わたしたちが特訓をするための部屋に着くと、そこには既に各々に必要な物が全て運び込まれていた。
その広い室内は本物のお屋敷そっくりに造られており、今まで見た事も無い豪奢な家具がそこかしこへ置かれていた。その中でも一際わたしの目を引いたのが天井から降りる大きなシャンデリアで、それはまるで大きな星のようだった。



一ノ瀬さんと一十木さんが先に進み、中央に設えられたソファに座る。わたしも二人に倣い、すぐに彼らの隣のソファへ腰を下ろした。

「うわ、このソファふっかふか! トキヤ、かおるちゃん、すごくない!?」
「え? あ、ほんとだ……柔らかい」

一十木さんがソファの上で軽く跳び跳ね、その柔らかな中に体を沈める。その様子があまりにも気持ち良さそうで、わたしも思わず真似すると、すぐに隣から大きなため息が聞こえた。
わたしと一十木さんが揃ってそちらを見ると、そこには呆れたようにこめかみを押さえる一ノ瀬さんの姿があった。もしかしなくとも、わたしたちは一ノ瀬さんを相当呆れさせてしまったようだ。


「あ、あの、なんだかすみません……」

すぐに姿勢を正し一ノ瀬さんに頭を下げる。しかし一ノ瀬さんは心底呆れているようで、わたしを見てすらくれなかった。一体どうすれば良いのかと考え倦ねていると、その様子を見た一十木さんがわたしの隣に移動し、突然わたしの肩を強く抱いた。

「い、一十木さん……あの」
「だーいじょうぶ! トキヤは怒ってないから! むしろ本当はトキヤも俺たちみたいにふかふか〜ってしたいんだよ! ねー、トキヤ!」
「……音也、私はかおるさんではなく、あなたに呆れているんです」
「えっ……俺!? てゆーか俺だけ!?」
「……これだから無自覚は」

一ノ瀬さんはぶつぶつと文句を言いながらソファから立ち上がり、わたしから一十木さんを引き剥がした。




「とにかく今後についての話を始めましょう。私も執事など初体験なので何とも言えませんが、とりあえず寮内のコンビニでこれを買ってきました」

わたしたちが再び元の席に着くと、一ノ瀬さんが一冊の本をテーブルの上に置いた。
表紙に大きく『月刊MOE執事』と書かれたその本は、どうやら執事の専門誌らしく、黒服を着た男性のイラストが格好良くポーズを取りながらその表紙の中に収まっていた。

「音也、これを読んであなたもしっかり勉強しておいてください」
「りょうかーい」

一十木さんがその本を手に取り、ぱらぱらと中を捲った。わたしはなんとなくその本の内容が気になり、遠目でその本を覗き見る。するとそこには、ご主人様の調教法などという妙な記事や、いかがわしい格好をした女の子のイラストなどが掲載されており、わたしは思わず眉を顰め何度も瞬きをしてしまった。
いくら一ノ瀬さんが買ってきた物でも、ひょっとしたらその本には偏った知識しか書かれていないのではないかと口にしようとしたその時、不意に一ノ瀬さんが立ち上がり、わたしの隣へ座った。それを見た一十木さんもにこにこしながらわたしの隣へ座る。おそらくわたしの座っているこのソファは二人掛けなので、それに三人が座るのは少し難しい。というか、肩や膝が彼らのそれに触れ、なんだかとても恥ずかしくなってきているのだが、これは一体どんな状況だろうか。


「あ、あの。な、何ですか、一ノ瀬さん、一十木さん……」
「かおるさん、私と音也の呼び方の事ですが、少しよそよそしいと思いませんか」
「え? ……っていうか顔が近いです一ノ瀬さん!」
「そうだよトキヤ! かおるちゃんに顔近付け過ぎー!」
「えっ!? そ、そういう一十木さんも近いですよ! っていうか抱きつかないでください!」

一ノ瀬さんの綺麗な顔が至近距離まで近付いて来たため、わたしは思い切り後ろに体を仰け反らせたのだが、そこにはすでに一十木さんが待機しており、わたしはまるで抱き枕の如く後ろから彼に抱きしめられたのだった。見た目とは裏腹に一十木さんの腕の力はとても強く、わたしが彼の腕の中でどんなにジタバタしても全くびくともしなかった。

「だいたい一十木さんだなんて俺、今まで呼ばれた事ないし、だからかおるちゃんも音也、って呼び捨ててくれればいいからね!」
「私の事も、トキヤとお呼びください。仮とはいえ、君は一応私の主人となる方なのですから」
「よ、呼び捨て!? そ、それはいきなりハードル高すぎませんか!」
「高くとも実行してください。でないと、執事の権限で君にお仕置きを課さねばなりません」
「ちょっ……お仕置きって、一ノ瀬さんって実はちょっと怖い感じの人……?」

真剣な目付きで恐ろしい事を淡々と言い放つ一ノ瀬さんに思わず背筋が凍り付く。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに一十木さんが笑顔でこの場の雰囲気を和ませてくれた。

「だいじょーぶだって! トキヤはこう見えて可愛いとこもあるんだよ? この前なんかピンクのウサギ柄のパンツはいてたし!」
「……ぷっ」
「……」

一十木さんによるまさかのカミングアウトに、わたしは思わず一ノ瀬さんの可愛い下着姿を頭に思い浮かべ、噴き出してしまった。

だがしかし、わたしはすぐにもそれを後悔する事になるのだった。



「……それではかおる、明日から私が君の下着選びから添い寝まで、しっかり面倒を見てあげますので、楽しみにしていてくださいね」
「……」

いつの間にかわたしはごく自然に一ノ瀬さんから呼び捨てられていた。

目の前で恐ろしく怖い笑顔を貼り付けながら、一ノ瀬さんがわたしの肩をがしっと掴む。わたしの後ろで一十木さんが、俺もかおるちゃんの下着を選ぶとかなんとか騒いでいたが、それはあっけなく無視された。

わたしはもしや一ノ瀬さんの変なスイッチを入れてしまったのだろうか。彼の凍り付くような美しい笑顔を見て、これはもう逃れられないと思った。

「とりあえずこれからかおるは、私と音也を名字で呼ぶのは禁止です。無理だとおっしゃるのなら、私が個人レッスンをして差し上げますが、どうしますか?」
「だ、大丈夫です、できます! お、音也くんにトキヤくんですね!」

目の前で口の端を上げ、妖艶に笑う一ノ瀬さんに、わたしにはもう口答えなどする気力もない。

よくよく考えれば、仮にとはいえこれから彼らの主になるはずのわたしが彼に屈伏させられているなんて、妙に釈然としないが、ここは自己防衛のため、仕方のないように思う。


しかしわたしが彼らを名前で呼んでも、一ノ瀬さんの表情は依然として変わらず、更にはわたしの頭を軽くノックするように小突き、耳元に口を寄せてきた。

「かおる、君の頭にはちゃんと脳が詰まっていますか? 私はかおるに、トキヤ、と呼ぶよう言ったはずです」
「あー、俺も! 俺も音也でいいからさ!」

一十木さんに後ろから羽交い締めにされ、一ノ瀬さんには頬を撫でられながらそう注意される。すでにわたしの顔は火が出そうなくらい熱く、思考も停止しそうだった。
おそらくこれ以上ここに居たらわたしの心臓がもたない。そう判断したわたしは、とうとう心の中で強く覚悟を決めたのだった。

「わわわ分かりました! トキヤに音也ですね! ちゃんと呼びますから離れてください!」

力一杯そう叫ぶと、わたしは慌ててソファから飛び退いた。二人にこれ以上密着されたらわたしは絶対に気を失ってしまうだろう。すでに体温はどんどん上昇してきており、頭の中もパンクしそうだ。
彼らから離れると、音也の方はとても残念そうな顔をしていたものの、トキヤの方はまるでわたしをからかうかのように楽しそうに笑っていた。



「それでは私はこちらの部屋で待機してますから、何かあれば遠慮なく言ってくださいね」
「俺はこっちにいるから、暇な時にでも顔出してね!」

二人はようやくソファから腰を上げ、それぞれの部屋へと戻って行った。



一人になったリビングに立ち尽くし、わたしはようやく緊張の糸が解れ、その場にへなへなとくずおれた。

成り行きとはいえST☆RISHの一ノ瀬トキヤと一十木音也がわたしの執事になるなんて、わたしの心臓は無事三ヶ月もってくれるだろうか。

その後わたしはリビングで一人、落ち着きを取り戻すべく大きく深呼吸をしたのだった。




つづく

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