あれからわたしは、度々彼らとの事を考え、頭を悩ませていた。
わたしはここに居ても良いのだろうか。そしてわたしはハヤトとトキヤ、どちらが好きなのだろうか。そんな事を考えると、自然と普段よりため息の回数も多くなった。

わたしはしっかりと悩まねばいけないのだと思う。
けれど、その様子をハヤトに見られたり、気取られたりしてはいけなかった。
わたしがこんな事で悩んでいると知ったら、優しい彼の事だから、きっと責任を感じてしまう事だろう。今の境遇を悩むにしても、時と場所にはじゅうぶん気を付ける必要があった。



そう注意していたはずなのに、それでもやはり、事件は起こった。

ハヤトの不在時、部屋の片隅で作曲作業をしながら色々と考えを巡らせていたわたしは、その日、彼の帰宅に全く気付く事ができなかった。
作曲作業も行き詰まり、更には件の悩みが脳内を侵食し、偶然にも頭を抱えていたわたしを彼が目撃してしまったのだ。
ハヤトは案の定わたしの具合が悪いと勘違いしたらしく、わたしの言い分も聞かずに医者を呼んで来ると言い、勢い良く部屋を飛び出してしまった。



そして彼が聖川真斗を引き連れて帰って来たのは、彼が飛び出してから三十分後の事だった。



「まことちゃん! お医者さんを連れてきたよ!」
「ハヤト、だからわたしはどこも悪くないって……え? あ、あなたは……聖川真斗、さん……?」
「あ、ああ。いきなり一ノ瀬に連れてこられたのだが……一体どういう事だ?」

ハヤトが医者だと言って連れて来たのは、トキヤが所属する事務所のアイドルユニット、ST☆RISHの一員でもある聖川真斗だった。
わたしもずいぶん驚いたが、連れて来られた真斗もかなり驚愕していた。おそらく、何の説明もなくハヤトに強制連行されて来たに違いない。わたしは心の中で彼に何度も謝罪した。

「まことちゃん、頭、まだ痛む?」
「ハヤト、だからそれは誤解だって……」
「でももう大丈夫だからね! お医者さんに診てもらおう?」
「……え」

ハヤトはわたしを自室のベッドに座らせ、自分も隣にぴったりとくっついて座った。
相変わらずごく自然にわたしの腰へ手を回し、セクハラ行為も忘れない。わたしは既に抵抗する事さえ忘れ、事の成り行きをただ見守っていた。



「うるさいですね、一体何の騒ぎですか。隣で台本を覚えている私に対する嫌がらせですか? ……聖川さん? なぜあなたがここに?」

ハヤトが診察してもらおう云々騒いでいると、不意に部屋の入り口からトキヤが顔を覗かせた。
トキヤと顔を合わせた真斗が、僅かに安堵の表情を見せたような気がした。
だが、真斗はまだトキヤの内面を良く知らない。トキヤの登場に真斗は安心したかもしれないが、はわたしにとって彼の登場は、安堵どころかややこしい事になりそうな予感でいっぱいだった。


「とりあえず一ノ瀬、この女性の素性を教えてもらおうか」

そういえばわたしは彼を知っているが、真斗はわたしを知っているはずがない。ハヤトのせいでわたしたちがまだお互い自己紹介すらしていなかった事にようやく気付き、わたしは目が合った真斗に軽く会釈をした。

場を仕切り直そうとしたのか、真斗がトキヤにそう問うが、トキヤはそんな真斗の気持ちを踏みにじるように得意気に、わたしの名前や生年月日、さらには趣味、スリーサイズ、下着の色に至るまでもを詳細に彼の前で暴露した。相変わらずトキヤは空気と言うものを全く読まない。読めないのではなく、読まないのだ。
トキヤの暴露する自分でも知りえなかったその個人情報の羅列に、ただ茫然とするばかりで、わたしは彼を制止する事すら忘れていた。

真斗の顔面が引きつっている。
気が付くと、彼の、場の空気を変えようという努力は塵となって消えていた。



「ま、まぁいい。それは置いておくとしてだな、俺がここに連れて来られた理由を教えてくれ」

真斗が僅かに眉を動かしながらハヤトに訊ねる。ずいぶん呆れているだろうに、それを一切口にしない。さすが大人というか、器が大きいというか、非常に冷静である。

そういえば、確か、ハヤトは帰宅時に医者を連れて来たと言ったはずだったが、目の前に居るのは医者ではなく、どう見てもアイドルだ。まぁ、真斗の外見からすれば医師免許のひとつも持っていそうな雰囲気だが、彼が医師免許所持者だという話は欠片も聞いたことがない。
わたしは掠れた声を振り絞り、ハヤトに真斗と同じ事を重ねて訊ねた。

「ハヤト、説明してよ。どういう事なの?」
「何分かりきった事、聞いてるの? そんなの、まことちゃんの具合を診てもらうために決まってるにゃ」
「え……? だって、真斗さんは医者じゃないと思うけど……?」
「まーくんはお医者さんだよ、まことちゃん! だってまーくんはね、この前のドラマでお医者さんの役を演じてたんだよ! これはもう立派なお医者さんにゃ!」
「……」
「……」

ようやく話の筋が見えてきたような気がするが、ベッドに向かい合うように設えられたソファへ座る真斗の表情は、先ほどよりもひどく歪んでいた。
無理もない。ドラマで医者を演じたからといって、なぜ彼が本物の医者のように患者を診察できると思うのだろうか。ハヤトの思考回路がひどく心配になった。



「さ、じゃあ真斗先生に診てもらおうね。ちなみにボクはまことちゃんの保護者だからね。はい、上着脱いで〜」
「い、いや、ちょっと待て、一ノ瀬兄!」
「そ、そうだよ、真斗さんに迷惑かけちゃだめだよハヤト!」
「そうです、ちょっと待ちなさいハヤト!」
「えっ?」

わたしの上着に手をかけたハヤトを止め、彼を何とか宥めようとしたその時だった。
今までただ傍観を決め込んでいたはずのトキヤが、わたしたちに加勢するように大声を上げた。眉間には深く皺が刻まれており、僅かに怒気を帯びている。

「トキヤくん……」

いつもならばハヤトと悪乗りするように、わたしに衣服を脱げと強要するはずの彼が、わたしたちと同じくハヤトを止める側に回るなんて、めずらしい事もあるものだ。

「一ノ瀬、お前もお前の兄の暴挙を止めてく……」
「そんな事などどうでも良いのです! それよりも! まことの頭が痛いのなら、なぜ聖川さんでなく、私を呼ばないのですか!」
「……は?」

実は最初からほんの少し嫌な予感はしていたが、トキヤはわたしたちに加勢した訳ではなかった事がこれではっきりしたようだ。それに先ほどよりもさらに火種を大きくしようとしているような気さえする。

「だいたい、そのドラマの医者役なら、私もオーディションを受けました! ……落ちましたけど」
「お、落ちたんだ……」

本当はそれどころではないのに、思わずそう突っ込まずには居れなかった。
相変わらずトキヤの思考も謎過ぎる。やはりこの兄弟は似た者同士なのだと改めて思い知った。

ふと向かい側の真斗を見ると、彼もまた、トキヤの言動が信じられなかったのか、眉を顰めながらトキヤを見つめていた。トキヤは外面が良いから、きっとメンバーの誰もがこんな彼の姿を見たことがなかったのだろう。
真面目な彼の口があんぐりと開いている。これはおそらく彼もわたしと同じ気持ちに違いない。こんな時になんだが、わたしは久しぶりに常識の通じる相手に出会えた事に、ほんの少し感動していた。



「トキヤはオーディションに落ちたんだから、いわば無免許医だろ? そんな無免許医に大事なまことちゃんを任せられるわけないにゃ」
「……お、おい一ノ瀬兄。一応言っておくが、俺も無免許だぞ」
「まーくんはいいんだよ! ドラマで医者役を立派にこなしたんだから! はい、まことちゃん脱いで脱いで〜! まーくん先生に診てもらおうね〜」
「ちょっ! や、やだっ! やめてハヤト!」

気が付くといつの間にかハヤトに上着を脱がされており、下着姿を曝すのが恥ずかしくてわたしは両手で体を隠した。前々から思っていたが、ハヤトには人の衣服を簡単に剥ぎ取る天賦の才でもあるのではなかろうか。
正面の真斗がわたしから目を逸らす。しかしハヤトはそんな事など全くお構い無しで、いつものように隣から強くわたしに抱きついてきた。
肩口に口を付けられ、思わずくすぐったさから身を捩る。

「や、やめっ……んっ」
「可愛いなぁまことちゃん! あーこのまままことちゃんの体中ぜーんぶペロペロしたいにゃー」
「なっ……! き、貴様ら! 他人の居る前で、不埒な行為に及ぶのは止めんか!」
「……」
「……」

ハヤトのあんまりな行為に、真斗の怒声が室内に響き渡った。わたしとしてはハヤトと一括りにされるのは不本意極まりないが、こんな状況ならば仕方ない。彼の堪忍袋の緒が切れるのも、時間の問題だったのだ。

しかし、真斗の声で一瞬室内は静まり返ったものの、その沈黙もすぐにトキヤによって破られる事になる。

「聖川さん! お持ちの医師免許を私にも貸してください!」
「い、一ノ瀬!?」
「まことの体を隅々まで丁寧に診察するのは私の役目なのです! まこととのリアルなお医者さんごっこ……こればかりは誰にも譲れません!」
「な、何を言っているのだ、お前は……」
「それに、大事なまことの体を聖川さんに任せる訳にはいきません! 私がしっかり診察します!」
「ちょっとちょっと、だめだよ! トキヤにまことちゃんの診察させるくらいなら、ボクがまことちゃんを診察するにゃ! そして診察ついでにエッチでもしちゃおうにゃ」
「なっ、何を破廉恥な事を言っているのです!? それをするのは私です!」
「じゃートキヤだってハレンチじゃん!」

なぜか執拗に食い下がるトキヤにハヤトが応戦する。最早彼ら自身が病院に行くべきではないのかと思ったものの、それを口に出す勇気はさすがになかった。




「お前、まことと言ったか」
「あ。申し遅れました。わたし、浦野まことと申します」
「俺は聖川真斗。よろしく。……しかし、お前も苦労するな」
「い、いえ」

真斗はそれ以上わたしたちの関係について根掘り葉掘り訊いてくる事はなかった。彼らと一緒に暮らしているわたしを怪しまないはずなどないのに、聖川真斗という人物は本当に良くできた人だと思う。


「そういえばまこと、俺はお前の名をどこかで聞いた覚えがある」
「え……」
「いや、だが、どこで聞いたのか全く思い出せぬ。すまない」
「……あ、ええと、実はわたし、一応歌手の端くれをしていまして……」
「歌手……? おお、分かったぞ! 浦野まことだな、俺もCDを何枚か持っている」
「えっ……本当ですか!? あ、ありがとうございますっ!」
「お前が浦野まことだったのか。メディアに一切露出しないというから、一体どんな人なのか気になっていたのだが、お前だったとはな……。一ノ瀬の知り合いでなかったら、俺も一生お前とは知り合えていなかっただろうな。そう考えると、とても不思議な縁を感じる」

わたしの目の前に、ようやく理解者が現れたと思った。
わたしは真斗と固く握手を交わし、その後彼を玄関まで見送った。

わたしがリビングに戻っても、彼らの言い合いはまだ続いていた。





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お医者さんごっこで3Pとかどうですか。
続きで書こうかな……。でも馬鹿過ぎますかね(´・ω・`)



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