「……さっきから指輪を見つめながらニヤニヤして……不気味ですよ、まこと」

わたしの隣で皮肉混じりにそう文句を言ったのは、わたしの恋人、一ノ瀬ハヤトの双子の弟、一ノ瀬トキヤだった。

わたしは今日も一ノ瀬兄弟の住むこの部屋へ食事の世話をしに来ていた。初めはハヤトの食事を作りに来ていただけだったのだが、この兄弟は放っておくと偏った食生活になってしまいがちなため、結局それを見ていられなくなったわたしが勝手に世話を焼いている。
ハヤトはラーメンやオムライス、カレーといった子供の好物のようなものばかりを好んで食べるし、トキヤはトキヤで何も言わなければ朝から晩まで野菜ばかりを食べている。そんな彼らが放っておけず、気付けばわたしは週に五日程のペースでこの部屋へ訪れていた。

トキヤとハヤトは現役の売れっ子アイドルで、日中部屋にいる事は少ない。しかし今日はどうやらトキヤの仕事が早々に終わったらしく、いつもよりずいぶん早く帰宅して来た。
リビングのソファで、先日ハヤトから貰った婚約指輪を自分でも気持ちが悪い程長い間眺めていたその時にトキヤが帰って来たものだから、彼の目には確かにわたしは不気味に映ってしまったのかもしれない。しかし、実際嬉しかったのだから、それは仕方のない事のように思う。幸せ気分に浸る不気味な女を、少しは大目に見てくれても良さそうなものだが、彼はまったく容赦がない。
僅かに抗議の意も込めトキヤを睨んだが、彼はそれをあっさりと無視し、わたしの隣へ腰を下ろした。



「だいたい何なんです? 指輪ひとつでそんなに嬉しそうにして……」

トキヤがわたしの左手を取り、薬指に嵌められた指輪を睨む。その横顔はわずかに悔しそうだ。

「トキヤくん?」
「……嬉しいの、ですか?」
「え?」
「その指輪。そんなに嬉しいものなのですか?」

依然わたしの手を掴んだまま、トキヤがそう問う。わたしは口でそれを肯定する前に頷いていた。

「そりゃあ嬉しいよ。婚約指輪だし、何よりハヤトが選んでくれたものだから」
「……」
「……あの、トキヤくん?」

わたしの答えに黙り込んだトキヤが急に顔を上げ、わたしに顔を寄せて来る。やはりこの兄弟の眉目秀麗な顔立ちは、近くで見るには心臓に悪すぎる。

「これでまことはハヤトのもの、なのですね」
「あ……、そっか。……うん、そういうことになるんだね」

改めて口にすると少々気恥ずかしいが、トキヤの言う通り、わたしはこれで一応ハヤトのものという事になるのだろう。
わたしが躊躇いがちに頷くと、トキヤはこめかみを押さえながら小さくため息を吐いた。

「そうですか……。ということは、まことはもうすぐ人妻ですか……なるほど」
「……」

トキヤがブツブツと人妻人妻と呟いている。見た目は完璧なアイドルのはずなのに、その中身はなんだかとても怪しい不審者のようで不気味でもあるのはわたしの思い込みだろうか。


「あ、あの、そろそろ手、離してもらえますか……」
「人妻の手……」
「……トキヤくん?」
「これは奪いがいがありそうですね」
「……え、奪いがい?」
「ええ。例えまことが人妻になったとしても、私はあなたを諦めませんよ。ハヤトからあなたを奪ってみせます」
「……」

トキヤの不穏な発言を上手く突っ込む事ができず、わたしはそのまま固まってしまった。ここまで彼がわたしに執着する理由が分からない。双子だから好みも一緒なのだと言うには行き過ぎているような気もする。




「は〜な〜せ〜!」

驚いていたからか、それとも呆気に取られていたからか、暫くそのまま固まっていると、背後から突然伸びてきた手がわたしたちの手を引き離した。

「あ、ハヤト。おかえり……お疲れさま」

その手の主はハヤトだった。いつの間に帰って来たのか、わたしは彼の気配にすら全く気付く事ができなかった。

「ひどいにゃまことちゃん! ボクが帰ってきたら玄関に出てきておかえりのチューって言ったのにー!」
「え、ええ!? そうだっけ?」
「そーなの!」

ハヤトはそんな何気ない会話をしながらわたしとトキヤの間に無理矢理割り込み、腰を下ろした。ハヤトの車の芳香剤の香りが鼻を掠める。おそらく駐車場から部屋まで走ってきてくれたのだろう。僅かに息を切らせている。

「ハヤト、何なんですか藪から棒に。せっかく私とまことが楽しく会話していたというのに」
「むむっ! まことちゃんは別にトキヤと楽しく会話なんてしてないにゃ! トキヤが無理矢理まことちゃんの手を握ってたせいで、まことちゃんはずいぶん迷惑そうにしてたにゃ!」
「それはハヤトの思い過ごしです。そうですよね、まこと? まことは私の存在が迷惑だなんて思っていませんよね?」
「えっ!? あ、トキヤくんの存在は迷惑じゃないけど……」
「……けど?」
「……」

トキヤの存在は決して迷惑ではないが、ちょっと面倒くさい。困惑して言葉を濁すわたしの心中を察してくれたのか、その後ハヤトがすぐに話題を変えてくれたので内心とても助かった。



「まぁそんなことはさておき、今日はまことちゃんに嬉しい事後報告がありまーす」

ハヤトが興奮ぎみにそう宣言すると、その子犬のような目をうるうると輝かせながら、わたしの太ももに手を乗せた。それを見たトキヤがすぐにセクハラですよと文句を付けていたが、日頃の彼の言動の方がよっぽどセクハラなので敢えて聞こえないふりをしてそれを流した。

「事後報告って、ハヤト、何か新しい仕事が決まったの?」
「う〜ん。まぁそれもあるけど、そんなのは二の次! それよりもっともーっと嬉しい事!」
「……もっともっと嬉しい事?」

気が付けばハヤトは既にわたしに飛びかからんばかりの体勢でこちらを見つめている。これは何か余程嬉しい事に違いない。

「ええと……」
「うんうん!」
「うーん……」
「うんうん!」

隣で激しく頭を振りながら相槌を打つハヤトが鬱陶しくて、正直考える事ができない。
わたしは破顔する彼の顔を見上げ、ついには考える事を放棄した。

「……ごめん、わからないよ。一体何があったの?」

その後ハヤトはそう訊ねるわたしに、笑顔のまま大声で衝撃的な事を宣言する事になる。

「実はね、さっき、まことちゃんの部屋の賃貸契約を解除してきましたー! 荷物はとりあえずトランクルームに運んでありまーす!」
「……」
「……」
「あはっ!」
「…………」
「…………」

わたしがハヤトの言葉を理解するのに数秒を要した。というか、聞き間違いであってほしい気持ちの方が強かったせいか、思考がほぼ停止状態だったのだと思う。


「……ハヤト、聞き間違いかもしれないけど、今、わたしの部屋の賃貸契約解除してきたとか、言わなかった?」

おそるおそるハヤトの言葉が嘘だったのではないかとの期待も込めてそう聞き返す。しかし彼の無邪気な笑顔に、それが嘘でなかった事を察した。頭の中が真っ白になり、血の気が引いていくような感覚に陥る。

「言ったよ? まことちゃんどうしたの? 嬉しくないの?」
「や、ど、どど、どういう事よハヤト! それじゃあわたし、今日から帰る場所が無いじゃない!」

だいたい勝手に契約解除しておいて、嬉しい報告とは一体どういう事なのだ。
わたしがそうハヤトに詰め寄ると、ハヤトは全く焦る様子も見せずにわたしを強く抱きしめた。

「何言ってるのまことちゃん。これで今日からボクたち、同棲できるんだよ!?」

わたしはこの時、ようやくハヤトの思惑がこれだったのだと改めて思い知ったのだった。




「いやいやいや、ちょっと待って。なんでそうなる」

ハヤトを冷静に突っ込んではみたものの、彼の反応は変わらない。これは完全に同棲へ強制移行しそうな雰囲気だ。

「だってまことちゃん、まことちゃんはここ最近ほぼ毎日ボクの所へ通ってくれてるし、ならいっそ一緒に暮らした方がラクだよ」
「た、確かにラクかもしれないけど、わたしがそれを承諾したとしても、この状況は同棲とは言わないんじゃない?」
「えーっ!? なんで?」
「だって……」

ハヤトが同棲に向けて強行策を取った事はまぁいい。わたしたちは恋人同士なのだから、いつかはこうなると予測していたし、何の問題もない。
だが。
だが、この同棲生活にはもれなくトキヤが付いてくる。と言うより、わたしが彼らの生活圏に入り込む形になるのだが、ハヤトとトキヤはそれで良いのだろうか。ハヤトの肩越しにトキヤへ目をやると、彼はそれを察し、口の端を上げて笑った。

「ああ。私の事ならお気になさらず。まことがこの部屋へ来てくれれば、私もまことの手料理を毎日食べられますし、まことのお風呂の残り湯で色々できたりしますし、私にとっては願ったり叶ったりですよ」
「えっ」
「だっ、だめにゃ! まことちゃんの残り湯は全部ボクのものだから、絶対トキヤには渡さないからなー!」
「ちょっ……ハヤトもトキヤくんも一体何の話してるのよ!」

とりあえずトキヤはわたしがこの空間に入り込む事を反対してはいないようで、そればかりが気になっていたわたしは、なんだか少し安心してしまった。

「それじゃあ明日、トランクルームにまことちゃんの荷物引き取りに行こうね! んー、ちゅっ」

言い終えると同時に、ハヤトがわたしへ不意打ちのキスをする。相変わらずのハヤトのキスは、わたしの顔面中へ唇を押し付け、わたしをひどく困らせた。

「わ、分かった、分かったからちょっと落ち着こうよハヤト」
「落ち着いてなんていられないにゃ! ボクたち今日は一緒のベッドで、ゆーっくり眠れるんだもん、嬉しいにゃ嬉しいにゃ嬉しいにゃー!」
「ハ、ハヤト!」


「……そうですね。今日は私もまことを後ろから優しく包み込んであげましょうか」
「えっ!?」

トキヤがいつの間にかわたしの反対隣へ移動しており、そう言うとすぐにわたしを後ろから抱きしめていた。
色々言いたい事はあるが、とりあえず一番聞かなければならない事を聞くことにする。

「……あの、寝る時って、トキヤくんも一緒なの?」
「当たり前です。共同生活というのは、そういうものです」
「なっ……! まことちゃんに堂々と嘘言うなー!」



わたしはハヤトの恋人だ。

だが、トキヤという男友達と過ごす日々というのも楽しいのは事実で、今の関係がわたしにとって心地よいものだと言えば卑怯になるだろうか。

わたしは明日からの同棲生活を思い浮かべながら、彼らの晩ごはんを温めるため、キッチンへと向かった。
まだ後ろで続いている彼らの言い合いが、僅かに緊張していたわたしの心を解きほぐしてくれているような気がした。






1/1
←|→

≪ボクがキミの王子様
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -