どうしよう、ドキドキして、岩泉の顔が上手く見れない。
幸い前の席だから見ることはないけど。
何だか最近本当にドキドキが止まらない。
はあ、と胸をおさえながら教室を出た。トイレ行って髪の毛直そ…。今日は時間なかったからアイロンせずに髪を結んだけど位置が低すぎてなんていうか、変。位置をポニーテールに直そう、と考えながらトイレまで進んでいくと。
「あーっ君は岩ちゃんと仲いい子だよね!」
「……」
及川君と出会ってしまった。存在は知ってたけど、こうやって話しかけられるのなんて初めてだ。ていうかその大げさなリアクション、何かくるものがある。というか及川君の彼女ってあの人なんだよね。何か風の噂できいたけど、その彼女に告白するために女子と話すのやめたとか聞いたけど何でこいつ話しかけてくんの?何なの?
「何ちゃんだっけ?」
「…望月ひかるだけど」
「ああ、そうそう!そんな名前だったね〜」
くそ、軽いな!彼女叱ってやれよ!ああダメだ、彼女も彼女で岩泉に英語の教科書借りてるし…くそ、何なんだこのカップルは!
「へえ〜」
「…何」
上から下まで、じっくりと見られてる。何だこの人、セクハラで訴えるぞ…!しかも何かニヤニヤしてるし!もう何なの!
「…小さいね」
ぼそっと呟いた言葉。だけどあたしはその言葉をまあはっきりと聞き取って。あたしはぷるぷると震えて。まだ、まだ我慢できる。「俺の彼女のほうが…」何かがぷちんと切れた気がした。
「どこが小さいって!?言ってみなさいよ!しかも初対面で何なの!?」
「あはは、怒んないでよ〜」
胸倉つかめるほど身長高くないから下から凄んでみせる。しかし何だこの男。初対面で失礼じゃないか。あたしの、あたしのあそこを見て…!結構気にしてるのに。悩んでることなのに。こんなチャラいやつに言われた。彼女持ちに言われた。
「何してんだよクソ川!」
ギラギラ睨みつけていたら後ろから岩泉の声が。ばっと後ろを振り向くと、あの人、英語の教科書を借りている人もいて。あ、英語の教科書持ってる。あたしは何だか自分がみじめに感じて、トイレに行くのもやめてそのまま岩泉の横を素通りした。岩泉はあたしの名前を呼んだけど、あたしは無視して。及川君に「何言ったんだよ!」って怒ってて。あの人からはいい匂いした。何さ、こんなイケメンの彼氏もいて、岩泉にも教科書借りて…!あたしなんてただの部外者じゃん!
教室に戻って、自分の席に座って机に腕を置いて顔を伏せる。もうやだ、何なの。何でそこに岩泉はあの人といるの。何であたしは及川君に小さいと言われなきゃいけないの…。くそ、また会ったら及川君ぶん殴ってやる。彼女持ちだろうとバレー部の主将だろうと殴ってやるって決めた。…何か、情けなくなって泣けてきたんだけど。ぽろりと零れた涙で腕は濡れて、鼻水が垂れてきたのでずずっとすすっていると。
「…望月」
何で、だろう。
何でこんな時岩泉は、あたしに声をかけてくれるんだろう。
「クソ川が悪かったな、かわりに殴っといたからよ」
「……」
いらないよ、そんなの。
もっと自分が惨めになってくるじゃない。こんなときだけさ、岩泉はこういうことしてさ。本当、ばか、ばか。そういうとこが好きなんだよ。かっこいいし、あたしはかっこわるいし、あんたには釣りあわないし、さ。そのまま鼻水をすすってると、岩泉は気まずそうに「俺はよ」と話し出した。
「俺は、小さいほうが可愛いと思う、けどな」
ぴくっと反応してしまった。あたしはぐずりながら顔をあげた。
「ほんと、う…?」
岩泉は「おう」とだけ言って、そのまま席に座った。…へえ、そうなんだ。岩泉は小さいほうが好きなんだ、ふうん。…そうなんだ。
…絶対、絶対嘘!男の人は大きいほうが好きだって聞いたことあるもん!岩泉だって例外じゃないはずだもん!
「気遣わなくていいから…」
「や、遣ってねえよ」
「それ嘘だ」
「嘘じゃねーし。それにそんなこと言ったら俺だって180もねえし」
「だから……は?」
え、ちょっとまって。180ないっていや、そんなある人見たことないんですけど……え、もしかして、もしかして。岩泉身長のこと言ってるの!?及川君が言ったのはそこじゃないと思うんですけど!明らかにあたしの体の中心部を見ていったんですけど!何だか途端に恥ずかしくなって、全身が熱くなる。
「どうした?」
「…あたしが気にしてるのは身長じゃないんですけど」
「は?」
あたしが体の中心部の少し上をとんとん、と叩くと岩泉はやっと理解できたのか、凄い顔をされた。そりゃもう、やばい。見たことないよそんな顔。だけどその顔は段々と緩くなっていって、顔が赤くなっていき岩泉は手で目から下を覆った。
「…や、あのよ」
「別に岩泉にフォローをしてもらおうとは思ってないから何も言わなくていい」
これ以上あたしの傷をえぐられたくない…!
目をごしごしとこすり、ミラーを立てた。こんな顔で外で歩けないしここで髪を結ぶしかないだろう。櫛を用意して髪を解く。
「…望月」
「なに」
「男は胸ばっか見てねーから」
「…もういいってば」
「そういうの関係無しに好きだと思う奴いっから」
「だからもういいって、」
少し怒り口調で顔をあげると、耳まで真っ赤にした岩泉があたしを見ていて。
え、どういうこと、と思いながらも髪をあげるあたし。いつも余裕そうな岩泉が、耳まで真っ赤になってる…!?ちょ、超レア…!どうしよう写真撮りたい!ってそういうことじゃなくて、え、えっと今のは、今のは…。
「……あー、くそ」
そのまま岩泉は体を正面に向けて顔を伏せた。
…どうしよう、胸が小さいことなんてどうでもよくなっちゃったじゃん。
ね、岩泉、何でそんなに顔が赤かったの?もしかしてあたしが思ってることであってる?
ぱちんっとゴムが弾く音がして、ポニーテールは完成したけど、それから岩泉は一切あたしのほうを向いてこなかった。
20150927
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