ハヤトはわたしをトキヤに紹介してから、ずいぶん甘えたがりになったような気がする。
いつもならば自分でやるはずの夕飯の支度も、今日はわざわざわたしの携帯電話へ連絡を寄越し、キミの手料理が食べたいだの何だの言い残すと勝手に回線を切ってしまった。

ハヤトはデビューから現在にかけて超売れっ子のアイドルだから、本当はこんな私用電話をする暇だってあるはずがないのに、わざわざこんな電話を寄越すなんて、彼は現在、相当甘えんぼモードに突入しているような気がする。

そんな彼たっての願いを無下にもできず、そんなこんなでわたしは今、ハヤトの部屋のキッチンで黙々と彼のための夕飯を作っている。

ハヤトはその性格同様子供みたいな味覚をしているから、手っ取り早くカレーで済まそうとも思ったのだが、実際部屋に来てみるとテーブルの上にオムライスが食べたいとの書き置きがあり、わたしは相変わらずな彼の我が儘に苦笑した。冷蔵庫の中にはご丁寧にオムライスを作るための食材がぎゅうぎゅうに詰め込まれており、買ってきたカレーの材料が無駄になったと思ったが、ハヤトに文句を言っても暖簾に腕押し状態になるのは既に目に見えているので、わたしは黙って冷蔵庫の中から必要な食材を取り出し、買ってきた食材をその中へしまった。



黙々と作業をこなして三十分程経った頃、玄関のドアが開いたような物音がした。
そういえばそろそろハヤトの帰宅予定時間だ。
ハヤトが帰宅したのだと思ったわたしは、仕上げにボウルで溶いた玉子をフライパンへ流し込んだ。

リビングのドアを開ける音がする。

「……」
「ハヤトおかえりー」
「……ただいま帰りました」
「ひっ!!」

持っていたフライパンが一瞬空を舞った。フライパンはすぐにコンロに当たり、ガタンと音を鳴らして元の場所へ落下する。

「どうかしましたか? まこと」

フライパン調理をしているわたしの後ろから抱きしめるようにわたしの腰へ手を回し、耳元へ唇を寄せる彼は間違いなくわたしの恋人などではなく、その弟、トキヤだった。トキヤの吐息が耳にかかり、背中がぞくぞくする。

「ちょちょちょ、ちょっと何してるんですかトキヤくん!」
「私たちの間で敬称付けは必要ありませんよ? まこと、私のために晩御飯を作ってくださっていたんですね……ありがとうございます」
「や、ちょっと待って。とりあえず離れてお願い。半熟玉子が大変な事に……」

微かに鼻を掠めるトキヤの香水のせいで、改めて自分が彼に包み込まれているのだと実感する。ハヤトの双子の弟といえど、この体勢は恥ずかしくてたまらない。

前を見れば作りかけだったハヤトの好きな半熟玉子は、無惨にも全体へと火が通ってしまっていた。

「あ、あの! もうすぐハヤトが帰ってきちゃうので、とりあえず離れましょう、誤解されます!」

半熟玉子を諦め手早く火を止めると、わたしは腰に回されたトキヤの手を外そうと彼の手を強く握った。しかし、やはり彼にはわたしの言葉は通じなかった。

「私はオムライスの玉子は半熟でない方が好みです」
「いや、それはそれで置いとくとして、近すぎます、離れてください」
「別に近すぎはしないでしょう? そもそも私が先日読んだ本には、料理をする女性を見たら後ろから抱きしめてあげるのが礼儀と書いてありましたが?」
「……」
「……」
「……その本、エロ本でしょ」
「なっ、なぜそれを……!」
「もう! とりあえず離れて」

トキヤのよく分からない礼儀だか何だかを一蹴し、仕方なくわたしは彼の手を強くつねった。
しかし、彼はマゾ体質なのか全く痛がる様子も見せず、残念ながらその対処法はあまり効果的ではないようだった。

わたしとトキヤが揉めていた、まさにその時だった。



「だいだいだーい好きなボクのまことちゃん、たっだいま〜!」

このややこしい状況下の中、キッチンへハヤトが飛び込んで来てしまったのだった。

案の定わたしとトキヤのこの現状を見て、ハヤトはひどく驚き絶句している。
できればハヤトには、トキヤがわたしの背中から離れた後に帰って来て欲しかったのだが、今はそんな事も言っていられない。
みるみるうちにハヤトの目がうるうると涙で潤んでいく。誤解とはいえ、これは厄介な事になりそうだ。

「ハ、ハヤト、あのね」
「浮気にゃ浮気にゃ浮気にゃーっ!!」

わたしの予想通り、ハヤトはわんわんと泣きながらそう捲し立てた。こうなったハヤトは誰にも止める事ができない。

「早く離れろトキヤー! まことちゃんはボクの彼女なんだ! トキヤのじゃないにゃー!」

ハヤトはわたしの腰からトキヤの手を無理矢理離し、わたしを自分の背中へ匿った。ハヤトの背中越しにトキヤの表情を盗み見たが、彼はまだ余裕の笑みを浮かべていた。おそらくトキヤはハヤトをからかうのが楽しくてたまらないのだと思う。わたしはそんな弟を持ったハヤトにひどく同情した。


「ハヤト、誤解だよ。トキヤくんとは何にもないよ、決まってるでしょ。だから落ち着こう?」
「……いにゃ」
「え?」

後ろからハヤトの背中を撫で、彼をなんとか宥めようとすると、ハヤトの口からボソボソと何かが聞こえた。

「ハヤト、どうかした?」

ハヤトはくるりとこちらを振り返り、その涙目でわたしを見下ろした。

「……ハヤト?」
「トキヤばっかりずるいにゃ! ボクもまことちゃんを後ろからぎゅーって、し、た、い!」
「は、はい!?」

わたしとトキヤを引き離す際に一体何を考えていたのか、ハヤトは問いかけるわたしに対し、そう不満を口にした。正直意味が分からない。

「だから、まことちゃんがオムライスを作ってるところを、ボクも後ろからぎゅーってしたい!」
「……なんで?」

わたしは既に呆れていた。この兄弟は揃って思考がどうかしている。

「なんでって、そんなの、料理をする女性を見たら後ろから抱きしめてあげるのが礼儀だからに決まってるにゃ!」
「……」

その文句の出所がどこだとか、わたしにはもう突っ込む気力すらなかった。



その後わたしは何事も無かったかのように玉子を溶き、それをフライパンへ流し込んだ。
半熟玉子になるはずだったそれはハヤトのせいでまたしても全体に火が通り、彼は少々しょんぼりしながら出来上がったオムライスを食べていた。自業自得なので慰めてはあげないが、ハヤトのしょんぼり顔は思いのほか可愛すぎて、鬼にしたはずのわたしの心が思わず揺らぎそうになった。

隣ではトキヤが嬉しそうにハヤトと同じオムライスを食べていた。





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