「お前たちの執事としての観念は間違っている」

聖川さんのその一言は、ひどくわたしにはまともに聞こえたのだった。

彼の言いたい事は、わたしにはじゅうぶん過ぎる程分かっていた。なぜならそれは、わたしが常日頃から疑問に思っていた事に他ならなかったからで、改めて他人の口からそう言われると、わたしのその疑問は間違っていなかったのだなと確信する事ができた。



「どういう事ですか。音也はともかく、私はかおるの執事としてじゅうぶんやっているつもりです」
「そりゃないよトキヤ〜。これでも俺だってかおるの執事を頑張ってるつもりだよ?」

聖川さんのその一言に、案の定トキヤくんと音也くんが反論した。わたしとしては聖川さんの言い分を全面的に支持したい所だが、わたしが余計な嘴を挟むと面倒な事になりかねないので、敢えて口を噤み様子を伺う。
わたしの両隣の二人はずいぶんのんきそうに表情を緩めていたが、目の前の聖川さんは厳しい表情を全く崩してはいなかった。それどころか二人に反駁されても怯む事なく自分の意見を貫こうとしている。

「ならば聞くが、なぜお前たちは無理矢理二人掛けソファへ座り、かおるを両側から押し潰しているのだ」





わたしたちのいつものこの状況は、聖川さんがこの部屋にやって来たその時から始まっていた。

聖川さんがこの部屋を訪れたのは、同じST☆RISHのメンバーでもあるトキヤくんと音也くんの様子を心配しての事だった。
本日昼過ぎ、手土産を持って現れた聖川さんをリビングへ通し、初対面のわたしは彼と挨拶を交わした。

聖川さんの事は雑誌やテレビで良く目にしてはいたが、実際会ってみるとそれらから受ける印象とは僅かに違うものを感じた。ST☆RISHの中でも一際美しい彼は、その切り揃えられた髪の毛と切れ長の目元から冷たい印象を持たれがちだが、彼が微笑むとその印象は一変する。丁寧に自分の名を名乗り、聖川さんがよろしくと言って微笑むと、この場の雰囲気が和らいだような気がした。
思わず聖川さんに見惚れていたわたしをトキヤくんと音也くんが促し、定位置のソファへ連れて行く。そしてわたしは聖川さんと向かい合うようにソファへ腰を下ろした。

ここまでは良かった。

良かったのだが、その後お茶を運んできたトキヤくんと音也くんまでもがいつも通りにわたしの両隣へ腰を下ろしたものだから、それを見た聖川さんはずいぶん驚いたように目を見開いていた。
確かにこんな事は今までも何度かあった。というより日常茶飯事に近かったかもしれないが、それは聖川さんの目の前ですべき事ではないような気がしたし、まさかするとは思わなかったのでわたしもずいぶん驚いた。
二人がわたしの両隣に座り、ぎゅうぎゅう詰めになったソファを見た聖川さんの顔は、案の定どんどんと歪んでいったのだった。

その時から聖川さんは胸の内に何かを溜め込んでいたのかもしれない。





「別に私たちはかおるを押し潰している訳ではありません。執事として、かおるを守っているのです」

トキヤくんは聖川さんに答えるように、堂々とそう言い放った。
今まで全く理解できなかったが、彼らがいつも無理矢理わたしの両隣に座るのは、わたしを守るための行為だったのか。
と納得できる程、わたしの心は純真ではない。
そんなわたしと聖川さんの訝しむ視線に気付いたのか、トキヤくんはすぐに自己弁護を始めた。

「よ、良く考えてもみてください。もしもその窓の外にスナイパーが居て、かおるを狙っていたとしたらどうです? その時かおると離れていては、私はかおるを守り切る事ができないじゃありませんか」
「……」
「そうだよねぇ。俺も咄嗟の出来事に対応するには、四六時中かおるにぴったりくっついていた方がいいと思うんだ」

わたしは思わず言葉を失った。言うに事欠いてスナイパーだなどと、例え話だとしても一体誰が信じるというのか。トキヤくんの思考は相変わらずよく分からない。

わたしは頭を抱え、ため息を吐いた。きっと目の前の聖川さんもわたしと同じ気持ちだろう。そう思ったその時だった。


「……なるほど。一理あるな」
「え……」

思わず空耳ではないかと聖川さんを見る。しかしその一言は空耳などではなく、明らかに聖川さんから発されたものだった。

「あ、あの、聖川さん、スナイパーなんてわたしたちの周りには居ませんよ?」

おずおずと聖川さんにそう言うと、彼は真面目な表情を崩す事なくわたしの方へ身を乗り出した。

「世の中に絶対という事はない。注意するに越した事はないのだ。一ノ瀬や一十木がそういう覚悟なら、俺も協力しようと思う」
「えっ……」




そしてなぜこんな事態になったのか。

「マサ、一番最後に来て一番いいとこ持ってくなんてずるくない?」
「いや、外部からの狙撃を考えると、俺がここに座るのが一番良い」
「だからといってかおるを真斗の膝の上に座らせるだなんて、私は納得できません。というか、二人掛けソファに男三人はさすがにきつすぎます」
「ならば一ノ瀬はどうするのが一番良いというのだ」
「もちろん、私がかおるを膝に乗せれば解決します」
「えーっ!? そんなのずるいじゃん! 俺だってかおるを膝に乗せてぎゅーってしたいのに〜!」
「お前たちはそういう不埒な事しか考えられんのか! それを聞いたからには尚更かおるをお前たちへ渡す訳にはいかんな」
「真斗、そもそもあなたはこの生活とは無関係の人間なのですから、さっさとかおるを私へ寄越し、お帰りください」
「マサ、帰るんならかおるは俺に寄越してよね!」
「断る!」

わたしの左右後ろから彼らがおかしな事を言い始めている。
こんな事態になったのは、おそらくこの中に誰一人としてツッコミ気質の者が居なかったからだ。
聖川さんならトキヤくんと音也くんのおかしな言動に疑問を持ってくれると思ったのに、見当違いも良いところである。


「あ、あの、わたしの意思も聞いてくださ……」
「全て言わずとも分かっていますよかおる。かおるは私の膝の上が一番安心できるんですよね?」

わたしが意を決して絞り出した声も、トキヤくんによってすぐに遮断される。本当にもどかしい。

「違うよトキヤ! かおるは俺と抱き合ってぎゅーってしてちゅーとかしたいんだよ!」
「馬鹿者! お前たちはもう少しかおるの意思を尊重できぬのか!」
「ひ、聖川さん……!」
「分かっている。かおるもこのままが良かろう?」
「……」

聖川さんの美しい笑顔がわたしに近付く。今までなるべく考えないようにしていたが、わたしは今、聖川さんの膝の上に乗っている。時折鼻を掠める香の薫りがわたしの顔を熱くする。間近で見る彼の顔は恐ろしい程整っていて、わたしの顔の熱は更に上昇していくのだった。

「真斗、勝手に決めないでください! かおるは私の膝の上が良いに決まっています! ……かおる、今真斗を見て顔を赤くしましたね? 悪いご主人様です……後でお仕置きですよ?」
「ひっ!」

恐ろしい程綺麗に微笑むトキヤくんがわたしの肩に手をかけ、引っ張る。思わずバランスを崩そうとした所を、今度は音也くんが逆方向から引っ張り、それを止めた。

「違うよ! かおるは俺の上にまたがるのが良いんだよ! やっぱりヤるんなら対面座位がいいな〜! 色々見れるし!」
「音也! あなたの卑猥な想像でかおるを汚すなと何度言えば分かるのです!?」
「想像じゃないよ? 今から現実になるんだよ?」
「なりません!」

「一ノ瀬……一十木……! 貴様ら、なんて破廉恥な!」

二人の言い合いを聞いて頬をわずかに紅潮させた聖川さんは彼らをそう一喝し、わたしを姫抱きしたまま立ち上がった。

「なっ、何をしているのですか真斗! かおるの一番の理解者でもある私でさえ、彼女を抱き上げた事などないと言うのに!」
「そうだよマサ! かおるを離してよ!」
「断る。かおるをお前たち野獣の中に放っておくなど、俺にはできん! お前たちがもっと禁欲的になるまで、かおるは俺が預る」
「ええっ!?」
「え……?」

聖川さんのその提案に、誰よりも先に声を上げたのは、意外にもわたしだったようだ。その声に聖川さんが呆然とし、そしてトキヤくんと音也くんも驚きの表情を見せている。


「……かおる?」

トキヤくんが眉を顰めながらこちらを伺うように見つめた。わたしは彼らを順番に見つめ、そして俯く。

「どうしたのだ、かおる。俺がお前を預かる事に、何か不都合でもあるか?」

聖川さんが不思議そうにわたしを見下ろした。
わたしは彼から目を逸らし、ゆっくりと口を開く。

「あ、あの。聖川さんの気遣いは本当に嬉しいのですが……。た、確かに、トキヤくんと音也くんは時々困った人になるかもしれません。でも、わたし、この生活が嫌だなんて思った事はないんです」
「……」
「……」
「……」

三人が黙ったまま支離滅裂なわたしの言葉に耳を傾けている。

「トキヤくんも音也くんもとても優しくて、実はわたし、以前より毎日が楽しいんです……」

わたしは初めて彼らの前で自分の感情を吐露したような気がする。こんなに素直に彼らと向き合うのは少し恥ずかしいが、わたしはこの感謝の気持ちをいつかは伝えなければと思っていたので、無理矢理丁度良いと思う事にした。それにしても顔が熱い。

聖川さんがわたしをゆっくりとソファへ下ろす。

「……そうか。端から見るとそうでもなかったが、あれでいてお前たちは案外しっかりとバランスが取れていたのだな」

聖川さんはそう言うと、とても柔らかい笑顔でわたしを見下ろした。
ふと両隣を見ると、いつの間にかトキヤくんも音也くんもとても嬉しそうに笑っていた。




「それではみんなで、真斗が買ってきたケーキでも食べましょうか」
「何を言っている。それは俺が今朝作ったケーキだ」
「どっちでもいーよ! 俺、お茶用意してくる!」

トキヤくんがケーキの箱を開けると、音也くんが急いでキッチンへと走って行った。

やはり聖川さんの言う通り、わたしたちはこれで案外バランスが取れているのかもしれない。わたしは今日初めてそう思ったのだった。




つづく

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