それはわたしがリビングで次に出すアルバムの構想を練っていた時に起こった事だった。

「かおる〜! いつもみたいにおっぱいで俺を慰めてくれないと、俺、もう立ち直れないかも……」

一体なんて事を言うのだとすぐに言い返すべきなのだろうが、その時のわたしには、この音也くんの発言に、どこからどう訂正したら良いものか、それすらも全く見当がつかなかった。


「お、おっぱいで慰め……っ!? おおおおお音也、それにかおる! 今のは一体どういう事ですか! 君と音也はいつの間に胸を使って慰め合うような、そういう淫らな関係になったのですか!?」

案の定トキヤくんが過剰に反応し、いつものクールな眼差しなど跡形も無いくらいに取り乱した形相でわたしの隣へドサッと座る。それと同時に反対隣に座った音也くんがわたしに強く抱きついた。
相変わらずこのソファは二人掛けなため、わたしは現在、彼らに挟まれ、やや窮屈な思いを強いられている。


「音也くん、な、何かあったんですか?」

とにかく尋常ではない彼の様子に、わたしは音也くんの目を見つめながら問いかけてみた。すると音也くんは今にも泣き出しそうな表情で私を見返し、喉の奥を鳴らすように声を上げた。その様子から彼の切羽詰まった様子がひしひしと伝わってくる。

「……かおる、俺、今日の抜き打ちテストで林檎ちゃんに怒られた……」
「え……? 抜き打ち、テスト?」
「……ああ、音也はさっきからその事で落ち込んでいたのですか。そんなこと、あなたの自業自得でしょう。いいからかおるから離れなさい」
「やだやだやだよ〜! かおるにおっぱいで慰めてもらうんだー!」
「あ、あの……、慰めるかはともかくですね……。抜き打ちテストってどういう事ですか?」

抜き打ちテストという何とも懐かしい響きに首を傾げ、それとなく音也くんに事情を尋ねてみる。しかし、気持ちが昂っているせいか、音也くんはなかなか詳しい事情をわたしに話してはくれなかった。
結局困ったわたしを見兼ねたトキヤくんが、後ろから抜き打ちテストの説明をしてくれたのだった。




トキヤくんの説明によると、それは今朝わたしが諸用でレコード会社へ出かけた後、突然やって来たのだそうだ。

既にわたしも失念しかけていた事だったが、彼らは今、次のドラマに向けて執事修行の真っ最中だった。
トキヤくんも音也くんも毎日ごく自然にわたしの給仕をしてくれたり、真似事程度だが勉強だって教えてくれる。彼らは事務所の意向通り毎日それらをこなす事で、日に日に執事としての知識を身につけている、はずだった。

そんな彼らの実力を確かめるべく、今朝やって来たのが月宮先生だった。抜き打ちで訪れた彼女(?)は、音也くんとトキヤくんの今までの成果をチェックすべく、一通り執事テストを行なっていったらしい。
トキヤくんは元々努力家で器用な所があるから何の問題も無かったようだが、そうでない音也くんはあまり良い成果が出せなかったらしい。テストという言葉に拒否反応があるのか、緊張しすぎた結果なのか、はたまた実力不足か。それはわたしたちには分からない事だが、とにかく音也くんのテスト結果は惨憺たるものだったのだそうだ。

テストが終わり、音也くんは月宮先生に、もう少し本気で努力しないと、ダブル主演を揃って他のアイドルに変えざるを得なくなると注意されてしまったようだ。



「……そうなんですか。それで音也くん、落ち込んでたんですね」

わたしの上にのし掛かる音也くんの表情を覗き込むと、確かに彼はまだ少し落ち込んでいるようだった。
うっかり同情してしまいそうな程、彼の目はしょんぼりとしている。しかし、音也くんの場合、それにうっかり同情してしまうと後々厄介な事になりそうで、わたしはなかなか素直に彼の気持ちを汲んであげる事ができなかった。

「……かおる、俺、かおるのおっぱいで慰めてもらえば、また明日から頑張れそうな気がする」
「えっ……」

わたしの予想通り、彼はまるでおねだりでもするかのようにさらっとヤラシイ事を言い、こちらを見上げた。男の子なのにその可愛らしい表情は、ファンだったら間違いなく卒倒してしまうレベルに達している。
この時わたしは心の中で、やはり彼に安易に同情しなくて良かったと思った。




「音也、自分の不出来を棚に上げてかおるに慰めて貰おうだなんてちょっと図々しいのではないですか? そもそもそれではテストで良い成績を残した私はかおるに慰めてもらう事もできず、ただ損をしているだけじゃないですか。……これでは自分の優秀過ぎる才能を恨んでしまいそうです」
「うわぁトキヤ! その才能少し俺に分けてよ〜!」
「分けません」
「う……やっぱりかおるに慰めてもらわなきゃ、俺、復活できない〜!」

トキヤくんにバッサリと切り捨てられた音也くんは、思い切り顔を歪め、その顔をそのままわたしの胸に押し付けた。

「え、や、音也くん、な、なんで!? どこに顔を押し付けてるんですかっ……!」

現在のこの状況を理解するまでに、わたしは数秒を要した。音也くんの顔がわたしの胸に強く押し当てられ、それに気付いたわたしはみるみると顔が熱くなる。


「ん〜、やっぱりかおるのおっぱい気持ちいい〜」
「お、音也! 何を勝手にかおるの胸にイヤラシイ顔を押し付けているのですか! 離れなさい、今すぐ!」
「かおる〜、もちょっとおっぱい俺の顔に寄せて〜?」
「あ、あああああ、や、ちょっ……!」
「抜け駆けですよ音也! ちょっと私と代わりなさい!」
「だーめ! 今は俺がかおるのおっぱいに癒され中〜」

後ろからはトキヤくんに羽交い締めにされ、前からは音也くんに抱きつかれ胸に顔を押し付けられている。わたしは完全に逃げ場を失っていた。


「……もう一分もそうしているじゃないですか! いい加減にしないと私も後ろから直接かおるの胸を揉みますよ! 早く代わってください!」
「ん〜、もうちょっとー……」
「ちょ、ちょっと二人とも……!」

前後からわたしを挟み、勝手な事を言い合う二人に、わたしは数秒後とうとう我慢の限界を迎える事になる。

「い……、いい加減にしてください〜!」







「かおるって、怒った顔も可愛いよね」
「そうですね。確かに今のかおるの表情は、私の加虐心を煽るものでした」
「……」
「ね、たまには俺の事、叱ってくれる?」
「私は口答えは許しませんので、かおるには後程存分にお仕置きを受けてもらいます」
「う……もういいです」

いくら注意しても、わたしの言い分は彼らによって曲解されてしまう事に今更ながらようやく気付く。
わたしは満足そうに微笑む彼らの間で、力なく肩を落とすのだった。



翌日から音也くんは、いつも以上に執事の仕事をこなそうと努力していた。もしかしたらわたしでも少しは彼の力になれたのかもしれないと思うと、昨日の出来事も決して無駄ではなかったのだと思えるようになった。

というか、思うことにした。






1/1
←|→

≪戻る
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -