一ノ瀬ハヤトという男は、良くも悪くも非常に分かりやすい男である。

「まことちゃん、今日も一日中部屋で曲作りしてるんだよね?」
「え? うん……締め切り近いし、そうするつもりだけど」
「なら、今日は部屋の中で曲作りに集中してね! テレビなんてぜーったいに見ちゃだめだからねっ!? 新聞も雑誌も、絶対の絶対に見ちゃだめだからねっ!?」
「……」
「じゃ、じゃあ、ボクはもう行くにゃ! いってきまーっす!」

リビングで朝食中の私とトキヤにそう吐き捨て、めずらしくハヤトがトキヤよりも早く出掛けて行った。
ハヤトが朝食を取らない事もめずらしいが、何よりその怪しい言動に違和感を感じた。いつもならば遅刻しそうであっても私たちと朝食を取るはずなのに、今朝は早々と出掛けてしまった。更には毎朝必ずと言って良い程いってきますのキスを要求する彼が、今朝は私とあまり顔を合わせずに部屋から出ていってしまったのだ。絶対にあやしい。
ハヤトは分かりやすい上に隠し事が得意ではない。
今朝の彼の言動から、明らかに何かを隠しているのだという事が私とトキヤには丸分かりだった。

私は現在、普段あまり縁の無い締め切りというものに追われている。それはトキヤと真斗たっての希望で、近々発売されるST☆RISHの曲――と言っても、カップリング曲のおとなしめの曲だが――を依頼されたためである。
依頼を引き受けた後、ハヤトはずいぶんずるいずるいと騒いだが、その後なんとか落ち着き、今では私のサポートすらしてくれるようになった。だからハヤトは私が今日も一日中部屋に籠って曲作りをする事を把握していたのだ。もちろんテレビなど見る余裕などない。なのにわざわざ見るなと言って出かけるなんて、余程見られたくない何かがあるに違いない。それを察知していた私とトキヤは、ハヤトの出て行った扉を見つめながら、小さくため息を吐いた。





「まったく、見るなと言われて見ない馬鹿が居るならお目にかかりたいものですね」

ハヤトが出て行った扉をじっと見つめたまだった私は、隣に座るトキヤのその一言で我に返った。

トキヤはテーブルに置かれたテレビのリモコンを取り、何の躊躇いもなく電源ボタンを押して朝のニュース番組にチャンネルを合わせた。あんなにテレビを見るなと言っていたハヤトの言い付けも、やはり聞く気はないらしい。

「……ああ、なるほど。やはりこういう事でしたか」
「え?」

トキヤが苦そうなブラックコーヒーを飲みながらテレビ画面を見つめ、そう独りごちる。彼の得心した表情に釣られ、ハヤトとの約束を破り、私もテレビ画面に目を向ける。するとそこには衝撃的なテロップで煽られたハヤトの写真が大きく映し出されていた。


「HAYATO、熱愛……?」
「相手は現在放送されているドラマの共演者の女優のようですね」
「……」

画面が人当たりの良い笑顔を振り撒くHAYATOから、彼と渦中の彼女とのツーショットに変わった。

「なるほど。まことという者がありながら、ハヤトは浮気ですか」
「え、いや……」
「まこと、こんな浮気者より、私の方があなたを幸せにできますよ? そろそろ私に乗り換えてくれても良いのではないのですか?」

その熱愛報道に暫し放心状態だった私をトキヤが優しく抱き寄せる。しかし、彼も気付いている事だろう。

「……いやいや、ハヤトは浮気なんてしてないよ」
「は……? こんな報道が出ているのに、なぜそう言い切れるのです?」
「だって……」

それは私の直感がハヤトを無実と言っていた。
なぜなら、ハヤトは良くも悪くも分かりやすい男なのだ。もし私に愛想を尽かしていたのなら、それが言動になって表れているはずだし、ハヤトの事だからこうなる前にそれなりのケジメを付けるはずだ。それに私はハヤトから毎日過剰すぎる程の愛をもらっている。こんな事を思うのは自惚れかもしれないが、私はずいぶんハヤトに愛されていると思う。
それを一番分かっているのは、彼の近くで暮らす私とトキヤに他ならないはずなのだ。

「……トキヤくんだって分かってるんでしょ? ハヤトが浮気なんてしてない事」
「ですから、なぜ、そう思うのです?」
「だって……ハヤトのスケジュール上、浮気する時間なんてほとんど無いし、それに日増しに重くなっていく私に対するハヤトの愛情表現は、トキヤくんも見て知ってるでしょう?」
「……なるほど。少しだけ、ハヤトが憎らしいですね」

トキヤはほんの少し残念そうに肩を落とし、そしてその後、口の端を上げて意地悪そうな笑顔を作った。


「でも、正直に報道の事を言わなかったのはいただけませんね。……まこと、正直に報道の事を言わなかったハヤトに、ほんの少し仕返しをしてみませんか」




仕返しだなんて言うと少々人聞きは悪いですが、要は下手な嘘を吐いて誤魔化そうとしたハヤトに、ちょっとしたドッキリをしかけようと思うのです、と、トキヤが話し、とても人当たりの良い笑顔を私に向けた。その時のトキヤは、この状況を心から楽しんでいるようだった。この男を敵に回すととても怖い。

幸か不幸か、本日のトキヤのスケジュールはボイストレーニングとダンスレッスンのみらしく、仕事は夕方までに一段落するらしい。私もそれまでおとなしく部屋で曲作りに専念することにした。


その後予告通り、トキヤは午後四時を少し過ぎた頃、部屋へと帰宅した。
彼がレッスン中に考えたというシナリオは、若干ベタだがハヤトを驚かすには打ってつけのものだった。






「もうすぐハヤトが帰ってきます、いいですかまこと。ちゃんと予定通りに演技してくださいね」
「……ど、努力はするけど、でもちょっとやり過ぎじゃ……」
「いいから、私の言った通りに」
「……」

トキヤの考えたシナリオとは、こうだった。
ハヤトの報道にショックを受けた私がトキヤに慰められ、そのままずるずると関係を持ち、その行為の真っ最中にハヤトが帰宅してくるという流れだ。
そのため、私は現在トキヤと共にベッドへと潜り込んでいる。誤解の無いよう言っておくが、もちろん衣服は着用したままである。

「先ほどまことに届いたハヤトからのメールによると……ハヤトはあと三分程で帰宅するようですね」
「う、うん、多分……」

トキヤが私に覆い被さるように距離を詰め、わざとらしく目を細める。まるで自分の魅力をじゅうぶん理解しているかのような妖艶な眼差しに、私は思わず心臓が跳ね上がる。彼はそれを見ると満足そうに笑い、わたしの頬に唇を寄せた。

「それでは、そろそろ始めましょうか」
「えっ」
「大丈夫です、単なる疑似行為ですから」
「……」

その笑顔に反駁することができず、私はトキヤに言われるまま、彼の首に手を回した。
疑似とはいえ、少々やり過ぎなような気もするが、今さら引き返す訳にもいかず、その葛藤はわたしの胸中に押し留められた。

「……っ」

トキヤが私の足の間に体を入れ、性交しているように腰を動かす。衣服を纏っているとはいえ、トキヤのその演技はまるで本当にそういう行為をしているようで、私は少し背徳感を覚えた。

「んっ、……まこと? あなたもほら、喘いでください」
「え……」
「え、じゃありません。私ばかりが演じても、まことが協力してくれないとハヤトを騙せないじゃないですか」
「あ、そ、そっか……」
「そうです。さあ、ほら」

トキヤに喘ぐよう言われたが、そう簡単にそういう声を出せるほどの経験値を私は持ち合わせてはいない。
そもそも素面で喘ぐなど恥ずかしいし、それもトキヤ相手なのだから尚更恥ずかしい。
頭の中でその声を出すタイミングを見計らっていたのだが、数秒後、痺れを切らせたらしいトキヤが突然私の胸を服の上から鷲掴んだ。

「なっ!? ト、トキヤくん!」
「このままじゃハヤトが帰って来てしまうじゃないですか。喘げないのなら、私が手伝ってあげますよ」
「えっ……んんっ、や、ちょっとやめ……っ」

次第にトキヤの手が私の腰を強く抱き寄せ、胸を強く揉みしだく。抵抗しようにも彼の腕力の前では全く話にならず、大声を出そうにも唇を押し付けられ、呆気なくそれも阻まれた。


「……誤算、でしたね」
「んあっ、な、何、が……」
「これ、ですよ……」

先ほどから変わらず腰を動かすトキヤの頬がほんのり紅潮している。それと同時に私は太ももに当たる彼の身体に違和感を感じた。

「……トキヤくん、あの……これ……」
「ですから、コレです」

私の太ももに当てられた彼のソレは、布越しでも分かる程自身を主張している。

「服を着ているから大丈夫だとは思っていたのですが、やはり目の前にまことがいて、一緒のベッドに入っていると思うと……だめですね。興奮してしまいます。私の性器も、固くなってしまったようです……」
「なっ……!」

トキヤの目が鋭く私を捕らえ、有無を言わさず唇を押し付ける。このような事態になってしまったのなら計画は速やかに中止すべきだが、唇を塞がれている今、私にはそれを言う事もできない。

「ん、んんっ」
「っはぁ、……まこと、計画変更です」
「け、計画、変更!?」

私がベッドから抜け出せぬようトキヤがしっかりと体を密着させる。そこから伝わる体温に、私は改めてハヤトに対する罪悪感というものを感じていた。


「っていうか……ちゅうし……」
「ちゅうしたい?……まことも大胆ですね。ええ、ではこの際ですし、せっかくですから、本当にセックスしてしまいましょう」
「はあ!?」
「フフ、まことも、興奮しているのでしょう?」
「し、してるわけな……あっ」

トキヤの指がスカートの中に侵入し、私の敏感な部分を下着越しになぞった。

「……湿ってますけど?」
「っ!」

どんどん顔に熱が集まっていく。自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる程だ。

確かに私だってこの状況で疚しい事を考えなかった訳ではないが、それを現実にしようとまでは思わない。
しかし彼の勝ち誇ったようなその表情に、私の頭の中はますますパニックに陥っていくのだった。

どうすればこの状況を脱する事ができるのか。それを考えるだけなのに、上手く頭が働かない。

「いいですよね? ちゃんと避妊具もつけますから……」
「い、いいわけないでしょ……!」
「あ、大丈夫ですよ。無理矢理挿入したりはしませんから。もちろん挿入する前に、ちゃんとまことの性器を舐めて解してあげますから、安心してください」
「だ、だからだめだって……!」
「そんなに不安がらないでください。まことがイくまで、私も射精するのを我慢しますから」

トキヤが布団の中に潜り、私の下腹部に顔を付ける。 両手で腰を押さえられると身動きすら自由に取れない。これは本当にやばい状況だ。なんとかしないと場の雰囲気に流されてしまいそうだ。

下着越しに彼が私の性器に口付ける。

「柔らかいですね……ますます興奮してしまいます」
「ちょっ……へ、変態! やめて、計画は中止だってば! や、やだやだ! ハヤト、早く帰ってきて、ハヤト!!」
「まことちゃん!?」

ハヤトがそのドアを開けたのは、私の意を決した叫び声と同時だった。










あの場にハヤトが来なかったら、どうなっていただろうか。
あの時、私とトキヤの疑似行為真っ最中の現場に泣きながら乱入してきたハヤトは、両腕をぐるぐる回しながら子供パンチでトキヤに殴りかかっていた。しかしその最中、私とトキヤが裸でない事に気付いたのか、しばらくしてようやく彼の反撃は治まった。


「元々はハヤトが悪いのですよ。熱愛報道を正直に話していれば、私たちもこういう事はしなかったかもしれません」
「うそにゃ! トキヤ、まことちゃんとくっついてた時、すっごーくエロい顔してたもん! 例えボクが報道の事を正直に言ったとしても、絶対何か理由をつけてまことちゃんにエッチなことしてたはずにゃ!」
「は? ……というか、私の顔のどこがエロいんですか。あなたと一緒にしないでください」
「ボクだってエロい顔なんかしてないにゃ! ボクよりトキヤの方が何倍も何億倍もエロいにゃ! ボクがドアを開けた時、トキヤはまことちゃんをどうやって犯そうかって、どうやっていっぱいエッチなことしてやろうかって、そういう事を考えた目をしてたのが証拠にゃ!」
「それは完全な言いがかりですね」

ハヤトとトキヤのいつもの兄弟喧嘩が始まった。
それはほぼ一方的にハヤトが捲し立て、それをトキヤがクールに受け流す。まさに日常的な彼らのやりとりだった。

「だいたい、あの熱愛報道は嘘なんだから、わざわざまことちゃんに話す必要なんかなかったんにゃ!」
「嘘? 本当に嘘なんですか?」
「嘘に決まってるにゃーーー!」

ぎゃあぎゃあと喚くハヤトが私に抱きつき、ボクは浮気なんかしていないと懸命に弁解する。私はハヤトが浮気などしていない事は最初から承知しているし、そんなに弁解などしなくとも良いのだが、それを話すタイミングがどうにも掴めない。



「分かった! まことちゃん、ボクが浮気なんかしていないって証拠に、今からいーっぱいエッチしようよ!」
「えっ……っていうか私は最初から疑ってな……」
「ボクにはまことちゃんしか見えてないって証拠、見せてあげるんにゃ〜!」

先ほどまで喚いていたはずのハヤトが突然私に顔を近付け、そのまま短くキスをする。その笑顔はアイドルHAYATOそのもので、思わず息をするのも忘れそうになった。

「そうですね、それなら私もそれに参加させてもらいましょうか」
「え?」
「ちょ、ちょっと待つにゃ! これはボクとまことちゃんの話なのに、そこでなんでトキヤが入ってくるんだよー」
「決まってるじゃないですか、私がまことを好きだからです」
「ええー……。そう言われたら断れないよにゃあ……」
「ちょ、そ、そこは断ってよ!」

今日も色々あったが、結局私たちはこうして仲直りをする事になる。
なんだか私もずいぶんこの生活に慣れてきているような気がするけれど、それを考えると終わりが無いので考えるのを止めた。

ハヤトの事は大好きだし、これからもそれは変わらないのだろうけれど、私たちの中にはいつの間にかトキヤが居座っている。ハヤトはこのままで良いのだろうか。



「それでは行きましょうか、まこと」
「ボクがベッドまで運んであげるにゃ」

私の終わりのない疑問は、彼らのその一言で再び記憶の奥底へと姿を消した。








1/1
←|→

≪ボクがキミの王子様
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -