この一ノ瀬兄弟の部屋がわたしの帰る場所となって早や一週間が過ぎた。
一ノ瀬兄弟との同棲生活もなんとなく慣れ、彼らの言動にもようやく耐性が付いてきたような気がしていた。それでも時には彼らに振り回されたりもするけれど、わたしは心からこの生活を楽しんでいたのだと思う。



「おっかえり〜! まことちゃん」
「え? ハヤト……、た、ただいま?」

それはめずらしく諸用でわたしが事務所へ赴いた日の事だった。ついでに夕飯の買い物を終えて部屋へ帰ったわたしを迎えてくれたのは、本日帰宅が遅くなると言っていたはずのハヤトだった。
おかえりと叫び、飛びついてきたハヤトをとりあえず離し、首を傾げてそちらを見上げる。

「ハヤト、早かったんだね。今日は遅くなるって言ってなかったっけ?」
「うん。そうだったんだけど、早くまことに会いたくて、急いで仕事終わらせて帰ってきたんだ!」
「そ、そうなの?」

驚くわたしに気を良くしたのか、ハヤトはいつもの笑顔でさらに続ける。

「ねぇねぇ、だからさ、トキヤが帰って来る前に、ぼくと一緒にお風呂、入っちゃおう?」
「……え?」

早くわたしに会いたくて急いで仕事を終わらせたというのは嬉しいけれど、だから一緒にお風呂だなんて少し強引すぎる気がする。いつの間にか再度わたしにまとわりついていたハヤトから身を翻し、わたしは困惑ぎみに彼を見上げた。

「あー、えっと、それはちょっと……」
「えー、いいじゃん! トキヤが帰って来る前にぼくと一緒にお風呂入ろうよ、まことちゃん!」
「だ、だからちょっと待っ……!」
「待ーたーなーいー!」

ハヤトはわたしが反論する間もなく無理矢理わたしの手を取り、バスルームへ直行した。
いつものハヤトらしからぬ、少々強引な素振りにわたしの中の違和感が僅かに膨らんだ。

「まこと、早く早く〜」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
「だから、待ーたーなーいー! まことちゃんも早く脱いで脱いで!」
「や、ちょっと待ってってば!」

脱衣所に入り、早々と自分の服を脱ぎ出すハヤトの腕を掴み、わたしは急いでそれを止める。その後じっと彼を見つめると、ハヤトは不安げに何度か目を泳がせた後、張り付けたような笑顔でようやくわたしと目を合わせた。彼の表情はどこか不自然で、さらにわたしの中の疑惑が確信へと変わっていく。




「……ね、ハヤト、っていうかトキヤくんでしょ?」
「……」

ハヤトとトキヤは一卵性の双子だから、外見的には瓜二つだ。だからトキヤがハヤトの服を着て彼を演じれば、たいていの人なら彼の演技に騙されてしまうに違いない。
けれど、わたしはこれでも一応ハヤトの彼女だ。先ほどから時折現れる彼の素が、わたしの中の第六感を冴え渡らせた。

「…………」
「な、なぁに? まことちゃん、変な事言わにゃいでよ〜」
「…………」
「ぼく、ト、ハヤトだよ! ハヤトとまことは恋人同士でしょ? だからぼくたちが一緒にお風呂に入るのは特に問題ないはずにゃ」
「…………」

目の前の彼は間違いなくハヤトを装っているトキヤだ。しかし彼は未だハヤトに成りきっている。これはややこしい事になりそうだ。

「ほ、本当ですよ! 私はハヤトですにゃ! だからまこと、私と一緒に入浴しましょう……ですにゃ!」
「トキヤくん、しゃべり方がおかしくなってるよ……」
「わ、私はトキヤじゃありませんにゃ!」

トキヤの言葉は最早滅茶苦茶だった。既にハヤトのような笑顔も口調も崩壊している。
依然として疑惑の目を向け続けるわたしに困惑したのか、トキヤが無理矢理わたしの上着に手をかけ、それを強引に剥ぎ取った。

「ちょ、ちょっと! あなたトキヤくんでしょ!?」
「いいえ。……ですが、例え私がトキヤだとしても、これはまことへの愛情からくる行為なのですから、問題はないはずですよね!? いや、明らかに無いはずです!」
「い、いやいやいや! 問題大アリですから!」

トキヤの妙な思い込みを正すべく、大声で反論するも、彼の手は止まらない。トキヤの手は更にわたしのシャツへと掛けられ、いとも簡単にそれを剥ぎ取ってしまった。
いつの間にかわたしの上半身は、ブラジャーを除いた全てが彼の手に落ちていた。


「はぁ、はぁ……。たまりませんね、まことのそのあられもない姿……」
「ちょっ、トキヤくん鼻血! 変態か!」

一定の距離を保ち、向かい合ったわたしたちは尚も睨み合いを続ける。相当興奮したせいか、トキヤの鼻からはアイドルに似つかわしくないアレが流れ出ていた。
トキヤは今や各業界から引っ張りだこのトップアイドルだ。そんな彼のファンがこんな場面を目の当たりにすれば、一気にドン引きする事間違いなしだろう。この時わたしは、彼女らにこんなトキヤを見せてやりたいと、強く思った。

わたしとトキヤはお互いにジリジリと距離を縮めては離れを繰り返す。正直こんな事を続けていても意味は無いし、早く逃げ出したい気持ちでいっぱいだったのだが、トキヤには意外と隙がない。

「まこと、まことはそんなに私と入浴するのが嫌なのですか?」
「いや、嫌とかそういう問題じゃないと思うよ!」
「では嫌ではないのですね!?」
「嫌です!」
「……いやいや、まこと、そんな意地を張らなくてもけっこうですよ」
「いやいやいや意地を張ってる訳じゃありませんから!」
「なら良いじゃありませんか。一緒にお風呂に入り、ほんの少しまことの胸を触らせて……いや、揉ませていただければ良いですから」
「だからわたしはトキヤくんと一緒にお風呂へ入らないし、ましてや胸を触らせも揉ませもしませんよ!」
「じゃあ吸わせてください」
「トップアイドルがそんな下品な事言うな!」
「じゃあどうすれば良いのです? まさか挿入させてくださいとでも言えば良いのですか?」
「そ、挿入って……、も、もっとだめでしょ、それ!」

わたしとトキヤの牽制はなかなか終わりが見えず、その後それはハヤトが帰って来るまで続いたのだった。






「まったく同棲生活も楽じゃないにゃ……」
「はぁ……」
「ボク、まことちゃんがトキヤに襲われてないかって、毎日心配で心配で仕事が手に付かないんだよ」

一緒のバスタブに浸かり、向かい合う正真正銘のハヤトがしゅんとしながらそう呟く。
その寂しそうな表情を見ると心が揺らぎそうになるが、わたしはそんな彼になかなか同情する事ができない。こんな状況でわたしたちが同棲すれば、こうなる事は火を見るより明らかなのだから、強制的に同棲へ持ち込んだハヤトにも責任はあるような気がするのだ。

「ごめんにゃ、まことちゃん。お詫びにボク、今日はいっぱいいっぱいまことちゃんを愛しちゃうにゃ!」
「え、ええっ!? それってお詫びなの!?」
「えいっ! おっぱい攻撃〜!」
「きゃーっ! ちょっ! いきなりへんなとこ揉まないで!」
「いいじゃ〜ん」

「ハヤト! まことっ! いい加減私の縄を解いてください!」

「あははっ! まことちゃんのおっぱい柔らかーい」
「ひゃっ……こらっ、ハヤト!」

「くっ……私をこんな所へ縛り付けて……! これではまるで拷問じゃないですか!」

脱衣所の隅の死角にしっかりと椅子ごと縛り付けておいたトキヤがぎゃあぎゃあと喚いている。先ほど帰宅したハヤトがあの惨状を見て、縄脱けもできぬほどしっかりとトキヤを縛り上げたため、トキヤはどうしても脱出できずに抗議の声を目一杯上げているのだろうと推測される。
少々可哀想かもしれないが、これは自業自得なのだから仕方ない。



「それより私も一緒にまこととお風呂へ入りたいので早く縄を解いてもらえますか?」

「大丈夫です。まことの裸を眺めるだけで、指一本触れたりしませんから」

「あの……ハヤト? まこと? 私を一人にしないでください。寂しいです……」


どんどん弱気になるトキヤの声を背に、少々罪悪感は残るものの、とりあえずわたしたちはのんびりと二人きりの入浴を楽しんだ。

この入浴が済んだら、衣服着用でトキヤの背中くらいは流してあげようと思う。






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