ひとしきり歩いたところで、榛名君はピタ、と止まった。腕を離され、しゃくりあげながら榛名君を見ると、はぁー、とため息をつき、私の頭を撫でた。ただ、無言で撫でてくるから何だかおかしくて、しゃくりあげているのに笑ってしまった。

「な、んだよお前」
「…いや、榛名君優しいなーって」
「んなの、…好き、なんだから当たり前だろ」

こういうときにそういうことを言ってくるから、何だかにやけてしまう。人に好かれてるってわかるのも考えものだな、と。手で涙を拭いながらパッと榛名君に顔を向けた。榛名君は案外背が高い。だから、近くだったら顔をあげないとよく見えないんだ。

「…へへ、ありがと…」

そう言うと榛名君は顔を赤くして、「別に」と素っ気無く返事をした。照れてるんだよね。私そんな鈍くないからわかるよ。あの告白をされるまでは良く見てなかったけど、榛名君っていろんな顔するんだね、知らなかったよ。

「榛名君がいてくれてよかった…大きい声で泣いて、スッキリしちゃった」

えへへ、って笑うと、榛名君はまた照れながら「どういたしまして」と手の甲で顔を隠した。知らなかった、榛名君て照れ屋なんだー。しゃくりがなくなり、泣き終わった私は榛名君の横にたった。

「…なんで泣いてたか、聞いてもいい?」
「ちょっと悔しくて泣いただけだよ」
「あんなに大声で?」
「そう」

子供っぽいでしょ、と笑って見せると、「いいんじゃねーの」と榛名君は視線を違う方向に向けながら言った。どちらからともなく歩き始める。

「悔しくて泣くなんて、子供じゃねえよ。野球でもよくある」
「レベルが違うよ。野球は、すっごい頑張ってるじゃん…。私なんて、限られた時間の中でしか、しない、し」

あれ、何かまた泣けてきたぞ。何言ってるんだろう私。自分で自分のことを否定し始めて。なんか、バカみたいじゃないか。

「何言ってんだよ。今日だってこんな遅くまで練習してたんじゃん。お前いっつも朝練とか早く来てんじゃん。休みの日だってよ、公園とかで吹いてたの俺見たし。それでも頑張ってねーって言うのかよ」
「……悔しくて…できないことを練習してないせいにするしかなくて…どこにぶつけたらいいのか分かんなくて…」

だって、高音が出なきゃ私、使われないんだもん。陰口言われてるのも知ってる。ヴァイオリンのレッスンがあるから先に帰れる、サボってるって言われてるのも知ってる。でも私は誰にも負けたくなくて、朝練だって誰よりも早く来て、時間があるときは夜だって遅くまでぎりぎりまで練習する。天才なんかじゃないから。誰よりも上手いって思われたくて、人から羨まれる存在になりたくて、たくさん練習して――

「その逆で練習しすぎじゃねーの」
「…え…?」
「俺もプロになりてぇからそういうのには気を遣ってる。一試合80級しか投げねぇとか」

練習しすぎ、なのかな…。でもそうなのかもしれない…。唇に違和感はあまりなかったけど、マウスピースに触れたとき少しだけピリピリした感じ。口を横に広げるとヒリヒリする感じ。やりすぎなのかな…。それにしても、プロになりたいんだ、榛名君。

「榛名君は、凄いね」
「すごくねーよ。お前のほうがすげえ」
「ええ、全然」
「あんなに難しいトランペットをさ、楽しそうに吹いててよ、たっけえ音出して。すげえと思うけど」
「買いかぶりすぎだ…」

こんなことを言わせたいがために言ったわけじゃないのに。ただ、この行き場の無い感情を誰かにぶつけたかった、それだけなのに。なのに榛名君は優しい言葉までかけてもらって、本当に、本当に…。

「榛名君は、いい人だね」

もっと違う言い方があったんだと思う。でも私にはその言葉しかでてこなくて。榛名君は「何だよ」と笑ったけど、でもこの言葉もあながち間違ってないんじゃないかな。だって私、榛名君の言葉に凄く救われたから。

「頑張る。私、頑張るね。野球応援も、コンクールも!」
「おう」
「榛名君も頑張って」

ガッツポーズを取ると、榛名君は「おう!」と元気よく言って。
少しだけ休むのも必要なのかもしれないな、と思った。


20150906

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