「あ、榛名君だ」
「……」

何だ、結構見かけるじゃないか。換気をしろといわれて廊下側の窓を開けたら、丁度良く榛名君がいて。ニコニコ笑いながら手を振ると、少し照れながらこくんと頷かれた。

「ちょっと!何それそっけなーい!」
「う、うるせーなお前は」

たじろぐ榛名君にクスクス笑いながら、ポケットから飴を取り出す。「あげる」と差し出せば、チラチラと周りを見ながら「サンキュ」と受け取った。何それ、挙動不審。もしかして女の子苦手なのかな?なんて思いながらまたクスクスと笑った。バイバーイとまた手を振ったけど今度は無視された。くそう。

「実里、いつのまに榛名君と仲良くなったの?」
「つい先日ね!」

劇的な出会いを果たして仲良くなったの!っていうと何それって友達は笑った。まああの出会いは衝撃的だよほんとに。ちょっと調子乗って高いところから楽器吹いてましたなんて言えないけど。

「しかしまあ、あの榛名君とねー」
「あの、って何?」
「何言ってんの〜!榛名君が野球部をいいところまで連れてったんだよ?」
「…は?」

この子、何を言ってるんだろうか。榛名君が野球部をいいところまで連れてった?それはおかしい。榛名君だけじゃない、みんなでがんばってきたのに、榛名君一人が引っ張って言ったみたいな言い方。ノンノン。

「みんな頑張ってるんだからさ〜」
「でも…」

どうやらこの子は榛名君のファンらしい。ふーん。まあ、榛名君ちょっとかっこいいもんね、分かるよ分かる。あ、そういえば今日野球応援の曲決めだ〜。楽しみだなあ。吹奏楽で楽しいのはやっぱり野球応援だよね。演奏するのは基本好きだけど。頑張ろう。

*

「私がソロですか?」
「うん。実里にやってほしい」

先輩に渡されたのは最初の方にsoloと書かれた譜面。わ、あの有名な時代劇の荒野の果てだ。チャララ〜って奴じゃないか。やばいめっちゃくちゃ嬉しい。がんばらなきゃ。

「あんたのトランペット、よく響くからね。あとさ、ヒット打ったときの曲の最後のほう、一オクターブ高い音で吹ける?吹けたらそれで吹いて。ホルンとトロンボーンと合わせるから」
「はい!」

わ〜なんだか楽しそう。ハイトーン出すのは大変だけど、出せたら楽しいし、響くんだよなあ。ウキウキだ。これは何番なのかな…?先輩に聞くと、最後に全部言うから待っててと言われた。次は何を演奏するのかな。わ、アッコちゃんもあるの?楽しみすぎ。やっぱルパンはかかせないよね。…だって、だって私高校野球大好きだし。毎年甲子園見てるし。だから野球の強いところに行きたかったけど、近かったのはここだし、強いところは遠いからやめちゃった。私は必死に頑張ってる高校球児が好きなんだ!

「トランペットは、アンタが引っ張ってやって!トランペットには3年がいないんだからね!」
「はい!がんばります〜」

楽しい。早く吹きたい!先輩にもらった楽譜をとんとんと整えて楽器の元へ走り出す。ケースを抱えて渡り廊下まで走る。譜面台を立てて、楽譜をそこにおいて楽器を出す。バジングを少ししてマウスピースを少し吹いてそして楽器に取り付ける。パアーッと出たその音は少し高くて管を抜いて調節する。そんなこんなでチューニングが終わり、基礎練をしたあと曲を吹き始める。

「は〜球場でソロなんて、素晴らしすぎるよ!」

楽器を抱えてくるくると踊るように回る。だって、だって素晴らしすぎる!私の音が球場で響き渡って、バッターは打つ。そこでホームランなんて打ってくれたら最高じゃない。いや、望みすぎだ。ヒットでいい。いや、ゴロでもいい。このさいボールで一塁に行ってもいいから、お願い、勝利の女神!私のソロでバッターを走らせてくれ!

「何やってんだ」
「おわ!榛名君!」

振り返ると野球のユニフォームを着た榛名君。な、なななんでここに?そんな顔をしていたのか「職員室よってた」と返事が返ってきた。成る程。

「んで、お前は何変な行動してんの」
「私の華麗な舞に嫉妬してんの?」
「意味わかんねーし」

はあ、と帽子を被りなおす。汗がタラタラ垂れて、頑張ってるんだなあって思う。ニコニコと笑って、「練習頑張ってね!」と言ったら「おう」と返ってきた。全く、そっけないなあ。

「…お前、いつもここで練習してんの?」
「ううん!いつもは教室だけどね、今日は開いてなかったからここでしてるの!」
「…ふーん」
「何?」
「…いや」

そうか、とだけぽつりと呟いた。何だ何だ。何かあるのかな。首を傾げると、「いや」と言って、黙った。「何!」と私が痺れを切らして聞くと、しぶしぶと行った形で口を開いた。

「いつもここで吹いてんなら、何でお前のこと知らなかったのかなって思った」
「……」

そう言って照れる榛名君に、私はぽかんと口を開けて彼を見た。いや、いやいやだってさ。そこは照れるところなの?分かんないけど、あんな運命的な出会いをしたから充分じゃないかな。何て思う私はバカなんだろうか。

「じゃあ、練習行くわ。じゃーな」
「あ、うん!がんばって!」

お前もな、と手を振って歩いていった榛名君。廊下では人目を気にするくせに二人の時は普通なんだね。なんとなく、暫く練習場所はココにしようと思った。

20150826

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