その日わたしが帰宅すると、すぐにリビングで管を巻く二人の姿が目に入った。

正確に言えば管を巻いていたのはハヤト一人だが、トキヤも酔っていることには変わりない。
リビングに入るや否や、テーブルに転がった空き缶からであろうアルコール臭が鼻を掠めた。
ただいまと二人に声をかけると、二人が同時におかえりと答え、ハヤトはいつも以上の笑顔をこちらへ見せる。どうやらハヤトもトキヤも、ずいぶんご機嫌なようだった。

一体いつから飲んでいたのか。いや、そもそもハヤトとトキヤが二人きりで酒を飲む事自体がめずらしい。わたしはどういう経緯があったのだろうと心の中で考えながら、ハヤトの隣へゆっくりと座った。



「ってゆーかほんと今の日本はおかしいにゃー!」
「そうですよ、まったく……!」

二人が今の日本に対して熱く語っている。
トキヤはともかく、ハヤトは一体どうしてしまったのだろうか。まさかハヤトの口から政治問題に関する批判が出てくるとは思ってもおらず、わたしはそれに対してずいぶん驚いた。
そもそもハヤトは日頃から政治問題にも芸能ニュースにも無関心なはずなのに、酒の席とはいえ、こんな話題が出る事自体おかしいような気がする。
彼の陽気なキャラクター故か、普段はあえてそういう問題には触れぬようにしていただけなのかと思わず本人へ問い質したくなったが、完全に酔っている今、ハヤトがそれに答えてくれる事は皆無だろう。だが、もしかしたらハヤトは、前々からこういう問題にも興味があったのかもしれない。そう考え、ほんの少し感心しながら、わたしはそれとなく二人の議論に耳を傾けた。

「日本という国は概念に縛られ過ぎだと、私は思いますね」
「ボクも! ボクもそう思うにゃー! キセイガイネンに拘りすぎなんらよなニッポンはさー」
「そう、その通りですよハヤト」
「だよにゃートキヤ!」

ハヤトもトキヤも、仲良く同じ本数だけビールを空けながら、熱く語り続ける。同じ本数を飲んでいるはずなのに、トキヤの方は頬がほんのりピンク色になっているだけで、然程酔った様子は見られない。
無駄にキラキラな目を合わせながら、頻りに何度も頷き合う。彼らの話がここまで弾むなんて、ただ事ではないような気がした。


「ねぇ、ハヤトもトキヤくんも盛り上がってるね。一体何の話をして……」
「本当に面倒な概念ですよ、結婚というものは! そもそも一体誰が最初に一夫一妻制なんて制度を決めたのでしょうね。まったくもって馬鹿馬鹿しい」
「そーだそーだ! 一夫多妻制でも、多夫一妻制でも、本人たちがそれでいいなら、何の問題もないはずにゃ!」

「……ん?」

なかなか嘴を挟めず、しばらく黙って彼らの話を聞いていたのだが、そのうちどうやらその議論が政治問題には全く関係の無い事にふと気付く。わたしは訝しげに眉を顰めながら、今度は無理矢理彼らの話を遮った。

「ちょっとハヤト、トキヤくんも、さっきから一体何の話をしているの?」
「んー? そんなの、もちろんまことちゃんとボクたちの事に決まってるにゃろ〜」
「はい? 何だか全く意味がわか……っひぃ!!」

既に呂律があやしいハヤトが笑顔を近付けながら、わたしの頬をペロリと舐めた。
驚くわたしに構う事なく、ハヤトはまことちゃんのほっぺはおいしいにゃー、などと恥ずかしい科白を宣う。トキヤの目の前だというのに、彼はまるで羞恥心がない。


「ちょっと、ハヤト離れ……」
「なるほど。どれどれ、それでは私も味見させていただきましょうか」
「え? トッ、トキヤく……っひゃあ!?」

先ほどまでテーブルを挟んだ向こう側のソファに座っていたはずのトキヤが、いつの間にかわたしの隣に座っており、あろうことか彼は今ハヤトがやったように、無許可でわたしの頬を舐めたのだった。

「ちょ、ちょっと……なっ、なんっ!」

トキヤの顔が近い。わざとらしく笑うその笑顔は、本当に酔っているのかとてもあやしい所である。

「……確かに。ハヤトの言った通り、まことの頬はおいしいですね、ふふ」
「だろー?」
「あ、あのね!」

若干アルコールくさい二人を無理矢理自分から離し、飲みすぎだという旨を彼らへ怒鳴った。しかしハヤトはそれにも全く堪えた様子を見せず、それどころか離したそばから再度わたしへ飛び付いて来る始末で、これではわたしの全力を使ってまで無理矢理ハヤトを離した意味が無い。



「っていうか聞いてよまことちゃ〜ん!」

ハヤトのうるうるとした目には、何者に対しても有無を言わさぬ強制力がある。現にわたしも、既に彼から再度距離を取ることを諦めている。そんなふうに見つめられれば、たいていの輩など彼の思う通りになってしまう。天然のアイドルというものは本当に恐ろしい。

「……ハヤト?」

わたしが全てを諦め、ハヤトに向き直る。ハヤトがほんの少し眉間に皺を寄せ、真面目な表情を作った。

「あのねまことちゃん、今のニッポンってね、……重婚が認められてないんだよ!?」
「え……?」
「……」
「……」
「……知ってた?」
「あ、当たり前でしょ!?」

突然何を言い出すかと思えば、またもやハヤトが突拍子もない事を言い出す。
そういえば先ほどトキヤとも同じような事を話していたのを不意に思い出した。

「ハヤト、さっきから何の話をしてるのよ。重婚とか一夫多妻制とか……」
「だからー、それはボクたちの事を話してたって言ったじゃん」
「……はい?」
「ほら、ボクはまことちゃんが大好きだよね? でも、それと同時にトキヤもまことちゃんの事が大好きだから、こうなるとボクとトキヤがまことちゃんの奪い合いを始めちゃうでしょ?」
「……」

ハヤトの話を聞いていくうちに、どんどんわたしの眉間に深く皺が刻まれていく。この話はハヤトが酔っているからなのか、それとも本気で言っているのか良く分からない。

「だからもしかしたら、まことちゃんを賭けてボクとトキヤが殴り合いをしちゃうかもしれないでしょ」
「……」
「でもさ、ボクもトキヤも、暴力なんて嫌いだし、それならまことちゃんがボクとトキヤ、二人と結婚しちゃえば争わなくて済むんじゃないかなって結論に至ったところでありますー」
「……」
「だからね! ボクたち、今、重婚が許されない日本の制度がどれだけダメダメかって、熱ーく語ってたところだったんにゃ!」
「…………はぁ」

ハヤトのあまりにも眩しすぎる笑顔に、わたしはただため息を吐くしかなかった。彼は自分の言った事がトンデモ理論だということに全く気付いていない。
確かにハヤトは暴力行為が嫌いだし、その気持ちも痛い程良く分かるが、これは明らかにトキヤによって何か吹き込まれた結果に違いない。いつものハヤトならば、好きな人を誰かと共有するなんて考えられるはずがないのに、そういう結論に至ったということは、つまりそういう事なのだろう。
そう結論付け、わたしが胡散臭そうな眼差しをトキヤに向けると、彼はわたしに気付き、口角を上げ厭らしく笑った。

「どうです? 良い案でしょう? とりあえず将来重婚可能になった場合の話し合いでもしておきましょうか。そうですね、私は毎晩でもまことと夜の生活を共にしたいのですが……まことはいかがですか?」
「は、はい? いかがですかってどういう意味ですか?」
「ですから、私と夫婦になったら、どんなに疲れて帰って来ても、私は毎晩まことを抱きたいと思いますが、まことはいかがですか、という意味です」
「……」

まるで酔っている素振りも見せないトキヤがそうはっきりと言い切った。わずかに赤い頬が酔っているという証明なのだろうが、彼の場合、呂律が回らなくなる事もなく、言動も割といつもの事なので素面かどうかが判別できない。

「そうなると、私との夫婦生活は週7ですね」
「……あ、あのさ」
「ちょーっと待つにゃー!」

トキヤの提案を酔っ払いの戯言だとあしらおうとすると、今度はハヤトがわたしとトキヤの間に割り入った。言いたい事がほぼ分かっているため、ハヤトの相手もやや面倒くさい。

「ちょっと待つにゃ! トキヤが週7なら、ボクはどうするんだよー!?」
「ええと……週0、ですね」
「ふ……ふざけるにゃー!! ボクは毎日まことちゃんのおっぱい吸わないと眠れないし、二日に一回はエッチしたいし、毎週土曜日はコスプレエッチしないと生きて行けないんにゃー!」
「ちょっ、ハヤト! そういうの、今言わなくていいから!」
「ほう……。ハヤトは今までずいぶんいい思いをしていたみたいですね」
「ふん、当たり前だろ。まことちゃんはボクの彼女だもんにゃー」

ハヤトが後ろからわたしの腰に手を回し、強く自分の方へ引き寄せる。先ほどまで意気投合していた二人が、今はもう一触即発の状態だ。

「今までそんなにいい思いをしていたのならもういいでしょう。ハヤトはまことと結婚しても、一生禁欲生活を送ればいい!」
「そんなの絶対無理だにゃー!」
「私だって、週7の性生活を譲るつもりはありません!」
「ボクだって譲らないにゃ!」
「……」
「……」
「……」
「……」

いつものようにわたしの意思も聞いてもらえず、二人が無駄な言い合いを始める。
わたしはどんどん痛くなる頭を抱え、盛大にため息を吐き出した。






「もういい加減にしなよ」

冷蔵庫から出したミネラルウォーターを二人の前に置き、それを飲むよう促した。
二人がそれを飲み、ようやく落ち着く。

「そもそも考えるだけ無駄でしょ? 日本はこれからもきっと、重婚は認められないよ」
「う……そ、そう、だよにゃ……。なんでボク、トキヤもまことちゃんと結婚すればいいとかそんな事言っちゃったんだろう……」

ミネラルウォーターのおかげで頭が覚醒してきたのか、ハヤトがようやく自分の理性を取り戻したようだった。

「それにね、わたしはハヤトとは結婚しても、トキヤくんと結婚するつもりはないからね」
「えっ!? そ、そんな……!」

ごく当たり前の事を大の大人に説教するはめになるなんて、つい数時間前のわたしには考えもしない事だった。
がくりと肩を落とすトキヤに何とも言えない複雑な気持ちになり、わたしは一気に疲労感を覚えた。


「ほらハヤト、ベッド行こう?」
「……ん」

ハヤトに肩を貸し、ふらつく彼を支えながら寝室へ向かう。まったく世話の焼ける恋人である。

「まこと! 私の事も、介抱、してくれますよね……?」
「……」

後ろからすがるような目でトキヤがわたしを呼び止める。ハヤトもそうだが、トキヤのこういうすがるような目付きにわたしはすこぶる弱い。

「まこと……」
「……」
「……」
「……分かった分かった。先にハヤトを寝かせてくるから、ちょっと待ってて!」

またしても弱点を突かれたような形でわたしが折れてしまったが、わたしもこの弱点を早く克服せねばと改めて思った。

後ろからトキヤの、私もちゃんとパジャマに着替えさせてくださいね、という不穏な言葉が聞こえたような気もしたが、それは絶対に無視しようと心の中で強く誓った。






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