「ボク、色々考えたんだけど、結局これしか方法が無いと思うんだ」

その日、ハヤトはいつになく真剣な面持ちでそう言った。



ハヤトがアイドルを辞めてわたしの後ろにくっつきながら一生暮らしていくと駄々を捏ねたのは、もうひと月程前になるだろうか。彼はその後何とかその馬鹿な考えを正し、自分の天職を全うしようと日々体当たりで芸能活動に勤しんでいた。

今日は久しぶりに連休が貰えたらしく、ハヤトは日も昇らぬうちからわたしへモーニングコールを寄越した。就寝時はいつもマナーモードへ切り替えているせいか、なかなかハヤトからのコールに気付けなかったが、三十回以上もしつこくコールされれば寝起きの悪いわたしでもさすがに気付く。その電話で早々に呼び出されたわたしは、急いでハヤトの部屋へと向かった。早朝の空気はひどく澄んでおり、気持ち良いのは確かだが、街灯がぽつぽつと灯った道路はほんの少し不気味だった。


部屋に着くと、ハヤトはわたしに温かい紅茶を出してくれた。
そしてあの神妙な面持ちで、先ほどのあの言葉を言い放ったのだ。

「えっと……考えてたって、何を?」

こんな早朝に呼び出したのだから何か用があったのは分かっていたが、出し抜けにそんな事のみを言われてもわたしには全く意味が分からない。彼にありったけの不信感を向け、そう訊ねると、ハヤトは眉間に皺を刻み、本人にはずいぶんと不似合いな渋面を作った。

「もー、まことちゃんはニブいにゃ〜」
「え……っと、どういう事?」

未だ彼の真意が分からないわたしに、ハヤトはようやく似合わない渋面を緩め、わたしとの距離を詰めて体を密着させた。せっかくの広く大きなソファをゆったりと使わないなんて、ちょっと勿体無いが、甘えっ子なハヤトだから仕方ない。


「あのね、この前トキヤがまことちゃんをボクから奪おうとした事があったでしょ?」
「あー……うん」
「だからボクは考えたんだ! まことちゃんをトキヤに取られないためには、ボクとまことちゃんが結婚しちゃえばいいんだって!」
「……」
「……」
「……」
「……あれ? まことちゃん?」

ひらひらとわたしの目の前で手を振り、ハヤトがほんの少し焦りの表情を見せる。

「まこと、ちゃん?」
「あ……。えっと……」

ハヤトの突然のセリフに混乱したわたしは、彼にどう返せば良いのか思考が全く付いて行かず、ただ目を空に泳がせていた。


「あ、あの、ハヤト、それってどういう……意味?」
「うん。だから、まことちゃん! ……ボ、ボクと、結婚してくにゃさい!」
「意義あり」

「えっ……!?」
「……トキヤ!?」

室内にはわたしとハヤト以外居ないものと思っていたのだが、いつの間にかトキヤが起床してきたようだった。わたしたちの居るリビングに通じるドアを開け、いつもの鋭い目線をこちらへ向けている。
突然のトキヤの声に、わたしはハヤトがプロポーズの言葉を噛んでしまった事にすら突っ込む事を忘れ、その場で呆気にとられていた。

僅かな沈黙の中、口火を切ったのはハヤトだった。

「い、意義ありってなんだよトキヤ!」

わたしをトキヤに取られると思い込んでいるハヤトが、まるでその所有権を主張しているように強く抱きついてくる。

「そのままの意味です。私はまことをハヤトに譲るつもりはありません」

トキヤが表情ひとつ崩さずにこちらへ近付いてくると、わたしに抱きつくハヤトの腕の力が僅かに強まったような気がした。

「ゆっ、譲るも何も、まことちゃんは最初からボクのものにゃ! トキヤには一切関係ない事なんだからな!」

いつの間にかわたしの隣にはトキヤが座っており、なぜかわたしは一ノ瀬兄弟に挟まれていた。
至近距離で見るこの双子は相変わらず美しい。肌なんてわたしより綺麗じゃないかと思う程だ。

しかし今はそんな事など考えている暇はない。わたしがこんな事を考えている間も二人の言い合いは続いている。

「まことがハヤトの所有物だなんて証拠がどこにあるのです?」
「う……証拠は……ないけど、でもボクとまことちゃんは愛し合ってるんだから、当然お互いがお互いの所有物って事になるだろ!」
「なりません」
「ト、トキヤの冷酷現実主義者!」

早くもハヤトが泣きそうな顔をしている。弟の詭弁に徹底的に叩きのめされる前に二人を仲裁しなければ。

「ええ、確かに私は現実主義ですがそれがどうかしましたか? 私が現実主義者だからといってまことがハヤトの物と言う証拠になりますか?」
「そ、それは! ……まことちゃーん!」

とうとう口では勝てなくなったのか、ハヤトはわたしにすがり付くように泣き出した。やはりハヤトとトキヤは対極に居るのだと思った。

とりあえずハヤトが落ち着くまで宥め、二人をどうにかほんの少し自分から引き離した。




「……えっと、とりあえずほら、ハヤト鼻水拭いて」
「うん……。ありがとまことちゃん」
「……」

ハヤトの涙と鼻水を綺麗に拭き、二人を見ると、彼らはお互い未だ睨み合いを続けていた。

「でもボクは本気だよ? ボク、まことちゃんと結婚したい!」
「いいえ、私は絶対に許しません。いや、むしろまことと結婚するのは私です」
「なっ! トキヤはまことちゃんと付き合ってすらないんだから、結婚なんてできる訳ないだろー!」
「さぁ。それはどうでしょう。もしかしたらまことは心変わりをして、私と結婚したくなるかもしれません」
「それは絶対ないにゃーっ!」

少し顔を合わせるとすぐにいざこざを起こすこの兄弟は、最早わたしの手に負えないのかもしれない。


「まことちゃん、ボクと結婚したら、毎朝まことちゃんと一緒におはにゃほ体操してあげるよ!」
「えっ……」
「ならばまこと、私と結婚してくだされば、毎晩君の耳元で、My Little Little Girl を歌って差し上げます」
「え、や、そんな……ほんと?」
「まことちゃんっ!? トキヤに心揺らいでる! 揺らいでるよ!」

危うくトキヤの美声に魅了されそうになったわたしは、寸前の所でハヤトに引き戻された。トキヤの歌声は時に魔物のように恐ろしい。

「やだよまことちゃん、トキヤと結婚なんてイヤだからにゃ!」
「ハヤト……」
「そ、そうだ! まことちゃん、ボクと結婚したら、おはにゃほ体操の他にも、毎日お風呂で体洗ってあげる!」
「え、それはちょっと……」
「そうですか。ならば私は毎朝の歌の他に、毎晩まことに腕枕もしてあげましょう」
「や、だからそれもちょっと……」
「な、なら、ボクはおはにゃほ体操と毎日一緒にお風呂の他に、毎日寝るときは後ろからぎゅーってしながら寝てあげる!」
「それでは私は毎朝耳元で歌を歌ってあげますし、毎晩腕枕をしてあげますし、毎晩君を苛め、そしてそれ以上にたっぷりと愛して差し上げます」
「なんだそれ! まことちゃんを愛してあげるのはボクだけだ!」
「それはどうでしょうね」

「ぐぬぬ……トーキーヤー!」
「何ですかハヤト」

ハヤトがこう言えばトキヤがそう反論する。もうこれはわたしを抜きにした意地の張り合いに違いない。もう慣れっこだが、疲れる事にも変わりない。



「まことちゃんは絶対ボクと結婚するんだ! トキヤにも他の誰にもまことちゃんを取られたくない」

トキヤと言い合いをしていたはずのハヤトが突然わたしの手を強く握り、涙で潤んだ目をこちらへ向けた。

「……まことちゃん!!」
「え……」

ハヤトのその剣幕に、周囲の空気が変わったような気がした。

「な、なに? どうしたの、ハヤト……」
「ボ、ボクと」
「……」
「ボクと、……結婚してください!」
「……えっ」
「ボク、絶対まことちゃんを幸せにする! だから……」



「……あれ?」

いつの間にかわたしの指に綺麗なシルバーリングが嵌められていた。ピンクダイヤで象った小さな花のモチーフが、ハヤトの優しさを表しているようだった。

「えへへ、婚約指輪ー!」
「婚約、指輪?」
「うん。だからやっぱりまことちゃんはボクの!」

トキヤがほんの少し悔しそうにわたしの指に嵌められた指輪を見つめていた。

「だからトキヤ、もうまことちゃんに手、出しちゃダメだからな!」
「……くっ」

その日わたしは、初めてトキヤがハヤトに言い負かされたのを見たような気がした。






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