の名前なんて恥ずかしくて呼べないわ!あたしは呼んでほしいけど!

「ほら、ためしに言ってみな」
「は、は、は、は…はじ、は…無理!」
「…」

友達は真顔でルーズリーフを取り出し、シャーペンで何か書き始めた。何だ何だ?

「はい、これを読んで」
「始め」
「ほら言えたじゃない」
「これは名前じゃない…!始めるとかそういうやつじゃん!」
「うっさいな名前なんてそんなノリで呼べばいいのよ」

駄目だよ、名前って結構大事だよ!?いっつも苗字で呼んでる人が急に名前呼びって何かあったのかなとか進展あったんだ〜とか思うじゃん!あれと一緒じゃん!大声で呼べないよ?呼んだら最後、あ、名前呼びにしたんだーとか思われるじゃん!

「世間体を考えて呼びません…」
「意味わかんない」
「あ、二人きりのときだけ…」
「呼べんの?」
「無理です」

二人きりとか尚更呼べるわけない。無理。想像してちょっとゲロ吐きそうになった。第三者からの視点でみてて私の目ハートになってたから。語尾ハートついてたから、超気持ち悪いやつだから。友達は呆れたように私を見て駄目だこりゃ、って呟いた。そんなの私が一番分かってる…!

「始める、始める、始める、始める…」
「何を始めんだ?」
「うおわっ岩泉!」

やばい、私がぶつぶつ呟いていたところ見られたし聞かれた!岩泉は訝しげにあたしを見ていた。そりゃそうか。えへへと笑ってごまかすと、何か企んでるだろと言われた。全然。

「…ねー岩泉、私の名前知ってますか?」
「は?ひかるだろ?」
「!」

えええ、普通に言った…!普通に言ったよこの人…!どうせあたしみたいにいえないだろって勝手に思い込んでたけど岩泉は確かにそういう人じゃないな…。嘘、恥ずかしいのあたしだけじゃん…。

「それがどうした?」
「…い、いえ」
「?」

唇をかみ締める。言うなら今、今だ。友達が言っていたように、始めるのるをとったつもりで言う…!始め、る。はじめ、る。はじめ…る!

「い、岩泉の名前ははじめっ…だよね!」
「?おお」

いえた!言えた言えた言えたー!!いえた、いえましたひかる!うふふ、と口元がにやける。それを見た岩泉はぽつりと。

「ああ、名前呼ぶ練習でもしてたのか」
「っな、ち、違うわ!始めると似てるなって思ったのよ!」
「はあ?意味わかんね」

カハハって笑いながら席に座る岩泉。変なところで鋭いよね、岩泉。こればっかりは恥ずかしくて分からないでほしかった…。顔が少し熱い。「顔あけー」なんてまた笑い始めるから、「うるさい!」と叫んだ。

「名前呼んでほしいのか?」
「…べつに」
「俺は呼んでほしいけど」
「!え、う、そう…」
「うろたえんなよ」

あたしがまごまごしてると岩泉はまた笑って。そうやって、あたしをいつでもからかうんだから。きゅっと下唇を噛んで俯くと、「おーい」とあたしを呼んで。「何?」って眉間に皺を寄せながら岩泉のほうを向くと。

「ひかる」

ぽつり、ゆっくりとあたしの名前を呼んで。カアアと熱くなるあたしの顔。目を見開いて岩泉を見るけど、ニヤりとした岩泉はあたしの頭をぽんぽんと撫でて「可愛いなー」なんて言ってきて。

「なっな、名前で呼ぶな!」

ガタりと立ち上がってそう叫んだあと、激しく後悔した。


20151103





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