「あたしがっ…ずっと岩泉のことばっかり考えてて…これ以上一緒にいたら、気持ち悪いことしちゃうかもしれないからっ、だから少し離れようとした、だけ…」

いざ言葉にしてみると、うまく伝えられなくて、よく意味も分からないだろう。どうしたってあたしはこのまんまなんだ。あたしは俯き下唇を噛んだ。

「気持ち悪いことって?」
「………突然抱きついちゃうとか、匂いかいじゃうとか、ほっぺたにキスしたり触ったりとか、いっぱい…」

言ってしまった。
言ってしまった言ってしまった。背中から冷や汗がだらだらと流れている。だめだ、このあと岩泉が気持ち悪い、別れよ、とか言ったりするのかな。やだな、やだな、そんなこと言われるんだったら距離置いてでも別れたくないって必死に懇願する。ただでさえ今は生貴君のことで色々言われているのに。こんな変態なあたしが嫌なら直すから、絶対直すから、だから岩泉、別れるなんて言わないで…!

「バーカ」

岩泉はあたしの手を離して、こっちを向いた。あたしは今にも涙が出そうで、恥ずかしくて視線をそらそうとしたけど、岩泉はあたしの顔をがっちりと掴み、離さなかった。

「そんなん俺もしてーわ」

そのままごつん、とあたしのおでこに自分のおでこをぶつけて、ぐりぐりと動かした。「い、いたい」と言うあたしに「俺はもっと痛かった」と優しく言った。岩泉の吐息が顔にかかって、やばい、変な気持ちになる。そのままおでこを離してあたしの頬を両手でびよん、と伸ばした。

「い、いひゃい」
「…俺を傷つけた罰だ、アホ」
「ごめんなさい…」
「花巻とは本当に何もねーんだな?」
「ない!だって、あたし岩泉以外の男に興味、ない、もん…」
「……そーかよ」

勢いに任せてなんてことを言ってしまったんだ、と後悔した。何が岩泉以外の男に興味がないだ。確かにそうなんだけど、本人に言ってしまうってのはどうなんだろう。しかも岩泉の反応もなんか微妙だったし。うう、またやってしまった、と目頭に涙が溜まった。チラりと岩泉を見ると、岩泉はその鋭い眼光で私を見つめ視線をそらさない。ああ、岩泉。やっぱりあたし、その瞳が大好き。
手を離し、漸く解放されたと思ったら、あたしをぐいっと引き寄せて、そのまま、顔を近づけてきた。これから何が起こるかなんてバカなあたしでもわかる。ゆっくりと目を瞑ると、唇に柔らかい何かが触れた。そして、ゆっくりと遠ざかっていく。少しだけ名残惜しそうに。

「…これでチャラにしてやる」

岩泉の顔はいつもより赤くて、耳まで赤いことに気づいて、あたしまで顔が熱くなった。

「…うん」

とくん、とくんと心臓が優しく鳴って、もっと岩泉に触れていたいと思った距離をさらに近づけて、きゅっと手に力を入れた。岩泉、気持ち悪いって言わなかった、あたしのこと。

「抱きしめてもいいですか…」

恥ずかしくて岩泉が見れなかった。このときには、強がっていた部分が消えて、素直なあたしにちょっとだけ変わっていた。岩泉の返事を待っていたら、上から「あー」と苛立ったような声が聞こえて、びくっと肩を震わせた、ら。

「だから、そんなん俺もしてえっつっただろ…」

ぎゅっとあたしを抱きしめて。きつめに抱きしめてきたから、顔がぴったりと岩泉の胸にくっつき、心臓の音が聞こえた。ドキドキ、ドキドキ、岩泉の心臓の音もこんな早いんだ…。あたしも負けじとぎゅっと抱きしめた。離したくない、くっついてたい、匂いずっと嗅いでいたい…。あ、岩泉の匂い。あたし、岩泉の匂い大好き…。

「こういうのは、二人だけだったらいつでもしていいからな」
「うんっ…」

きっと二人きりになったらスキンシップ多めのうざったい彼女になっちゃうかもしれない。でも、そういう彼女だって諦めてもらおう。どうしよう、こんな気持ち悪い部分を見せても、引いたりしなかった。

「…あとさ、お前気持ち悪いとか言ったけど…全然気持ち悪くねーから。寧ろ嬉しいわ」
「えっ…ほ、ほんとにっ…?」
「おう」
「そうなんだ…」
「おう」
「匂い嗅ぐのもあり…?」
「…検討しとく」

じゃあこれから匂い嗅ぎ放題?ほっぺた触り放題?目を見つめ放題?写真撮り放題?考えてみたら嬉しすぎてもうよだれたれそう。

「えへへ、へへ」
「何笑ってんだよ」
「嬉しくて…」
「…お前一人でニヤけてたりとか何度かあったけど、もしかしてそれ俺関係してんのか?」

ひっ、あたしはとっさに手を離したら、岩泉も手を緩めた。だけど、あたしの後ろで絡めた手は離さず。じーっと見てくる視線に耐えられくて、観念するしかなかった。

「…そうです」

岩泉はぶはっと笑ってあたしから手を離してくっくっと手の甲で口を覆いながら笑った。ちょ、ちょっと…!

「そんなに俺のこと好きなくせにツンケンしてんなよな」
「なっ…うっさい」

岩泉はあたしの頬にひっついた髪を払い、そのままあたしの頭を撫でた。

外に出ると、冷たい風が吹いていて涼しかった。

「あー、なんか今日は色々あったな」
「…ソウデスネ」
「まさかこんなに好かれてるとはな」
「…ソウデスネ」

くそ、かっこいいかっこいいかっこいい!そんなこと言ってニッと岩泉もかっこいいし、ほんと完敗だ。そっと絡めてきた手が熱くて、少し隙間を開けようとしたけど強く握り返されてできなかった。

「…ひかる」
「はっはいっ…」

あたしの、名前。
あたしの名前呼んだ…!

「お前、名前で呼ぶなって言ったけど俺が呼びてーからそーする。お前も俺の事名前で呼べよ」
「はあ?……し、仕方ないから、呼んであげる…」

岩泉、一。はじめ。
呼びたくて仕方なかった。でも恥ずかしくて、中々呼べ無くて。でもまさかそっちから言ってくるなんて。

「お前俺が告った時も仕方ないからとか言ってたな。照れた時に使う言葉なのか?」
「はっ…はあ?ち、違うしっ…」
「もうバレバレだかんな」

本当、重症だ。
君にだけ、君限定で、ずっとこんななんだろうな。でもあたしを受け入れてくれたから、今こんなに笑えてるのかもしれない。

「…大好き、はじめ」

お互いの熱で更に熱くなった手を、強く握り返した。

「…あたしの匂いいつでもかいでいいから…」
「…あほか」

20151222






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