※閲覧注意!※

この話には美風に関する重要なネタバレが含まれています!
ネタバレが嫌な方は回避お願いします!












「何やってるの、早くして」
「早乙女学園のリーサルウェポンである僕を待たせたら、腕ミサイルで攻撃の刑だよ」
「それくらい一人でできるよね?」

わたしたちに自分が人間ではない事を告白した藍ちゃんの口癖は最近こんなものばかりで、正直わたしには彼が開き直っているようにしか感じられなかった。




「もも、冷却シート」
「はいはい」
「返事は一回」
「はーい」
「間延びさせない」
「はい」

今日も藍ちゃんはわたしに容赦なく指令を下す。わたしもそれが日常化しており、既にもう何の疑問も無く彼の指令に従う毎日を送っている。完全なる奴隷生活だ。
だが、わたしは決してこの生活が嫌ではない。
藍ちゃんのその指令はわたしに対する愛情。
そう考えれば、わたしはそれだけで満足できる。とまぁ体裁を整えるためにそう思ってはいるものの、端的に言えばわたしが単なるマゾヒストだから藍ちゃんに何を言われようと我慢できるというだけなのだが。


リビングの棚に置かれた救急箱から冷却シートを取り出し、わたしはそれを徐に藍ちゃんへ渡した。

「ありがと。君もちょっとは役に立つね」
「へへへ……」
「……その笑い声不気味だからやめなよ」
「でも藍ちゃんがせっかく誉めてくれたから、嬉しいって事を伝えたくて」
「……伝えなくていいから。っていうかそんな不気味な笑い声じゃ全く伝わらないし、それに僕はそこまで誉めてないから」

藍ちゃんは冷淡にそう言うと、袋から冷却シートを取り出し額に貼り付けた。途端にジュッ、という有り得ない音が周囲に響き、藍ちゃんの体温の高さを証明する。



来月、わたしたちはいつもより少し大きめの会場でライブをする事になっている。もちろんわたしは裏方だが、ステージには藍ちゃんとなっちゃん、翔ちゃんが上がる事になっていて、今から色々と構想を練らなければ間に合わないのだという。曲は何とかできたものの、そのステージを盛り上げる演出はまだ全然決まっておらず、そのせいでここ最近ずっと藍ちゃんは構想を練るのに頭を悩ませていた。

彼がこんなに演出の事で頭を悩ませるのには理由がある。

マスターコースも終了し、その頃からなっちゃんも翔ちゃんも個人の仕事をする機会が増えてきたようだった。思うようにライブ活動もできなくなってしまったようだが、彼らにとって藍ちゃんを交えた三人でのライブというものは特別なものらしく、どんなスケジュールが入っていてもそれに合わせると彼らは日々豪語していた。
そんな風に彼らに期待されれば、藍ちゃんだってそれに応えぬ訳にもいかなくなる。藍ちゃんはああいう性格だから口には出さないが、なっちゃんと翔ちゃんと同じくらい彼らが好きなのだと思う。だからメディアにあまり顔を出さない彼が演出を引き受け、三人のステージの構想をこんなに真剣に考えているのだ。なんだかみんな仲が良くて微笑ましい。



「……もも、なに笑ってるの?」
「え!? わ、笑ってないよ!」
「いや、そのだらしないももの顔が不気味に笑っていたことを証明してるんだけど」

わたしが思わず表情を緩めて藍ちゃんを見ていると、すぐさま彼から指摘を受けた。まったく藍ちゃんはいつも目敏い。


「も、もー! 藍ちゃん一言多い! わたしの笑顔ってそんなに不気味!?」
「不気味」
「……」

何とかその場を誤魔化そうとわたしがちょっと拗ねた真似をしてみても、藍ちゃんは相変わらず冷淡にそう答える。やはり藍ちゃんに自分の気持ちを察して貰おうなど、考えてはいけなかった事なのだろう。先ほどより余計に傷付いたわたしの胸中に、何だかよく分からない複雑な感情が芽生えた。



「……あれ? どしたの、藍ちゃん?」

気が付けば、藍ちゃんがじっとわたしを見つめていた。
作り物とは分かっていても、そんなに整った目で見つめられると顔から火が出そうな程恥ずかしい。


「……ちょっ、藍ちゃんなに真剣な顔でわたしの事見つめてるの!? もしかしてそんなにわたしの事好きなの? 照れちゃうなぁもう!」
「……」
「……」
「……」

いくら冗談を言っても何の反応もない藍ちゃんに不安になり、思わずわたしも彼を真剣に見つめ返す。けれどやはり藍ちゃんが何を考えているのかは全く分からなかった。


「え……なにこれ、もしかして藍ちゃん、わたしを視姦して」
「そんなわけないでしょ。だいたい僕には性欲も食欲も睡眠欲も無いから」
「……ですよね」

藍ちゃんはアンドロイドだから、何も食べなくてもお腹など空かないし、だからもちろん睡眠欲などないし性欲だって有りはしない。
わたしがああ言えばこう返される事は分かっていた事なのに、改めてそうはっきり言われると自分の傷にわざわざ塩を塗り込んでしまったようで、余計に心が痛くなった。

しかし。
その後すぐに藍ちゃんはこの日初めて憐れみの感情を含ませた声色で、ごめんと一言謝罪した。
彼が謝罪するなんて、非常にめずらしい事だった。

わたしたちの間に、妙な空気が流れる。




「……ら……のに」
「え?」

藍ちゃんの目は相変わらず空を泳いだままで、彼は無意識のうちにボソボソと小声で何かを呟いている。
わたしは藍ちゃんの独り言に耳をそばだて、さらに彼に問い返す。

「藍ちゃん、今、何て言ったの?」
「え? 僕、何か言った?」
「うん……言ったよ?」
「……」
「……」

藍ちゃんはわたしが訊ねるまで自分が声を発していた事にすら気付いていなかったようで、わたしがそれを問い質すと驚いていたようだった。


「……藍、ちゃん?」
「……別にたいした事は言ってない」

藍ちゃんはそう素っ気なく言い放つが、わたしはそれがとても気になった。わたしがさらに食い下がると、藍ちゃんは一瞬眉を顰めたが、すぐに何事も無かったかのように正直に話し出す。

「……僕はただ、ももも僕と同じアンドロイドだったら良かったのに、って言っただけだよ」
「……え?」

藍ちゃんの言わんとする事が、初めて理解できなかった。

「……どういう事?」
「だから、もしももが僕と同じアンドロイドだったら、お互い何の心配もなくずっと一緒に居られる訳だし、そうすればももが寂しがる事もなくなるでしょ。……人間なんていつ居なくなるか分からないけど、アンドロイドだったら……」

そう弁明する藍ちゃんは、今まで見た事もないような焦りの表情を浮かべていた。

「藍ちゃん……!」
「あ! か、勘違いしないでよね? ももがアンドロイドだったら、今ほど鬱陶しくなくなるし、騒がしくもなくなるし……、だから良いと思っただけだから!」



「う、うん、そう、だよね! そ、そうしたらわたしたち、仲良くアンドロイドカップルになって、なっちゃんや翔ちゃんにダブルロケットパンチとかできるもんね!」
「……」
「……」
「……はぁ。どうして君は今そういう馬鹿な事を言っちゃうの? まったく……」

まさか藍ちゃんがこんな事を言うなんて、夢にも思っていなかったから、わたしはせっかくの彼の言葉をわざと曲解しているようなふりで誤魔化してしまった。
案の定藍ちゃんはそんなわたしに呆れたようで、大きなため息を吐くと同時にステージ演出の構想を再開し、それきり黙り込んでしまったのだった。


少し自己嫌悪に陥ったけれど、藍ちゃんが何となく無感情アンドロイドではなくなってきているような気がして、わたしは内心とても嬉しかった。

はっきりとは言えなかったが、なれるものならわたしがアンドロイドになるというのも、存外悪くないと思っていたりする。





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