目の前のハヤトがこれ以上ないほど可愛く微笑むから、わたしは思わず彼に言い返すのを躊躇ってしまったのだった。



現在わたしたちがいるのはハヤトの部屋のベッドの上で、そこでわたしはその彼に押し倒されている。こんなことを悠長に考えている場合でない事くらい分かってはいるが、理屈屋のわたしは分析せずにはいられない。

そもそもこうなった原因は先日のオムライス事件が発端だったように思う。
あの日オムライスができた後、ハヤトはわたしの手料理を食べる事ができるのは自分だけだと妙な主張をし始めた。確かにわたしはハヤトの彼女だし、言いたい事は分からないでもないのだが、オムライスなど一人分作るも二人分作るも同じなわけで、結局わたしはハヤトの主張を無視し、ずっと食べたそうにこちらを見ていたトキヤの分をも用意した。

それがいけなかったようだった。

ハヤトはトキヤにずるいだなんだと言いがかりのような事を延々と言い続けたのだが、知っての通りトキヤは普段からあの調子なのでハヤトの事など全く相手にしなかった。それも相まってか、ハヤトはこの頃からさらに甘えん坊体質になってしまったようだった。



しかし妙な事になった。
わたしたちは恋人同士のそういう行為をする時、決まって場所はわたしの自室かホテルになる。ましてや今までハヤトの部屋でそういう行為をしたことなど一度たりともなかった。
なぜならわたしはハヤトの部屋に同居人がいる事を知っていたし、それがハヤトの実弟なのだから、尚更そういう行為中に鉢合わせなどしたら、お互いが気まずい思いをしてしまうだろうと思ったからだ。

それなのになぜ今わたしはこの部屋でハヤトに押し倒されているのか。それは目の前の彼本人に聞かねばわからない事だった。


「ハ、ハヤト、とりあえずわたしの上からどいてくれない? ね?」
「い〜や〜だ〜」
「っわ! ちょっとハヤト!」

まずはハヤトを落ち着かせ、それからゆっくり事情を聞こうと思ったのだが、その作戦はあっけなく彼によって阻止されてしまった。
それどころかハヤトは、どいてと言うわたしの胸に無理矢理顔を押し付け、気持ち良さそうにうにゃうにゃと甘えた声を出す。くすぐったいし恥ずかしいしでわたしは思わず反射的に彼の背中を叩いてしまった。

「んぐっ、いっ、痛いにゃまことちゃん……」
「え? ……あ、ご、ごめんハヤト」
「うう〜ん」

ハヤトがわざとらしく眉間に皺を寄せ、痛そうな声を出す。ちなみにわたしは彼が渋面を作ってしまうほど力を入れて叩いてはいない、と思う。

「ハヤト……大丈夫? ごめんね?」
「……背骨折れたかも」
「えっ!?」
「でもでも! まことちゃんがチューしてくれたらソッコー治っちゃうと思うけど!」
「……」

ハヤトがわたしの胸元から顔を上げ、清々しい程の笑顔でこちらを見つめていた。いつも凛々しく上げられている眉を下げ、上目遣いでこちらを見上げている。これは天然か確信犯か、いずれも判別し難いところである。
とりあえず背骨云々は明らかな嘘なので無視するとして、この目の前のオトナコドモをなんとかしなくては。
と言っても、このハヤトの対処法などたったひとつしかないのだが。



「まことちゃん、んー」

ハヤトが目を閉じ、唇を尖らす。何だろうこの子は。言動はまるで子供なのに、妙に場馴れしたような甘え方を心得ている。わたしは小さくため息を吐き、目の前に迫る彼の唇に自分の唇を寄せ、引き合うようにそれを重ねた。


「ん、んんっ……」

その瞬間、ハヤトはわたしの後頭部を押さえ、更に強くお互いの唇を押し合った。そしてハヤトが当然のようにこちらへ舌を侵入させる。先ほど彼の食べたレモンキャンディの味が、お互いの舌を通じてこちら側へと伝わった。

「ん……」
「……ん、ふ」

わたしの舌を絡めとる彼の舌は、まるで快楽を与えるための道具のようにわたしの口内を傍若無人に犯していった。



「まことちゃん、いいでしょ? 今日はここでエッチしちゃおうよ!」
「い、いやいや、だめでしょハヤト。トキヤくんが帰ってきたらどうするの」
「帰って来ないよ。トキヤ今日は写真集の撮影で時間かかるって言ってたから」
「でも早く終わる事だってあるでしょ?」
「だーいじょーぶ!」
「……」
「ね、ね! エッチ!」
「ちょっと待って! あ、だったらわたしの部屋かホテル行こう!」

どうあってもわたしの言うことを聞いてくれなそうなハヤトにしばらく応戦した後、わたしは精一杯の譲歩案を彼に提示した。このままだとわたしはこの可愛いオトナコドモに言いくるめられてしまいそうだ。


「やだ!」

しかし、それは当たり前のように聞き入れてはもらえず、ハヤトに笑顔で拒否された。

「ええー……。いつものハヤトなら、わたしの言うこと素直に聞いてくれるいい子なのに……」
「ううん、今日のボクは悪い子でもいいんだ。……うん、してる最中にトキヤが帰って来たっていいんだ! ってゆーか、帰って来たら帰って来たで、ボクたちが仲良しなところをトキヤに見せつけてやればいいんだ!」
「……え、いや、普通に考えてエッチしてるとこなんて他人に見せたくないから絶対無理」
「ええーっ!?」
「え……って、なんでそんなに驚くの? っていうかハヤトはわたしが喜んでハヤトとの行為をトキヤくんに見せるとでも思ってたの?」
「見せるんじゃないにゃ! 見、せ、つ、け、る、んだよ!」
「……」

わたしは彼の今の言葉で得心した。
ハヤトはおそらくわたしを自分のものだと主張したいがために、その行為をトキヤに見せたがっているのだ。単なる言い合いをしているうちは可愛い独占欲だと笑って流せてはいたが、ここまでくるとハヤトが少し病んでしまっているのではと少々不安になった。


「ってことで、まことちゃんをおいしく、いただきま〜す!」
「うえっ!? や、ちょっ、本気!?」
「本気も本気! まことちゃん、とっても美味しそうにゃ〜」
「ひゃっ……!」

いつもの人当たりの良い笑顔をわたしへ向けたまま、ハヤトは素早くわたしのシャツを捲り上げ、ブラジャーの上からその胸を鷲掴んだ。柔らかいにゃぁなどと恥ずかしい事を堂々と口にするハヤトは、片手でわたしの胸を揉みながら、器用に自分のシャツをベッドの下へ脱ぎ捨てる。




「まことちゃんの下着、相変わらず可愛いにゃぁ」
「いや、ちょっと地味すぎるんじゃないですか? その下着」
「……え」
「……ん!?」

突然わたしとハヤト以外の声が室内に響いた。全くその気配に気付かなかったわたしたちは同時に声のしたそちらへ顔を向け、そして瞬時に固まった。

「私はそういう白系の下着より、紫や赤なんかの派手目なものが好きです。そうですね、レースも良いですし、透けてても良いと思います」
「トッ、トト、トキヤくん!?」
「トキヤ!」

ハヤトの部屋の入り口でじっとこちらを眺めている長身の彼は、ハヤトの実弟であり、わたしが最も鉢合わせしたくない人物、トキヤだった。

「んっ、ハヤトどいて!」
「えっ!?」

ハヤトの下でもぞもぞ体を動かし、シャツを元通り下げ、下着を隠す。この時は恥ずかしくて頭に入っていなかったが、わたしはトキヤに下着を地味だと貶されていた事に後々気付く事になる。


「あなた方は今、一体何をしようとしていたのです? 私が留守の間に」
「そ、それは」
「エッチに決まってるだろー! 恋人同士なんだから、当たり前にゃ!」
「……」

何か吹っ切れたように開き直るハヤトに、トキヤが僅かに眉を動かした。いつも何があっても冷静な彼にしてはずいぶんめずらしい。

「……トキヤ、悔しそうだにゃ〜?」
「……っ! 別にっ、悔しくなんかありません!」

ハヤトのその一言に、トキヤがそう言い捨ててわたしたちから顔を背けた。こちらから見える彼の耳元が僅かに紅潮している。

「なら早く出て行ってよ。今からボクとまことちゃんはいっぱいいっぱい愛し合うんだから」
「……くっ」
「まことちゃん、今日はいっぱいまことちゃんのこと、ぺろぺろしてあげるからね!」
「ぺ、ぺろっ……!? 変なこと言わないで! っていうかちょっと待ってよハヤト! わたし、しないよ!?」
「え……?」
「同じ屋根の下にトキヤくんがいるのに、できる訳ないでしょ!」
「え……えええーっ!?」

寂しそうな背中を見せながら無言で部屋を出ていくトキヤを追い、わたしは急いでハヤトの部屋を飛び出した。
部屋の中からわたしの名を呼ぶハヤトの声が響き渡る。
彼の発情期が収まるまで、わたしは少しの間、リビングに避難しようと思う。





「……まこと、ハヤトと性交渉しないのですか?」
「うえっ!? し、しないよ!」
「そうですか……」
「……」
「そうだ、今度まことに私好みの下着をプレゼントしても良いですか?」
「へっ?」
「紫のレースの下着など、あなたに映えると思いますので……できれば着けた所を見せて欲しいのですが」
「えっ、遠慮します!」
「……遠慮などしなくて良いのですよ」
「……」

結局わたしはリビングで読書していたトキヤに微妙なセクハラ発言をされ続け、さらに疲れてしまうのだった。
早くハヤトが迎えに来てくれないかなぁ、などと思っていたが、ハヤトがリビングに現れたのはそれから三十分程後の事だった。

「まことちゃんがさせてくれないから、一人でまことちゃんの写真見ながら抜いたんだからね!」

やはり彼には再教育が必要だと改めて思った。






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