その日も朝からわたしと音也くんとトキヤくんは、レコーディングルームに篭って新曲作りをしていた。

卒業と同時にW1としてデビューする事になったトキヤくんと音也くんは、現在すでにある程度知名度のあるアイドルになっており、そんな二人に曲を提供できるわたしはとても幸せ者だとは思うのだが、毎回二人の意見を取り入れるのはそれなりに骨だったりもする。

今日もわたしはいつものように、なかなかまとまらない音也くんとトキヤくんの意見をどう曲に練り込んでいくか、それはもう長い間思案していた。
わたしが悩んでいると、いつも隣から音也くんが楽しい話題で雰囲気を和ませてくれる。そして少し騒がしくなるとトキヤくんがそれを凄まじい顔で注意する。というのがわたしたちの日常だった。
しかしどうした事か、今日に限ってわたしと音也くんの話し声がどんなに騒がしくなっても、トキヤくんがそれを注意する事は一度もなかった。それがおかしいなと思ったのは、わたしだけではなかったようだ。

「トキヤ、どうかした?」

やはり音也くんもトキヤくんの異変に気付いていたようで、わたしと同じく彼をじっと見つめ、そう訊いた。

「もしかして、具合でも悪い? そういう時は無理しちゃだめだよ」
「もも、音也……すみません。私の体調ならば問題ありません、平気です」
「でもいつものトキヤくんらしくないというか……。本当に大丈夫なの?」
「……」

わたしたちがトキヤくんを心配そうに見ると、彼は少し考えた後、一冊の台本を取り出し、サイドボードの上に乗せた。
その台本には大きくドラマのタイトルが印刷されており、わたしの記憶が正しければ、トキヤくんが準主役で出演中の人気ドラマのものだったように思う。トキヤくんはその台本を一瞥し、そして小さくため息を吐いた。どうやらトキヤくんの不調の原因はその台本によるものらしい。


「トキヤくん、これ、今出演中のドラマの台本だよね」
「ええ」

トキヤくんは気のない返事をするとパラパラとそれを捲り、あるシーンを指さした。

「ん、なになに? えーと。……うわ、トキヤ、今度ベッドシーンやるの!?」
「えっ!?」

台本を覗いた音也くんの素直な感想に、わたしは思わず驚いてその場に立ち上がっていた。

実はわたしとトキヤくんは早乙女学園を卒業後、お付き合いを始めている。もうかれこれ一年になるだろうか。トキヤくんが真面目でストイックな事は以前から知ってはいたが、それでも一年が過ぎるというのに、わたしたちはまだ手を繋ぐ以上の事をしたことがない。一時はそれを悩み、トキヤくんの友達でもある音也くんに相談した事もあったが、結局解決はしなかった。最近はできるだけその事は気にしないようにしている。それなのに。
それなのに、プライベートの彼女であるわたしより先に、トキヤくんとベッドシーンをする女優さんがいるのだと思うと、居ても立ってもいられなくてつい立ち上がってしまったのだ。

「もも、そこまで驚く事でもないでしょう……?」
「だ、だって」

わたしの言動に驚いたトキヤくんが困ったように首を傾げる。しかし困っているのはわたしだって同じだ。


「っていうかトキヤ、この台本の何に困ってんの?」
「だから……分かるでしょう? 私はいつも演技をする時は、現実よりもよりリアルに演技をしようと努力しています」
「まぁ、トキヤらしいよな」
「うん、トキヤくんらしい」

わたしと音也くんが揃って感心すると、トキヤくんは喜ぶどころか、さらに眉間のしわを深く刻み、こめかみに手をあててため息を吐いた。

「問題はそこです。いくらベッドシーンとは言っても、なにせ私にはそういう経験が全くありません。だからどう演技すればいいのかと」
「ええっ!? トキヤともも、付き合ってるんだよね? 二人、そういうこと、しないの!?」

あまりにも赤裸々すぎるトキヤくんの告白に、音也くんが驚いて目を見開く。トキヤくんがあまりにもさらりとその事を言ってしまったので、思わずわたしまで恥ずかしくなってしまった。

「二人とも何を驚いているのです? そんな事は当たり前です。結婚前の男女がひとつのベッドで眠るなど、破廉恥極まりない」
「……」

即答するトキヤくんに、音也くんがさらに驚き絶句した。まぁ健全な男子としては真っ当な反応ではあると思う。
しかし、次の音也くんの発言で、さらに問題はこじれていくのだった。


「……もしかしてトキヤって、赤ちゃんの作り方とか、知らないんじゃない?」

音也くんに馬鹿にされたと思ったのか、トキヤくんはみるみるうちに顔を赤くして怒鳴った。

「しっ、失礼な! それくらい知ってます! ……キス、すると、できるんですよね」
「……」
「……」

さすがストイックというか真面目というか、わたしも音也くんもどう突っ込んだら良いか分からず、その場でしばらく固まってしまう。


「……えっと、そんなに簡単にできたら、今頃世の中に赤ちゃんが氾濫してると思うんだけど」

やっとの思いで音也くんがそう言ったが、トキヤくんは全く動じず、ふ、と気障な笑い声を上げて彼を見返した。

「音也は知らないんですか? 馬鹿ですね。キスをしても、その日のうちにお風呂に入ると、赤ちゃんはできないんです」
「あの……それってこの前トキヤくんがわたしの部屋で読んでた少女漫画に描いてあった勘違いエピソードだと思うんだけど……」
「えっ!?」

トキヤくんの顔がめずらしく紅潮していくのが分かった。さすがに勘違いエピソードを勘違いで覚えていた事が恥ずかしかったのだろう。無理もないと思う。


「なぁトキヤ、じゃあこれも、知らないの?」

音也くんが徐に鞄から小さな袋入りのものを取り出した。これは見るのも少し恥ずかしい。

「何ですかこれは。ゴム風船、ですか」
「……」
「……」
「風船が香り付きとは……最近の子供のおもちゃは進化していますね」
「トキヤ、それ、避妊具なんだけど」
「避妊具?」
「コンドームだよ」
「こ、これが、あの!?」

音也くんが慌てるトキヤくんを見て楽しんでいる。こういう事に関しては、トキヤくんより音也くんの方が上手なのだろう。日頃のトキヤくんからは想像できないほどあたふたする様がちょっと面白い。


「とりあえずトキヤ、このDVD貸すから、男女交際のこと、もっと勉強した方がいいかも」

なんとか笑いを噛み殺し、音也くんが鞄からDVDを取り出す。そしてそれをそのままトキヤくんへ押し付けた。

「なっ! こんな破廉恥なDVDなど、私が見る訳ないでしょう!」

しかし、当然ながらトキヤくんはそれをすぐに音也くんに突き返す。今まで本当にこういう類いのものを見た事がないのだろう。パッケージを見ただけで、トキヤくんはひどく動揺していた。

「そんなんだからももに呆れられるんだよ〜。ももだっていつまでも手を握るだけじゃ満足しないんだよ?」
「ももが? ももは、今の私じゃ満足できないのですか?」
「そ、そんなことないよ。トキヤくんはそのままのトキヤくんで十分魅力的だよ! それに……芸歴は長いのにすっごくピュアだなぁって感心してるくらいだし……」
「くっ……! それは私に対する嫌味ですか」
「ち、違うわ。本当にそう思ってるの」

ストイックすぎた自分に後悔しているのか、少しネガティブになっているトキヤくんを励まそうとしたのだが、どうやら裏目に出てしまったようだ。

「……分かりました。では私はこのDVDを見て、良く勉強することにしましょう。もも、明晩、私の勉強の成果を見せてあげますから、覚悟しておいてくださいね」
「えっ!? 明日!?」

裏目がさらに裏目になり、なぜかわたしは明日トキヤくんとベッドシーンの練習をする事になってしまったようだった。

「くれぐれも逃げないように」
「で、でも! わたしにも心の準備というものが!」
「知りません。恨むなら私を煽った音也を恨んでください」
「えーっ、俺のせい!?」
「それでは私は勉強がありますので」
「ちょ、ちょっと待ってトキヤくん!」
「トキヤ!」

トキヤくんはニッと口の端を上げてわたしを見ると、颯爽と大股で部屋を出て行った。
残されたわたしと音也くんは、顔を見合わせ、何とも言えない雰囲気にお互い顔を引きつらせながら愛想笑いをする。

目覚めてしまったトキヤくんは誰にも止める事ができない。
わたしはそっと心の中で覚悟を決めたのだった。





おわり
 
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