「はい! これはまことちゃんのぶんね!」

そう言ってハヤトがわたしの手に押し付けて来たのは、紙袋一杯のお菓子だった。

「……ん? なにこれ、くれるの?」
「ちがうにゃ。これは……」

紙袋の中身をまじまじと眺め、わたしは眉をひそめる。わたしにはハヤトからこれらを貰う理由に心当りがない。
訝しむわたしにハヤトが小首を傾げ、説明を加える。その仕草は残念ながら女のわたしよりも可愛くて、若干自信を喪失してしまった。

「これはね、まことちゃんを守る不思議なお菓子なんだ!」
「……」

ハヤトの言わんとする事を必死に理解しようと頑張るが、わたしには彼の真意が到底理解できなかった。
少しその意味を考えてもみたが、やはり全く分からない。未だ理解できぬわたしにハヤトが顔を近付け、そのまま甘えるようにまとわり付いた。

「だって今日はハロウィンでしょ〜? まことちゃんは可愛いから、すぐイタズラの標的にされちゃうじゃん! それを回避するために、お菓子は持ってなくちゃ!」
「……」

海外、いや、今や日本国内でもハロウィンという行事が着々と根付きつつある。『trick or treat?』という文言と共に、子供たちがお菓子を貰いに練り歩く様がすぐに頭に浮かぶ程だ。

しかし。

「わたしは今から曲収録の打ち合わせに行くだけだよ? そんな事する人たち、居ないと思うけど……」

郊外にあるスタジオで単なる打ち合わせをするだけのわたしに、子供と触れあう機会はなかなかない。それを説明しようとするも、ハヤトは全くわたしの言葉に耳を傾けてはくれなかった。

「本当はボクも今日は一日まことちゃんにくっついて守ってあげたいけど、ボクも仕事があるから……」

相変わらず過保護なのか異常なのか分からない程無茶苦茶な理由で持論を展開する彼に、わたしはすでに反駁する事を半ば諦めていた。

「まことちゃんが他のヤツにイタズラされたらと思うと、ちょっとコーフンするけど……じゃなくて! まことちゃんにイタズラしていいのはボクだけだから、だから一応持ってって!」
「……」
「ね!? ほらほら!」
「……あ、う、うん」

子供ならまだしも、大人がイタズラなどするだろうか。わたしとハヤトでは、ハロウィンの概念が違うのかもしれない。

「これで安心だね、まことちゃん!」

ハヤトに手渡された紙袋には溢れんばかりのお菓子が詰め込まれていた。鞄とは別に、こんなにかさばる紙袋を提げて行くのは些か面倒だが、ここはハヤトの意思を尊重する事にする。
断ると駄々を捏ねかねないので面倒事を避けたかったからなのだが。

わたしがハヤトから紙袋を受けとると、彼はとても満足気に歯を見せて笑った。

これで解放される。そう安堵したのも束の間。面倒なのはハヤトばかりではなかった。



「まこと!」

鞄と紙袋を提げてリビングを出ようとした時、トキヤが目の前に現れた。

「トキヤくん、お、おはよう」

トキヤの手には、千切れんばかりに詰め込まれたお菓子の袋が両手に提げられている。これは嫌な予感しかしない。

「ど、どうしたの、そんなに慌てて……」
「まこと、これをお持ちください。あなたを守る魔法のお菓子です!」
「……」

ふと既視感のようなものを感じた。
つい今しがたハヤトにも同じ事を言われたような気がする。さすが兄弟だ、などとのんきに考えている場合ではなかった。とりあえずトキヤには悪いが、そんなに大量のお菓子は持ちきれない。何とかして断らなければ。とは思ったが、やはりここは適当に流して早々と出かけるに限る。


「……ええと、それじゃあいってきまーす……」

わたしは当たり障りのない笑顔をトキヤへ向け、玄関へと歩き出した。

「え……!? ちょ、ちょっと待ってください! 私の厚意を無下にしないでください!」

トキヤに絡まれるとハヤト以上に面倒なので、とりあえず聞こえなかったふりをしたが、それに気を悪くしたらしいトキヤがわたしの腕を掴み、無理矢理お菓子の入った袋を押し付けてきた。

「本当ならば今日一日あなたを私の監視下に置き、安全を確約してあげたいのですが、午後からどうしても外せない仕事がありまして……申し訳ありません」
「や……、あ、ええと、うん」

良く分からないが、流れでトキヤの謝罪を受けてしまった。
そもそもトキヤが謝る筋合いはないと思うが、この兄弟は如何せん過保護過ぎるしその思考が謎過ぎる。

「でもね、わたしはただ打ち合わせに行くだけだし、そもそも日本でハロウィン行事をする大人の方がめずらしいんだから、 そんな心配しなくても……」

「だからあなたは甘いと言うのです!」
「だからまことちゃんは甘いんにゃ!」

とにかく時間がなくて早々とこの話を切り上げようとした時、わたしはなぜか彼らに突然怒鳴られてしまった。

まったくもって釈然としない。




「さぁ、とりあえず座ってください。話はそれからです」

時間がないと散々言っているにも関わらず、トキヤとハヤトに両側からしっかりと腕を掴まれたわたしは、リビングのソファへと逆戻りさせられてしまった。

「ハヤト、トキヤくん、とりあえず話は帰ってから聞くから、ね? 今はとりあえず離して!」
「だーめーにゃ!」

座った傍から立ち上がろうとするわたしにハヤトが抱きつき、それを許さない。その可愛い顔に似合わず、彼の腕力は相当強いのだ。

「良く考えてみて、まことちゃん」
「ハ、ハヤト……だから……」
「いいから考えてみてにゃ!」
「……」
「……」
「う……うん……」

ハヤトは意外にも頑固だ。彼はわたしがその理由を考えない限り、おそらく解放してはくれないだろう。
そう判断したわたしは逆らう事を諦め、彼の話を聞き流して切り上げる事を決めた。



「……それで、何を考えればいいの?」

ほんのり語気を強め、ハヤトに向き直る。
トキヤがハヤトとは反対隣に座り、その手をごく自然に私の肩へと回した。敢えて突っ込みもしないし払いもしない。面倒事になるのが既に分かっているからだ。トキヤの使っているオーデコロンの香りが鼻を掠める。
ハヤトはどさくさに紛れて頬にキスをした後、わたしに、べたべたとくっつきながら、得意気に口を開いた。

「それじゃあまず、シミュレーションしてみよう?  ハロウィンの今日、まことちゃんはお菓子を持たずにお仕事へ行ったとするにゃ」
「う、うん」
「現場に着くと挨拶もそこそこに、破廉恥で有名なエロプロデューサーがまことの前に現れます」
「そーそー!」

ハヤトに加勢するようにトキヤが続ける。同じ声質のサラウンドボイスで、彼らは、わたしには理解不能の妙なシミュレートを始めた。


「その、どエロプロデューサーがまことちゃんに、お菓子かイタズラ、どちらかをえらびなさい。って迫ってくるにゃ!」
「……」
「本日、私たちの警告を無視してお菓子を持って行かなかったまことは絶体絶命です。……こうなったらどうしますか?」
「……」
「私が用意したお菓子があれば、そのプロデューサーとの肉体関係をきっぱりと断れたのに、まことは私たちの厚意を無視したため、お菓子など持っていません……」
「ソイツ、ボクのまことちゃんを人目のないとこに連れ込んで、お菓子がないなら仕方ないって言って、まことちゃんのおっぱい揉んだり太もも触ったり、やりたい放題するに決まってるにゃ……」
「それでも足りない破廉恥プロデューサーは、私のまことの衣服をいやらしく剥ぎ取り、身体中をハチミツまみれにさせ、色んな所をベロベロ舐めるのです! 羨ましい……!!」
「まことちゃんはヤメテヤメテって言いながら犯されて、ああ、あの時ボクからお菓子を貰っておけばよかった、って悔やむんだ! ……そんなのイヤにゃー!! まことちゃんをメチャクチャにしていいのはボクだけなのに〜!」
「………………」




「……どうです? これで分かったでしょう? 分かったのなら、私とハヤトが用意したお菓子を持って行きなさい」

彼らの都合の良い想像力について行けず、途中からぼんやりしていたわたしの目を醒ましたのは耳元で囁かれたトキヤの声だった。

「い……いやいや、何て言うか、そんなプロデューサーは居ないし、そもそもハヤトたちと世間一般のイタズラの定義が違いすぎて開いた口が塞がらないっていうか……」

正直にそう告げると、彼らは心底不思議そうな顔をしてこちらを見つめた。

「……それは、私たちのハロウィンに対する認識が間違っていると?」
「どーゆーこと? まことちゃん」
「だ、だから……」
「だから?」

「ハロウィンのイタズラって言うのは、パーティー用のスプレー撒き散らしたり、玄関をホイップクリームまみれにしたりするだけで、ハヤトたちの心配するような性的イタズラとかじゃ全然ないんだよ?」

痛くなる頭を押さえつつ、世間一般におけるイタズラの定義を教え込む。
わたしがしゃべればしゃべる程、ハヤトとトキヤの顔がわたしに近付いてくる。同じくらい綺麗な顔が両側から迫り、わたしの体は自然とソファの背凭れに埋まっていった。

「そういうわけだから、心配はいらないの!」
「……いやいや、甘いですね、まこと」
「そーだよ、甘いよまことちゃん!」
「……もう、また……?」

先ほどから繰り返される堂々巡りに、わたしは既に疲弊していた。
がくりと肩を落とし、途方に暮れる私を、彼らが優しく抱きしめる。


「……とにかく、まことを犯していいのは、私だけです!」
「そーそー、まことちゃんをホイップクリームまみれにしてペロペロしていいのはボクだけにゃ!」
「……はぁ」

まさかたかがハロウィンの行事ごときで、朝からこんなにディープな話し合い――か、どうかは不明だが――をするとは、思ってもみなかった。さらに彼らは絶対にわたしの意見など聞きはしない。いわば確信犯なのである。

それならば彼らの希望通り、形だけでも袋一杯のお菓子を持って仕事て向かえば、おそらくハヤトもトキヤも納得してくれるのだろう。それなら、わたしがこれを持って行けば全て丸く収まる。


リビングの時計を見ると、わたしが全力で走っても間に合うかどうか分からない時刻に差し迫りつつあった。


「分かった! 持ってく、お菓子持ってくから、もう解放して!」
「そうですか、分かってくれましたか……!」
「あーもう時間ない! いってきます!」

得心がいったように頷く彼らの腕をすり抜け、わたしは両手に荷物を抱え玄関へ急いだ。




「あ、まこと。ひとつ注意が」
「ん、なに?」

玄関で靴を履くわたしに、トキヤが一言声をかける。
彼と並ぶ同一の顔が相変わらず可愛くわたしに笑顔を見せていた。

「余ったからといって、そのお菓子は持ち帰ってこないでくださいね」
「え?」

「だって、まことちゃんがお菓子持ち帰って来ちゃったら、ボクたちが堂々とまことちゃんにイタズラできないでしょ?」
「もちろん性的な意味の悪戯ですよ?」
「……」

どこまでも持論を貫く彼らに、わたしはため息しか返す事ができない。
言いたい事は多々あったが、打ち合わせに遅れる訳にもいかず、わたしは彼らの声を背に無言で部屋を飛び出した。

今晩の事を考えると、今日は仕事場から家に帰りたくはないが、そうもいかないのだと思う。
彼らから貰ったお菓子は仕事場で配るとして、帰りに南瓜のタルトでも買って帰ろう。そうすれば万が一の事態になっても、それを回避できるかもしれない。

まぁ、できない確率の方が断然高いのだけれど。



ハッピーハロウィン!






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