「ねーねーまことちゃん、明日は何の日か分かる? ねーねーねーねー」
「……」

現在わたしは作曲作業に煮詰まっており、思うように曲を生み出せない苛立ちから僅かに焦りを感じていた。いわゆるスランプ状態というやつだ。まぁ、わたしの場合、スランプというよりもプラトー状態と言った方が身の丈に合ってはいるが、自分のほんの少しのプライドのためにも、これはスランプ状態という事にしておく。


「まことちゃーん、ボクの話、聞いてる〜?」
「……」
「聞いてないの?」
「……」
「……チューしていい?」
「だめ」
「ええーっ!?」

リビングのソファのスプリングを軋ませ、ハヤトがわたしに横からまとわりつく。彼はわたしが持っていた五線譜を取り上げ、それを床へ放り投げると満面の笑みを浮かべながら堂々とわたしの唇へキスをした。その笑顔がちょっとばかり憎らしいが、それを見ると強く怒る事ができなくなってしまうのが自分でも悔しい。

「ハヤト、だめって言ったでしょ」
「えーなんで? 別にいいじゃん」
「だめだよ。トキヤくんも居るのに」
「……」

ここはわたしたちの共有スペースでもあるリビングで、わたしとハヤトの座るソファの向かい側には、トキヤが足を組んで座りながら黙々と読書をしていた。彼はわたしとハヤトがキスをした瞬間、とても嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。確かに目の前でイチャイチャされれば気分も悪くなるだろう。わたしがそうハヤトを窘めるも、ハヤトは一切悪びれる様子もなく、それどころかわたしにまとわりつく事をやめる素振りも見せなかった。


「ねぇだから聞いてる? まことちゃん、まことちゃんだったら明日が何の日か分かるよね? ね〜っ?」
「……はぁ」

これ以上新曲の構想を練り続けていても、良いフレーズは生まれそうもない。曲を考え続けて早一週間。遅ればせながらもようやくそう悟ったわたしは、諦めてハヤトの話を聞く事にした。
ハヤトの方へ体を向け、彼と目を合わせる。
するとハヤトは一層明るい表情で破顔し、わたしを強く抱きしめた。


「ええと、明日って……何かあったっけ?」

とりあえず体を離し、明日の事を考える。

「明日……明日……? 何かあったかなぁ」
「あるよ! ボクとまことちゃんにとって、とーっても重要な日だよ!」
「……」

期待を胸に抱くハヤトのキラキラした目は、全く心当たりのないわたしの緊張感を更に高めていく。これは何となく間違えられないような気がした、その時。不意に向かい側から呆れたような声が発せられた。

「……はぁ。どうせハヤトの事です。二人が付き合い出した記念日とかいうのでしょう? 面倒な男ですね」
「え……そうだ……」
「ブブーッ! 残念でしたー!」

トキヤの助言にそうだったっけ、と、口に出して考えそうになったが、すぐにハヤトがそれを否定したため、口を噤む。
トキヤの考えと同じく、そんなものだろうと思っていたのだが、どうやら全く違っていたようだ。口に出さなくて良かった。

「トキヤ、安易すぎるにゃ〜。ってゆーかー、ボクとまことちゃんの大事な記念日がトキヤに分かってたまるかってーの!」

横からわたしに強く抱きつきながら、ハヤトはなぜか勝ち誇ったような表情でトキヤを見下した。それに気付いたトキヤがずいぶん悔しそうに歯噛みする。トキヤを怒らせると後々面倒そうだが、今はハヤトを止める術が見つからない。

「まことちゃんなら分かるよね? ねーっ?」
「え、ええと……」
「待ちなさいまこと。私が当てます」
「は、はい?」

ハヤトに安易だと言われた事が余程気にくわなかったのか、トキヤが対抗心を剥き出しにしてわたしを制する。見えない火花を散らす彼らの間に入って行くほどの勇気を持ち合わせていないわたしは、仕方なく彼らの傍観役へと回った。


「トキヤに分かるかにゃ〜? ボクとまことちゃんのコ、ト!」
「っく! まことの事なら何でも分かります!」
「ほんとかにゃ〜? なら早く当ててみてよ」
「……そうですね。付き合い始めた記念日ではないとすると……、初めてまことと性交した記念日といった所でしょうね」
「ざーんねん! まことちゃんとの初エッチ記念日は一月六日でーす」
「ハ、ハヤト!?」
「本当はクリスマスにする予定だったんだけど、緊張のあまりボクのが勃たなくて〜……」
「ハヤト! そういうの言わなくていいから!」
「ああ、分かりました! それではハヤトがまことと初めてラブホテルへ入った記念日ですね!?」
「それは一月七日〜」
「ならば、まことに初めて膣内射精した記念日ですか!?」
「それは二月二十日!」
「まこととイヤラシイコスプレで性交した日です!」
「それは……これからする予定!」
「ならば……」

「ちょ、ちょっと待てー!!!」

トキヤが主にイヤラシイ記念日を捏造し、ハヤトが馬鹿正直にそれに答える。このまま黙っていると自分のプライバシーがだだ漏れ状態になりそうで、わたしはとうとう二人の間に入り、彼らを制止した。


「っていうか、ハヤト、なんでわたしたちのした事を的確に日付まで覚えてるの!?」

とりあえず色々と聞きたいことはあったが、先ずはこれを聞かなければとハヤトに切り込む。わたしの渋面とは裏腹に、ハヤトは満面の笑みでわたしを見つめていた。

「……だって、ボクにとってはまことちゃんとの出来事はどんな事でも記念だもん。覚えてるに決まってるにゃ」
「ハヤト……」

その真剣なセリフに思わず感動しそうになっていると、不意にわたしの胸を鷲掴みにしていた彼の手に気付く。先ほどのハヤトのセリフに思わず感動しそうになった自分が無性に悔しくなり、わたしは彼の頬を思い切りつねった。

「痛いにゃ痛いにゃー! でもまことちゃんのおっぱいは柔らかいにゃー」

しかしハヤトは全く堪えてはいないようで、痛い痛いと言いながらわたしの胸を頻りに揉みしだいた。もしやハヤトには被虐趣味でもあるのだろうか。



「ところでハヤト、明日って何の日なの?」

これ以上恥ずかしい事を暴露されてしまう前に、何とかこの話題を終わらせなければならない。そう考えたわたしは素直に明日の事をハヤトへ問い質す。向かい側でコーヒーを飲んでいたトキヤも興味深そうにこちらへ耳を傾けた。

「じゃあ正解発表にゃ! 実は明日は……、ボクとまことちゃんの、カレー記念日でーす!」
「……」
「……」

わたしもトキヤも、ハヤトが何を言っているのか良く理解できなかった。

「どういう事?」
「ええと、だから。この味が、いいねと君が言ったから……ってやつ?」
「サラダ記念日か!」
「あはは! まぁ、それは冗談だけど、カレー記念日っていうか、まことちゃんが初めてボクに手料理のカレーを作ってくれた記念日っていうか……そんな感じなんだけどね!」
「あ……ああ、そういう事か……」

「うん。ま、そーゆーわけだから、明日もまことちゃんの手料理で、いっぱい仲良くお祝いしようね!」
「う、うん。そうだね、そうしようか」
「やったー!」

強くわたしを抱きしめるハヤトの手に自分の手を重ね、それを優しく撫でる。
ハヤトがわたしの事をとても大事にしてくれている事が痛いほど良く分かり、わたしは結局彼を本気で怒る事は出来なかったのだった。




「なんだか私だけ除け者にされているみたいで腹立たしいですね」
「……え?」

不意に隣から声が聞こえたかと思いそちらを振り向くと、そこには不機嫌全開の顔をしたトキヤがこちらを睨み付けていた。確かに少しわたしたちは二人の世界に浸りすぎていたと思うので、素直に謝罪の言葉を口にする。

「ご、ごめんね、トキヤく……」
「ハヤトとまことにばかり記念日があるなんて、不公平ですよね……」
「……え?」

しかし、トキヤはわたしの反省の弁になど耳も貸さず、一人でぶつぶつと何事かを呟いている。

「私だってまことを愛しているのに……私もまこととの記念日を……」
「あ、あの、トキヤくん?」
「ただ、出会うのがほんの少し遅かっただけだというのに……」
「えっと……、トキヤくん? わたしとハヤトは恋人同士なんだし、記念日があるのは仕方ない事だと……」
「そうです! 私もまこととの記念日を作りましょう。それがいいです!」
「えっ……」

トキヤが大声で良く分からない理屈を述べた後、手帳で何かを確認し出した。
わたしたちには説明すらする気が無いようで、黙々と手帳とにらめっこをしている。

「なるほどなるほど。あれは数ヶ月前の二十八日の事でしたね」
「……二十八日?」
「ええ。まことが私の性器を口にしてくれたのがその日ですので、毎月二十八日は、私とまことの、おしゃぶり記念日とします」
「ぶっ!」
「なっ!?」

彼のとんでもない提案に、わたしとハヤトはほぼ同時に噴き出した。
トキヤの目が怖いくらいに輝いている。これは本気だ。トキヤが本気で変な提案をする場合、容易に反論する事ができないのでとても厄介である。
ハヤトは却下却下と騒いでいたが、トキヤはいつの間にかカレンダーへ、そのどうにも下品な記念日を赤字で書き記してしまっていた。もう何を言っても無駄なようだった。




「……トキヤくんてさ、テレビで見るとストイックで真面目そうなイメージなのに、中身は正反対だよね」
「そうですか? それは単に視聴者に見る目が無いだけではありませんか?」
「いやいや、トキヤくん、テレビでは完全にクール系を演じてるよ」
「そうですか? それはどうも」
「……別に褒めてないんだけど」

「まことちゃん! もうトキヤとばっかり話さないでよ! ボクが寂しいじゃん!」
「え!? あ、ごめ……っ」

ハヤトが勢い良くわたしに飛びつく。更にどさくさに紛れ、またもやわたしの胸を揉んでいる。もう慣れっこになりつつある自分に嘲笑する。


「明日はハヤトの好きなカレー作るから、許してね」
「うん……だからチューしていい?」
「……」
「……ん」

わたしの返事も聞く事なく、ハヤトは再度わたしの唇に唇を重ねた。
後ろからトキヤのため息が聞こえたような気がした。





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