明日は真斗の妹、真衣ちゃんの誕生日だから、二人でお祝いしてあげようと言ったのは真斗自身のはずなのに、どうして目の前の彼はこんなに不機嫌な顔をしているのだろうか。



早乙女学園に入学し、真斗とパートナーになり、そして今わたしはその真斗と内緒のお付き合いをしている。お互い口下手で人に想いを伝える事が苦手なわたしたちがこういう関係になるなんて、今改めて思えば奇跡に近い。だから尚更わたしは真斗が大事だし、真斗が真衣ちゃんの誕生日をお祝いしたいと言い出した時も二つ返事でそれを了承したのだ。
それなのになぜ彼はこんなにも不満げなのか、わたしには全く思い当たる事などなかったのだった。


わたしは以前真衣ちゃんと一度会った事がある。それ以前から真斗に妹の話を聞いてはいたが、その時会った彼女の可愛さはわたしの想像を遥かに上回っていた。真斗の事をおにいちゃまと呼び、少し人見知りなのか、初対面のわたしを見てすぐに真斗の後ろへ隠れてしまった事を今でも思い出す。
その後少しは打ち解けてくれたようで、真衣ちゃんは帰り際バイバイと恥ずかしそうにわたしへ手を振ってくれた。真斗が溺愛するのも分かるような気がした。

そんな彼女の誕生日など、わたしにとっても一大イベントだ。張り切らない訳がない。



明日を決行日に控えたその日の放課後、わたしたちは真衣ちゃんへのプレゼントを探そうと早乙女学園最寄りの雑貨店へ足を運んでいた。初めはあれこれと意見を言い合い、楽しくプレゼントを選んでいたつもりだったのだが、わたしはいつの間にか真斗が時折ぼんやりと浮かない表情をしているのに気付いた。
おかしい。
真斗は妹の真衣ちゃんを溺愛している。そんな彼が真衣ちゃんのためのプレゼント選びをつまらなく思うはずがない。わたしはぼんやりと空を眺めている真斗にそっと近付き、下から顔を覗き込んだ。
わたしに気付いた彼は僅かに驚きの表情を見せ、けれどすぐに何もなかったかのような表情でわたしを見下ろした。

「もも、どうした?」
「や、真斗こそ、どうかした?」

わたしに先ほどの表情の理由を気付かせまいとしているのか、真斗は気まずそうにわたしから離れ、窓際に陳列されていたウサギのぬいぐるみを手に取った。
やはり彼の表情はどこか曇っているようだった。



結局わたしたちは真斗が最後に選んだウサギのぬいぐるみと可愛い椿のコサージュを買い、言葉少なに寮への道を辿った。

真斗は元々無口だけれど、今日はいつにも増して無口が過ぎる。もしかしたらわたしは無意識のうちに真斗を傷付けるような事を言ってしまっただろうか。急にそんな不安に駆られ、わたしは隣を歩く真斗におずおずと声をかけた。

「ねぇ真斗、なんか、機嫌悪い?」
「機嫌……?」

真斗が不思議そうな顔でわたしを見る。その表情から察するに、どうやら彼の機嫌が悪いというのはわたしの思い過ごしだったらしい。

「……もも、もしかして俺は不機嫌そうな顔をしていただろうか?」

申し訳なさそうに真斗がわたしに言葉をかける。

「……いや、それをももに聞くのは間違っているな。ももがそう思うのだから、俺はおそらくももの不安を煽るような顔をしていたのだろう。すまない」
「う、ううん、そんな事……。わたしこそごめんね、変な事聞いて」
「ももが謝る事はない。俺が悪いのだ」

真斗の馬鹿丁寧な謝罪に、今度はわたしがいたたまれなくなり謝罪する。こうなるとわたしたちは謝罪に謝罪を重ねるという悪循環に陥り、終わりが全く見えなくなる。
しばらくその悪循環が続き、ようやくそれに気付いた真斗は僅かに頬を紅潮させ、わざとらしく咳払いをした後、しっかりとわたしに視線を合わせた。

「あー……実はな」

真斗が言いにくそうに言葉を区切る。わたしは何も言わずにその続きを待った。


「……いや、やはりやめておこう」
「ええっ!? そこで止められるとすごく気になるよ!」
「し、しかし……。これは俺の沽券に関わる問題で……」

本当は言ってすっきりしてしまいたいだろうに、真斗はまだわたしに気を遣ってか言葉を濁す。そんな彼を見兼ね、わたしは強引に真斗へ迫った。

「いいから、言って!」

真斗はもじもじと落ち着かない様子のまま何度もわたしを見て顔を歪ませていたけれど、やがて意を決したのか、歩く足を止めてわたしと向き合った。
真斗の真剣な眼差しが切り揃えられた髪の間から見え、思わず強く言ってしまった事を後悔しそうになる。

真斗が目を伏せ、ため息を吐き力無く笑った。


「いや、な。その……。ももが真衣の事ばかりを可愛がるものだから、つい、な」
「……え? わたしが真衣ちゃんを可愛がるから?」

真斗の説明はいまいち良く分からない。
思わずわたしが首を傾げると、彼はそれを察してさらに頬を赤くさせた。

「あ、ええと、な。だからつまり。その」

いつも明朗快活な真斗にしてはずいぶんはっきりとしない物言いだ。やはりわたしは彼に無理強いをさせようとしているのだろう。反省しなくては。

「ま、真斗、やっぱり無理して言わなくてもいいよ……」
「い、いや、言う! 言うから聞いてくれ!」
「……う、うん」

とても言いにくそうだが、彼が言うと言い張る以上、さらに反駁して収拾がつかなくなるより、わたしはおとなしくそれを待つ方がいいように思う。





「ももは、真衣が好きか?」

二三度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた真斗は再び歩きながらわたしに何気なくそう問うた。真斗の気持ちの意図は汲みきれないが、とりあえず質問の答えには窮せずとも良さそうだ。

「うん。可愛いし、わたしにも懐いてくれてると思うし、好きだよ」
「……俺よりも、か?」
「……ん?」

真斗の突拍子もない返しにわたしは思わず眉を顰めた。

「……だ、だから、ももは俺よりも真衣の方が好きなのかと聞いている!」
「……」
「……」
「……」
「……」

これはどう返せば良いのか、答えあぐねている間に真斗の顔色がどんどん赤くなっていく。
わたしは今になって初めて先ほどから真斗が不機嫌な理由を知ったような気がした。



「真斗、もしかして真衣ちゃんに嫉妬……」
「……」

何も言わずにわたしから目を背ける真斗が意外にも可愛い。180センチを超える長身にもかかわらず、まるで小さな子供のようで、思わず頭を撫でてあげたくなるような衝動に駆られた。

「し、仕方なかろう、お前が楽しそうに真衣のためにプレゼントを選んでいるのを見ると、どうにも胸の内がモヤモヤして気分が悪くなるのだ!」
「でも、真衣ちゃんは真斗の妹だよ?」
「それは分かっている! しかし……」
「ねぇ、真斗だって真衣ちゃんが好きでしょ?」
「……ん? ああ、それはもちろんだ」
「なら、そんなに……」
「ならばもも!」
「えっ!?」

ようやく話の収拾がつきそうだと思ったその時、真斗が急に大声でそう叫び、驚いて立ち止まったわたしの手を掴んだ。
真斗の大きな手は、わたしの手をすっぽりと包み、じんわりと温かさが伝わってくる。わたしの顔色は今、間違いなく真っ赤に違いない。


「ならばもも。俺の誕生日も、真衣と同じくらい祝ってくれるか?」
「……あ、当たり前でしょ!」
「……そうか」
「そ、そうよ。……そうだ! 今度の真斗の誕生日には、真斗の欲しいもの、何でもプレゼントしてあげる!」
「いや、俺はもものその気持ちだけでじゅうぶんだ。……まぁ、強いて言うならば、ももの手作りケーキとももが一日中そばに居てくれれば、俺はそれだけで幸せだ」
「……」
「……」
「……」


「……どうした、もも。顔が真っ赤だぞ」
「だ、だって真斗が!」
「俺が、どうしたのだ」
「真斗が恥ずかしい事を堂々と言うから!」
「そうか? す、すまない。自分ではそういう自覚がないものでな……」

真斗は時々どうしようもなく恥ずかしいセリフを堂々と口にする。そのたびにわたしはどうしたら良いのか分からず彼に当たってしまう。とにかく直球でそんな風に真斗の良すぎる声で囁かれると、恥ずかしくてたまらなくなってしまうのだ。



「そうだ、もも」
「ん?」
「礼という訳でもないが、ももの誕生日も俺がしっかり盛大に祝ってやるから、覚悟しておくのだぞ」
「……」
「そうだな……お前のためにウエディングケーキ並みのバースデーケーキを作り、もちろんプレゼントも最高の物を用意しよう。そして日付が変わるまで、俺はお前のそばに居る」
「……!」

真斗が一人で考えを巡らせ、どんどん話が大きくなっていく。その横顔はとても楽しそうで、妙な横槍を入れるのも気が引けてしまう程だった。


「と、とりあえず、明日は全力で真衣ちゃんをお祝いしよう!」
「ああ。将来ももの妹になる予定だしな」
「うえっ!? ……あ、う、うん」

まるでプロポーズとも取れるようなセリフをはっきり言う真斗に、わたしはもう頷く以外返事のしようが無かった。
未だ握られたままの手を軽く握り返し、わたしは早足になるのを止めることができない。

明日、わたしはしっかりと真衣ちゃんを祝う事ができるだろうか。
真斗の、将来という言葉が頭を過り、きっとそれどころでは無くなってしまうのだろうと思うと、ほんの少し気が重くなってしまうのだった。





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