※HAYATO≠トキヤ
ハヤトはトキヤの双子の兄という設定です。



「ももちゃん、ボクが死んでも、悲しまないでにゃぁ」
「……え?」

夕方、何の連絡も無くわたしの部屋へやって来たハヤトは、唐突によく分からない事を言い出し、わたしを呆然とさせた。


二人掛けソファに並んで座り、今にも泣き出しそうな彼を何とか宥め、わたしはその理由を問い質す。するとその瞬間ハヤトはわたしの胸にぎゅうぎゅうと顔を埋め、頻りに寂しい寂しいと口にした。わたしには何が寂しいのかよく分からないが、とりあえず今は彼の気が済むまでそっとしておく方が良いと判断し、強く抱きついてくるハヤトの髪の毛を優しく撫でた。

しばらくハヤトはわたしの胸に顔を埋めていたけれど、その後ようやく気が済んだのか、その泣き出しそうな顔を上げ、ポツリポツリと説明を始めた。





「HAYATO探険隊?」
「……うん」

ハヤトがあんな事を言い出した要因はその探険隊だった。
それはつい先日決まったばかりの企画で、来週から一ヶ月程ハヤトが先導し、ジャングルの奥地を調査するドキュメンタリー番組のロケらしい。ハヤト扮する隊長が隊員を引き連れて奥地へと進み、未知の生物を探し出す……のは良いのだが、そのロケ地でもあるジャングルは未だに全容が明らかになっておらず、そのため、今回はその解明も含めたロケになるのだという。
ジャングルと一言で言ってしまえばそれまでだが、そういうほぼ未開の地には決まって野生の動物や危険な虫などがそこかしこに蔓延っている。例えば全長数メートルにも及ぶ巨大ワニにでも襲われれば、何の護身術も身に付けていないハヤトには確実に人生の終わりが来るだろう。これはいくらなんでも体を張り過ぎだ。

ハヤトはデビューしたての頃から今まで、ずいぶん体を張ったロケばかりをこなしてきた。それはトップアイドルになった今も変わらない。彼は仕事を選ばず、何でも全力で体当たりする事がスタンスなのだそうだし、確かにそれは尊敬すべきところだけれど、今回ばかりはそうも言っていられない。わたしは売れない作曲家だけれど、それと同時にハヤトの恋人でもある。やはり心配せずにはいられないのだ。

目の前のハヤトはわたしの心中を汲み取ってくれたのか、とても弱々しくこちらを見つめている。わたしの不安がハヤトへ浸透してしまっているのだろうか。わたしはこれではいけないと思い、彼を元気付けようと努めて明るく振る舞った。

「で、でもさ! ほら、スタッフもロケハンしたんでしょ? ならそんなに心配しなくても大丈夫なんじゃない?」
「……」

わたしの精一杯の慰めは、それでもハヤトには届かなかったようで、それを聞いた彼の目はさらに寂しそうなものに変わっていった。

「ももちゃん、ボクと一ヶ月会えなくても平気なの? っていうかボクの命の危機なのに、心配じゃないの?」
「命の危機って……そんな」
「ひどいにゃー! ジャングルには猛毒を持った蟻もいるし、野放し状態の猛獣とか、それに未確認生物なんかが居るかもしれないのに!」

そう言いながらとても弱々しくハヤトがわたしの肩を叩く。猫が甘噛みをするように、手加減されたハヤトの拳がわたしの肩を何度も叩くと、わたしは何だかとてもいたたまれない気持ちになった。

「……し、心配に決まってるよ、わたしだって。でもハヤト、わたしが行かないでって言ったらハヤトは行くのやめてくれるの?」
「あ……、そ、それは……」
「やめないでしょ? だってハヤトはHAYATOだもの」
「……」
「だからわたしは精一杯こっちでハヤトを応援……」
「やだやだやだにゃー!」
「えっ!?」

本当はわたしだって心配で仕方ないけれど、ハヤトにはなんとか前向きに頑張ってほしい。そう思って応援するとハヤトに言った瞬間、わたしの隣で体を寄せていた彼が途端に何度も首を横に振り、嫌だ嫌だと駄々をこねた。いつもの事だから別段驚きはしないが、駄々をこねて許される成人男性は、おそらくハヤトぐらいのものだろう。



「もも……」

不意にわたしを呼び捨て、ハヤトはそのままわたしをソファへ押し倒す。

「な、なに? だってハヤト、いくら嫌だって言っても、もう決まってるんでしょ? その企画……んっ」

どうやらハヤトはわたしの淡々とした反応が気に食わなかったらしく、ひどく顔をしかめた後、自分の唇でわたしの口を無理矢理塞いだ。



「んはっ、ちょっ、何するのよハヤト!」

思わず呼吸をするのも忘れていたわたしは我に返り、慌ててハヤトを向こうへ押しやった。しかしそれでもハヤトはわたしへ抱きついてくるのをやめず、結局わたしは甘えたがりな彼の背中を撫でて宥める事になる。


「ハヤト」
「ももは冷たいにゃ! ももはボクとしばらく会えなくなるんだから、もっと寂しそうにして欲しいのに……」
「え」
「だいたいボクはこーんなに寂しいのに、ももは寂しくないのかにゃ?」
「さ、寂しいよ、わたしだって!」
「じゃあ、もっと寂しそうにおねだりして」
「え? ちょっと意味が……。何をおねだりするって?」

ハヤトの言っている意味が良く分からず少々戸惑っていると、目の前の彼はわたしを見つめたまま、さらに持論を展開させた。

「だからボク、来週から日本にいないでしょ? ってことはその間、ももちゃんはボクとエッチできなくなるよね?」
「……まぁ、うん」

なんだかハヤトの言いたい事が分かってきたような気がする。が、認めたくないので気付かぬふりを貫こう。

「そんなの嫌だよね? 一ヶ月ボクとエッチできないなんて! だからももちゃん、今からボクと一ヶ月分愛し合うにゃ!」
「……」

こんな事になりそうな気はしていた。
目の前のハヤトは先ほどとは打って変わり、満面の笑みを浮かべながらこちらを見下ろしている。おそらく彼は、わたしの次の言葉を待っているに違いない。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……ハヤト」
「なになに!?」
「……一ヶ月くらい、禁欲しなよ……」
「にゃっ!?」

一ヶ月性行為をしなければ死んでしまうという訳でもあるまいし、一ヶ月くらいハヤトも禁欲すれば良いのだ。そもそも彼はわたしと会う日は必ずといって良い程性行為を迫ってくる。確かに愛される事は嬉しいけれど、ハヤトの場合執着心がすごすぎて逆にこちらが引いてしまう。これを機に、ハヤトにはもう少し性欲を抑えてもらいたい。

そんな考えから呟いた一言がハヤトにとってはひどく意外だったらしく、目の前の彼はそれが信じられないというように何度も口をぱくぱくさせた。


「ハヤト?」

思わず首を傾げ、ハヤトを見上げる。しばらく呆然としていたハヤトはわたしの呼びかけにようやく反応を示し、かと思えば途端に首を横に振りながら再び駄々をこね始めた。

「無理無理、無理だにゃー! ボクはトキヤとは違うんだよ? 一ヶ月間もものぬくもりを感じられないなんて、絶対無理だにゃー!」
「でもそんなこと言われても」
「ももは冷たいにゃー! ひどいにゃ! レーコクにゃ!」
「ちょ、ちょっと、落ち着こうよ……」

わたしが彼に禁欲しろと言ったせいで、ハヤトが僅かに暴走を始めた。これはちょっと可哀想な事になった。


「だいたいボクが居なくなったら、ももはきっとトキヤと浮気しちゃうに決まってるにゃ! そうだよにゃ……ボクよりトキヤの方が頼りがいがあるもんにゃ……」
「ちょ、ちょっと待ってよハヤト、そんな訳ないで」
「やだやだやだにゃー! ももの浮気者ーッ!」
「こ、こらっ! 人聞きの悪い事言うなっ!」

慌ててハヤトの言葉を否定し、そして今度は自分からハヤトの暴言を唇で塞いだ。



「……ん、もも、ちゃん」
「ハヤト」

ハヤトはずいぶん驚いていたようで、わたしの上でしばらく固まっていた。
確かにわたしは自分からハヤトに迫る事なんて数える程しかなかったし、驚くのは分かるが、そこまで無言のまま驚かれるとこちらがとても恥ずかしくなってしまう。




「ボク、ももちゃんのぬくもりガマンして、一ヶ月頑張ってくる」
「うん……、さすがHAYATO、わたしも応援してる」
「ありがとにゃ! もも、大好き!」
「ん、わたしも」

ようやく落ち着いたハヤトの背中を優しく撫で、そしてどちらからともなく引き寄せられ、深く長いキスをした。
ハヤトはわたしの上で嬉しそうにアイドルスマイルを見せた後、わたしの首筋にゆっくりと顔を埋めた。

首筋に一瞬痛みを感じ、そっと目を閉じる。
ハヤトのぬくもりを忘れぬように、わたしは彼を強く抱いた。







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「やだやだやだにゃー!」
……なんだかハヤトがトロにしか見えなくてすみません……(´・ω・`)
 


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