「ねぇねぇ、かおるちゃんは何してる人?」

昨日強制的に約束させられた、彼らを呼び捨てで呼ぶという約束は、今朝彼らに懇願し、何とか反故にしてもらった。やはりわたしには人気絶頂のアイドルでもある彼らを呼び捨てになどできはしないのだ。それを今朝神妙な顔付きのまま彼らへ直接伝えると、音也くんもトキヤくんも、仕方ないと言いながらそれを許してくれたのだった。

そして朝食を終え、自分の部屋でキーボードを用意したわたしに、不意に音也くんが真顔でそう訊ねた。
そういえば昨日わたしは自分の事を話さなかっただろうかと思い返す。だが、昨日はあまりにも衝撃的な事が多すぎて、鮮明には思い出す事ができなかった。

「ええと……わたし、音也くんとトキヤくんに言ってませんでしたっけ……?」

わたしのベッドに座り、その柔らかさに感激しつつ、音也くんがコクリと頷く。
よくよく考えれば、わたしが有名な彼らの事を知っているのは当然だが、無名なわたしの事を彼らが知らないのも当たり前なのだ。こちらが知っているのだから、あちらもわたしを知っているだなんて事はありえないのだから、昨日わたしはしっかりと彼らに自己紹介すべきだったのだ。

「ごめんなさい。わたしは藤崎かおるといって、一応シンガーソングライターをしています。これからよろしくお願いします」

改めてそう自己紹介をして音也くんにぺこりと頭を下げると、彼はすぐに笑顔になり、元気良くベッドから飛び降りた。

「うん! 俺は一十木音也、こちらこそ改めてよろしくね!」

元気良くそう挨拶する音也くんと握手を交わすと、なんだかくすぐったいような嬉しいような、よく分からない感情が胸の内に湧いてきて、気が付くと彼に釣られるようにわたしもまた自然と笑顔になっていた。




「……あれ?」

ふとわたしの頭の中に妙な感覚が蘇る。

「……昨日、トキヤくんはわたしがシンガーソングライターをしていること、知っていたような……」
「トキヤが?」

昨日の事を必死に頭の中で思い返してみれば、確かにトキヤくんはあの時、シンガーソングライターを続けたくば社長には逆らわない方が良いとわたしに忠告してくれたような気がする。



その時、不意にドアがノックされ、トキヤくんが顔を覗かせた。噂をすればなんとやらだ。

「失礼します。かおる、私はこれから紅茶の買い出しに行ってきますが、何かついでに欲しいものはありませんか? ……かおる、どうしました?」

無駄のない動作でドアを開け、部屋へ入って来たトキヤくんがわたしたちの様子を見て眉を顰めた。
何か言わなければとも思ったが、その前に音也くんが彼の前に飛び出し、代わりにわたしの疑問を口にした。

「ねぇねぇトキヤ、トキヤってかおるちゃんがシンガーソングライターやってたの知ってた?」
「なんですか、藪から棒に」
「いいからいいから、とにかく知ってた?」

音也くんの猛攻により、さすがのトキヤくんもそのポーカーフェイスを崩し、僅かにたじろぐ。しかしトキヤくんはすぐに表情を戻し、咳払いをひとつしてその動揺を誤魔化した。そして姿勢を正し、音也くんとわたしを交互に一瞥すると、観念したかのように口を開く。

「ええ、知ってましたよ。それがどうかしたんですか」
「やっぱり!」

音也くんはなぜか頬を紅潮させ、妙に興奮していた。かくいうわたしも、意外すぎるトキヤくんの返答に動揺を隠せず、身体中の血液が逆流しているのではないかという妙な感覚に陥っていた。

「なんで? トキヤはなんでかおるちゃんがシンガーソングライターやってるの知ってたの? 俺たち昨日は何も聞かされてなかったよね? ね?」
「……うるさいですね。そんな事、音也に言う必要ないでしょう」
「えーっ、だって知りたいじゃん! ねぇ教えてよトキヤ!」
「……」

まるで小動物のようにまとわり付く音也くんのせいか、トキヤくんの額にはみるみるうちに青筋が立っていく。音也くんはそれに全く気付いていないようで、これはわたしが助け船を出さないと確実にトキヤくんが爆発すると思った。

「あ、あああ、あの! わたしも気になります……なんでわたしの事なんか……?」
「……」

トキヤくんの表情が一瞬緩み、そしてだんだんと呆れたものへと変わっていく。もしかしたらわたしは空気の読めない事を言ってしまったのだろうか。

しばらく沈黙が流れ、その後ため息混じりにとうとうトキヤくんが切り出した。

「そうですね。隠すほどの事でもありませんし。……まぁ、端的に言えば、私は彼女の出している既存のアルバムやシングルを全て所持しているので、紹介されずともかおるを知っていたのです。ただそれだけですよ」
「え……」
「かおるちゃんのアルバムやシングル持ってるって……てことはトキヤ、もしかしてかおるちゃんのファン!?」
「……そんなミーハーな言葉で私をその辺のファンと十把一絡げにしないでください。私はかおるの音楽に惹かれ、その結果、かおるに惹かれたのです。純粋にかおるとかおるの音楽が好きなだけです」

「……」
「……」

何だかものすごく大それた事を堂々と言われたような気がするのだが、それがあまりにも自然すぎて、わたしはすぐに驚く事すらできなかった。しかし時間が経つにつれ、その驚きはどんどんわたしの身体中に染み込んでくる。

「ト、トキヤッ! それって告白……」
「違います。私はかおると恋人同士になりたいとか、そんな大それた事は考えていません」
「……」

それはトキヤくんにとってそんなに大それた事なのだろうか。それはむしろ逆の立場だったらの話で、トキヤくんにとっては決して大それた話ではないような気がする。

「私は遠くからかおるを見ているだけで満足なのです」
「え? ……それってサラッとストーカー宣言?」
「音也、いい加減執事らしくかおるの世話でもしたらどうです? ほら」

トキヤくんはそれ以上音也くんの質問に答えるつもりは無いようで、そう話を切り上げるとわたしが用意しかけていたキーボードをテキパキと組み立ててしまった。

「あー……ごめん。俺って全然気の付かない性格でさ」

音也くんが苦笑しながらキーボードの椅子を用意する。そしてとても人懐こそうな顔でわたしに手招きをした。

「はい、どうぞ、かおるちゃん」
「あ……ありがとう、音也くん。トキヤくんもありがとう」
「どーいたしまして!」
「私は当然の事をしたまでです」

五線譜に書きかけのメロディラインを確かめるように奏でると、自然とその続きが思い浮かぶような気がした。

頭の片隅に先ほどのトキヤくんの言葉が過り、僅かに音がずれてしまったが、そこは何とか気力でカバーする。

「ねぇかおるちゃん、俺、ここでかおるちゃんの曲聴いててもいい?」
「では私も少し、聴かせていただきます」

暖かい春の日差しの中、わたしはのんびりとした柔らかな曲を、気の済むまで奏で続けたのだった。




つづく

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