あの日わたしはハヤトを懲らしめるためとはいえ、ひどく質の悪い冗談で彼を傷付けてしまった。
ハヤトと別れる気など全く無いのに別れ話を仄めかしてしまったのは、一ノ瀬兄弟としてしまった事への照れ隠しでもあった。

ハヤトが仕事へ飛び出して行った後、わたしは弁解のため、すぐに彼の携帯電話へ連絡を入れたのだが、その日それが繋がる事は一度も無かった。忙しくて携帯も確認できないのかと思い、念のためメールも送信してはみたのだが、いくら待ってもハヤトから返信が来る事は無かった。

更にその日から数日、わたしは次に出す予定のアルバムの打ち合わせで何かと忙しく、ハヤトの誤解を解く事以前に、彼と連絡を取る事すらできなかった。不運には不運が重なるもので、自分の運の無さを改めて悔いるばかりだった。


わたしはシンガーソングライターをしているが、メディアには一切顔出しをしていない。
そのため、アルバムの制作作業には人一倍時間がかかる。アルバムのジャケットデザイン、それに広告含め告知など、顔出しをしない以上、その方法にもかなり制限がかかってしまう。協力してくれるスタッフ方にもなるべく負担をかけぬようにはしているが、打ち合わせ中はやはり他の事など考えていられぬほど忙しくて仕方なかったのだ。

それから数日が慌ただしく過ぎ、気付けばわたしがほぼ自由の身となったのは、ハヤトとの連絡を断ってニ週間程過ぎた頃だった。

ハヤトからの着信は相変わらずない。おそらく二週間も音沙汰無く放っておいたため、あの温厚なハヤトでさえも、わたしに怒りを覚えているのかもしれない。
そう考えると、彼と会うのはとても怖い事だったが、それでもわたしたちはこのままという訳にはいかない。
わたしは自由の身となったその足で、早速ハヤトの部屋へと向かった。
時刻は既に深夜零時を回っており、改めて考えればこんな時間に訪ねるなど迷惑以外の何者でも無かっただろうが、この時はそういう事にまで思考が回らなかったのだから仕方ない。という事にしておこう。





「まこと? 久しぶりですね」
「う……あ、トキヤくん、どうも……」

ハヤトの部屋を訪ね、インターホンを押すと、部屋から顔を出したのは彼の双子の弟、トキヤだった。
先日わたしは弾みとはいえ、この一ノ瀬兄弟二人と同時に関係を持ってしまった。正確にいえばトキヤとはギリギリ性交ではないものの、お互いの裸を見せ合った後の鉢合わせは非常に気まずいものがある。

「どうしたのですか。早く中へどうぞ?」
「え……、あ、ありがとう、ございます」

しかし気まずい思いをしていたのはどうやらわたしだけだったようで、先日あんな事があったにも関わらず、相変わらずトキヤは冷静な対応を見せていた。なんだか少し悔しい。
複雑な表情のまま彼に促され、わたしは部屋の中へと足を踏み入れた。



「さ、温かいお茶をどうぞ」
「あ、りが、とう」

リビングのソファへ向かい合って座り、わたしは出されたお茶を一口啜った。
やはりなかなかトキヤの顔を直視できないが、なるべくそれを気取られないよう虚勢を張った。

リビングから見える開け放されたハヤトの部屋は真っ暗で、本人が不在の旨を無言で告げる。来客の応対をトキヤがしていた事からも分かるように、ハヤトはやはり不在のようだった。

「あの、トキヤくん、ハヤトは……」
「ハヤトなら居ませんよ」
「そっか。やっぱりまだ仕事なんだ……。いつ帰って来るか分かる?」
「まこと、ハヤトから聞いていないのですか?」
「え……?」

何の気ない会話のはずなのに、目の前のトキヤが驚いたように目を見開く。それに釣られるように、わたしも彼の前で固まった。早くハヤトに会いたいのに、それが叶わないような、そんな嫌な予感がする。

「……えっと、知らないって、何が?」
「ですから、ハヤトは二週間ほど前から国外ロケへ行っています」
「え、ええっ!? こっ、国外っ!?」
「ええ。まことは知らされていなかったのですか? ひと月ばかりあちらへ滞在すると言っていたのに……」
「ひ、ひと月!? うそ……! ね、ねぇトキヤくん、どうにかハヤトに連絡取れないかな!?」

後悔先に立たずとはまさにこの事だった。
トキヤが言うには、ハヤトのロケ先は衛星電話も使用できぬ程の僻地らしく、そう簡単に連絡など取れないらしい。
ハヤトが海外へ発つその日、彼はずいぶんわたしの事を気にしていたらしいが、事情を知らなかったトキヤに彼へのフォローを期待する事もできず、わたしは仕方なく無言のまま肩を落とした。
あの時のハヤトの寂しそうな顔が脳裏に浮かんだ。


「どうしました? そんなに青い顔をして。ハヤトに火急の用でもあるのですか?」
「……」
「そうですか……。ならば仕方ありませんね」

頭の中が混乱し、考えることすらままならない状況の中、トキヤがわたしの隣へ座り直し、いつの間にか肩に手を回していた。わたしの肩に乗ったトキヤの手付きは少々イヤラシかったが、それはあえて言及しない事にする。

「私で良かったら相談に乗りますよ?」
「い、いや、それは大丈夫……」
「そうですか? もしかしたらまことの態度次第で、ハヤトと連絡が取れるかもしれないのに?」
「えっ!?」

反射的にトキヤを見上げると、わたしの反応を見越していたのか、彼は妖しく口の端を上げて笑っている。

「あの、悪いけどもう一回……」
「そうですね……。まことが私の初めてを貰ってくれるなら、ハヤトへの連絡を考えてあげても良いですよ」
「なっ!? だってさっきトキヤくん、衛星電話も使えない所だって……!」
「ああ、だからそれはまことの態度次第ですよ」

トキヤの言っている事は支離滅裂でよく分からない。というか、初めてを貰ってほしいとか、それではまるで女の子のようで少々おかしい。

トキヤがわたしの頬に手をあて、こちらへ顔を近付ける。
彼の整った精悍な顔立ちは、息を飲むほど美しい。ハヤトと双子ではあるものの、やはりどこか違う印象を受けた。

「……ん」
「ちょ、ちょっと待ってトキヤく……!」

「まことちゃんっ!?」

不意に名を呼ばれ、わたしは驚きのあまりソファの上でほんの少し飛び上がってしまった。
目の前のトキヤと良く似た声質だけれど、そこにはどこか可愛い甘ったるさがある。



「……ハヤト」

トキヤが国外へ行ったと言っていたはずのハヤトが、リビングの入り口で立ち尽くしながらこちらを力一杯睨み付けていた。
今にも泣き出しそうな彼の表情は、これからの事態をなんとなく物語っているようだった。






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