わたしの隣を並んで歩くハヤトが鼻歌を歌っている。彼は今、ひどくご機嫌のようだった。

今日はめずらしくハヤトが丸一日オフで、わたしたちは朝からショッピングモールでデートをしていた。平日の今日は人通りも疎らだが、お昼を過ぎたあたりから、学生たちの姿もちらほらと目立ち始めた。

わたしたちが外でデートをするのは久々だった。いつもは屋内デートが主流だが、今日は気分転換も兼ね、細心の注意を払いながらここまでやって来た。
現在彼は周囲にHAYATOだと気付かれぬよう、じゅうぶん過ぎる程の変装をしている。頭にはウィッグ、帽子、そしてサングラスと、一歩間違えれば確実に通報対象となりそうな出で立ちだが、これならどこからどう見ても彼とHAYATOが同一人物だと思われる事はなさそうなので、一応それについては触れずにおいた。

対するわたしはといえば、特に変装する事もなく、普段となんら変わりのない格好をしている。シンガーソングライターといえど、世間様に顔を知られていないため、わたしは特に変装をする必要がなかったのだ。わたしはこの時、少しだけハヤトに同情した。





「あはっ、やっぱり外デートは楽しいね、まことちゃん」

長身の彼がわたしを見下ろしながらそう微笑む。その笑顔はまるで無邪気なこどものようで、思わず一瞬見とれてしまったわたしは、そうだねと短く返し、僅かに熱くなった顔をハヤトから背けた。

「まことちゃんの服もボクの服もいっぱい買ったし、ペアのマグカップも、ペアのパジャマも、ペアのピヨちゃんスリッパも、今日はいっぱい買ったねー!」
「あはは……でも買いすぎだよハヤト」

ハヤトの手にはすでにいくつもの紙袋が提げられており、それが本日の買い物量の凄まじさを物語っているようだった。


「あとはどこ回ろっか?」
「うーん。もうほとんど見たい所見て回ったし……」
「あっ、そうだ! まことちゃんの下着! ボク買ってあげるよ!」

モール内を歩きながら、次の目的地を探していると、ハヤトが突然妙な事を口走った。気付けば目の前には色鮮やかな女性用下着の並ぶランジェリーショップが見える。おそらくハヤトの先ほどの言動は、それが原因だと思われる。

「ちょっと待ってよハヤト……」
「まことちゃん早く早く!」

ハヤトは両手にあんなにたくさんの荷物を抱えているにも関わらず、ずいぶん軽やかな足取りでその店へと走って行った。しかしいくらなんでも男一人でランジェリーショップへ入るなど、残念な猛者のする事だ。

「ちょっ、待ってよハヤ……もう!」

どうにもやりきれない思いを抱えながら、わたしは仕方なく彼の後を追いかけた。




「ハヤト、わたしは新しい下着なんていらないから、とにかくここ出よう?」
「え〜?」

わたしが彼に追いついた時、ハヤトは既に店内の一角で上下セットの下着を物色している最中だった。そんな彼の腕を引っ張り外へ出ようとするのだが、ハヤトはそんな事などお構い無しに次から次へと色々な下着を手に取っている。
周囲をよく見ると、店内に居合わせた女性客らがハヤトの方へ何度もチラチラと視線を送っていた。一瞬ハヤトの正体がバレてしまったのかとも思ったが、その彼女らの目は、まるで汚物を眺めるかのようなそれだったので、正体がバレている訳ではないようだ。しかし、これは明らかにハヤトがイヤラシイ変質者だと思われているに違いない。

「ねぇねぇまことちゃん、この白いレースの付いたブラジャー可愛くない? 絶対まことちゃんに似合うよ! えっと、サイズは……あった!」
「な、なんでわたしの下着のサイズ知ってるの! ……じゃなくて、周りに奇異な目で見られてるからとりあえず出ようよ!」
「なんで? ボクの事なら心配ないよ? みんなに見られるの、慣れてるからにゃぁ」
「ハヤト口癖!」
「あ! っと、ボクなら慣れてるからヘーキだよ?」

わたしがこんなにハラハラしているというのに、ハヤトは周囲の目などどこ吹く風で、全く動じる事もないまま、手に取ったセット下着をわたしの体へと当ててみた。
周囲の視線が鋭いものへと変わっていく。正直な気持ち、わたしは今、この場から逃げ出したくて仕方がなかった。


「ね、まことちゃん、ボク、まことちゃんがこれ着けたとこ、今夜見たい」

ハヤトが得意のおねだりポーズで首を傾げる。わたしは彼のこのポーズを見るたび、男のくせにこんなに可愛い彼がほんの少し憎らしくなる。そしてそんな彼の表情に、わたしはすこぶる弱いのだ。

「ねぇ、まことちゃ〜ん」
「……」
「これを着けたまことちゃんを、ボクが脱がしてみたいな。ね? ねーねー」
「あー……もう!」

ハヤトがとどめとばかりにサングラスをずらし、わたしにウインクを飛ばした。わたしの理性はとうとう目の前のハヤトによって粉々に破壊されてしまったのだった。

「仕方ないなぁ……」
「え? じゃあ、買ってもいいの?」
「うん」

わたしが首を縦に振ると、ハヤトは途端に破顔した。やはり彼は男のくせに可愛すぎる。絶対にわたしより可愛いだろうなと思うと、なんだか急にとてつもなく複雑な気持ちになった。

「やった〜! じゃあボク、買ってくるからちょっと待ってて!」
「え!? いや、わたしが自分で……って早っ」

わたしが止める間もなくハヤトはその下着を手に持ち、早々と会計を済まそうとしていた。女性用下着を何の躊躇いも無く買えるハヤトに、わたしはほんのり不安を覚えた。

どこからともなく、今日は変な人が多いね、などという声が耳に届き、どうにも居心地が悪くなったわたしは、ハヤトが戻って来るのを待たずに店外へと避難した。

ハヤトはすぐに店から出てきたが、彼の手荷物がまたひとつ増えてしまい、ちょっと申し訳ないような気持ちになった。





遅くなった昼食も済ませ、モール内をほとんど見て回ったわたしたちは、最後にショッピングモールの入り口付近にある書店へ寄る事にした。

書店の入り口にはまさに今わたしの隣を歩いているハヤトのポスターがでかでかと貼られており、その前には先日発売したばかりの彼の写真集が平積みにされていた。
わたしはこの写真集を先日ハヤトから直接貰っていた。今回の写真集のロケ地はほぼ近場だったらしく、わたしの知っている場所も多々あった。相変わらず笑顔のハヤトが大半だったが、その中に数枚程真剣な表情のハヤトが混じっており、わたしはそのギャップに思いがけず心音が高鳴ったのを思い出し、ほんのり顔が熱くなった。

ポスターの前でわいわい騒いでいた女子高生たちが、ハヤトの写真集を数冊手に取り、レジへ向かった。やはりハヤトの人気はまだまだ不動のものなのだということを改めて感じた。


「まことちゃん、ボク、雑誌コーナー行ってるね」
「え? あ、うん」

いつまでもハヤトの写真集の前で立ち止まっていたわたしに声をかけ、彼は重い荷物を持ったまま雑誌コーナーへと向かって行った。
わたしは気を取り直し、先日出版された作家の新刊を探しに文芸コーナーへと足を向けた。




「あっ」
「ん?」

文芸コーナーで立ち読みをする人は少なく、だから尚更わたしはそこで本を読んでいる彼がトキヤだという事に数秒で気付いてしまったのだと思う。

「まことですか。奇遇ですね」

ハヤトとは双子の弟でもあるトキヤは、帽子と伊達眼鏡を掛けただけのシンプルな変装なのに、しっかりと周囲に溶け込んでいるせいか、彼が現役アイドルだと気付いている者は誰一人いないようだった。おそらく彼は、周囲と雰囲気を合わせるのがとても上手なのだと思う。

「お一人、ですか?」
「う、ううん、ハヤトも一緒だよ」
「……そうですか」

わたしがハヤトの名を口にした瞬間、彼はほんの少し眉間に皺を寄せ、呆れたようにため息を吐いた。

「何かお探しですか?」
「あ……うん、まぁ」
「私で良ければお手伝いしますが」

トキヤは手に持っていた本を棚へ戻し、わたしの方へ近付いて来る。その手にはひどく見覚えのあるピンク色の紙袋が提げられていた。

「……トキヤくんは一人で本を買いに来たの?」
「いいえ」
「え? 誰かと一緒なの?」
「違います。私は本を買いに来たのではありません」
「え? じゃあ、何を買いに……?」

わたしのその質問に、トキヤが待ってましたと言わんばかりにその紙袋をわたしへ差し出した。

「え? な、なに?」
「先日言ったじゃありませんか。あなたに私の選んだ下着をプレゼントすると」
「……」

トキヤの掲げていたその紙袋は、先ほどハヤトが買ったランジェリーショップの紙袋と全く同じものだった。この兄弟には羞恥心というものが激しく欠落しているような気がする。

「え……、トキヤくん、まさか一人でランジェリーショップに入って、一人で買ってきたの……?」
「当たり前じゃないですか」
「……」

あまりこういうことは認めたくないが、もしかしたらトキヤはハヤトよりもよっぽど度胸があるのかもしれない。というか、彼は男一人でランジェリーショップへ入店できてしまう残念な猛者であったのだ。
そういえばあの時、店内の女性客が、今日は変な人が多いねと言っていたが、その噂話にはおそらくトキヤの事も含まれていたのだろうと思う。


「まぁ、一人で来たはいいのですが、なにぶん私は女性ものの下着に詳しくありませんし、ですから、店員の方に少し相談に乗っていただきましたが」
「ええっ!? 店員さんに相談……?」
「ええ。この店の中で一番きわどい紫色の下着をください、と」
「……」
「そう言った途端、店員には少々嫌な顔をされましたが、まぁそれは想定内です。何とか手に入れまして、それがこれです」
「……」
「まことのために買いました。今夜、これを着けて私に見せてください」
「……や、それは無理だから……」
「なぜです? サイズならぴったりのはずですが」
「えっ!? なんで……じゃなくて、とにかく無理」

本来ならばそんなものなど受け取る事も拒否したかったのだが、トキヤがあまりにも真剣な表情でその紙袋をこちらへ押し付けるものだから、とうとうわたしはそれを受け取ってしまった。



「あ、いた! まことちゃん、欲しい本はあった? ……あれ、トキヤ?」

わたしがその紙袋を受け取った瞬間、本棚の向こうからハヤトがひょっこりと顔を出した。
思わず固まってしまったわたしを他所に、その場の雰囲気を察したハヤトが難しそうな顔をしてわたしの隣に並ぶ。

「……まことちゃん、それ、何?」

そしてすぐにハヤトが紙袋に気付き、わたしの隣からその中身を覗き込んだ。目の前のトキヤがくすりと笑ったような気がした。

「それは私がまことのために選んだ下着ですよ。まことは地味なものしか持っていないようでしたので少々派手なものをプレゼントしました」
「なっ……! 余計なお世話にゃ! まことちゃんの下着はさっきボクが買ったにゃ!」
「ちょっとハヤト、もうちょっと静かに……」

最初は静かだったハヤトの声が次第に大きくなっていく。おそらく思いもかけないトキヤの反駁に、若干興奮してきているのだと思う。
わたしたちの声に驚いたのか、本棚の向こうから何人かがこちらを覗きに来た。これは良くない状況だ。早くこの二人を何とかせねば。

「と、とにかく落ち着こうよハヤト、トキヤくんも、ね? っていうかもう帰ろう! トキヤくんも一緒に!」
「えーっ!? でも〜!」
「ほらほら、荷物はわたしが持ってるから、ハヤトはそこまで車回してきて!」
「うー……リョーカイにゃ……」

とにかく彼らの正体がバレる前に何とかこの場から逃げなければ大変な事になる。そう思ったわたしは、渋るハヤトを無理矢理出口へ押しやり、彼が駐車場へ向かったのを確認するとトキヤの手を引っ張ってショッピングモールを後にした。

トキヤがわたしの手を握り返してきた時、少しだけドキドキしてしまった事は、もちろんハヤトには内緒にしておく。






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