解せない。おかしい。釈然としない。

トキヤは確かにそのゲームを今まで一度もプレイした事がないと言っていたはずなのに、わたしはそのゲームで一度もトキヤに勝つ事ができなかった。

あり得ない事だった。一度もプレイした事がないだなんて、狂言だったのではなかろうかと思うほどトキヤのコントロールは完璧だった。でなければヘビープレイヤーのわたしが、初心者のはずのトキヤに、こんなに大差をつけて負かされるはずなどないのだ。

目の前で機嫌良くコーヒーを飲むトキヤは、無意識なのか意識的になのか、そんなわたしのプライドをズタズタに破壊していた。




「それでは、ももには罰ゲームをしてもらいましょうか」
「……はい?」

完膚無きまでに凹んだわたしを楽しそうに見つめながら、トキヤが追い討ちをかけるようにそう呟いた。

罰ゲーム。無垢な小学生が言えば微笑ましいものだが、目の前のトキヤが言うと果てしなくイヤラシイ響きに聞こえるのはわたしの偏見だろうか。否、トキヤの本性を知っている者であれば偏見とは思うまい。

わたしは心の中で妙な事にならぬよう祈り、彼の動向を見守った。


「それではまず、お風呂へどうぞ」
「……え」
「どうしました?」
「……」
「なんですかその目は」

わたしの予想通り妙な事を口走るトキヤに、わたしは力一杯胡散臭そうな顔をした。その反応にトキヤは一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに咳払いをして自分のペースにわたしを巻き込んでいく。

「もも、卑猥な想像をするのは止してください。何も私はあなたをお風呂に入れてそのまま襲おうだなんて、これっぽっちも考えていませんので安心して良いのですよ」

トキヤが先制をかけるようにそう言って笑った。
本人はそう言ってはいるが、トキヤの安心して良いという言葉はいまいち信用できない。

「とりあえずももは敗者なのですから、私の命令通り、さっさとお風呂へ入りなさい」
「ちょ、ちょっと待っ……」

トキヤは訝しむわたしを無理矢理バスルームへ押し込むと、すぐにリビングへと戻って行った。

一応わたしとトキヤは恋人関係にあるが、トキヤの部屋のバスルームに入るのは、これが初めての事だった。洗面台に置かれた男性用のローションやクリームが新鮮で、わたしは思わずそれをしばらくぼんやりと眺めていた。


外からトキヤの入浴を急かす声が聞こえた。
わたしは仕方なくそれに返事をすると、入浴のために服を脱いでいった。






入浴中はこれといって妙な事も起こらず、若干肩透かしを食ったような気持ちになった。そんな自分に気付き、わたしは自嘲ぎみに笑う。心のどこかでわたしはトキヤに襲われたい願望でもあるのだろうか。わたしはそんな思いを払拭するべく思い切り頭を横に振った。

浴室の戸を開け、辺りを見回した。



「……ん? わたしの服……」

脱衣所に出て、わたしはすぐに異変を感じた。そこには先程まであったはずのわたしの洋服が見当たらず、代わりに別の着替えが用意されていたのだ。脱衣所内からはバスタオルすらも消えており、仕方なくそれを確認するため、濡れた体のままその着替えのある方へ近付く。


「ちょっ……何これ」

わたしが広げたそれは、小学生サイズと思しき女児用の体操着だった。真っ白な半袖にえんじ色のラインが体操着独特のセンスを醸し出している。

しかしなぜこんなものがここに置かれているのだろうか。わたしの脳内には、嫌な予感ばかりがぐるぐると過っていく。


「ト、トキヤー、わたしの服がないんだけど……」
「……そこにあるでしょう? 私が用意しておきました」

その場からトキヤを呼ぶと、彼はすぐに扉向こうまで来てくれたようで、わたしの疑問に即答してくれた。
しかし、トキヤが用意してくれたらしき着替えが、どこにも見当たらない。――この体操着の存在には、あえて知らないふりをする。

「……い、いや、見当たらないよ?」
「嘘はいけませんね。そこにあるじゃないですか、女児用の体操着が」
「ええっ!? や、やっぱりか……!」

絶対に考えたくなかった事だったが、やはりトキヤが用意したわたしの着替えというのはこの体操着だったらしい。元々他人とは変わった所があるとは思っていたが、まさかトキヤにこんな趣味があったなんて、自分の恋人ながらほとほと呆れてしまう。

「いいから早く着替えてください。着替えましたか? 開けますよ?」
「いやいや、っていうかトキヤ、これどこから持って来たの? 盗んできたの? それとも買ってきたの? だとしたらどのツラ下げて買ったの?」
「そんなに質問攻めにしないでください。ももは私に興味津々ですか? そんなに私の事が好きでたまらないなんて、困った子ですね」
「あの、人の話聞いてる?」
「その体操着は先日撮影が終わったドラマで女児が使っていたものを譲ってもらったのです。だからももは気にせずとも良いのですよ」
「……トキヤ、一歩間違えたらロリコンの変態だよ?」
「開けますよ? もう着替え終わりましたか?」
「ちょ、待って! まだ着てない!」

体操着を巡り、トキヤと不毛な言い合いをしていたわたしは、未だに自分が一糸纏っていない状態だった事に今更ながらに気付く。
目の前の小さな体操着とドアを交互に見比べ、この窮地を脱する策を何とか見つけようとするも、やはりそう簡単には思いつかなかった。


「……もうそろそろ良いですね? 開けますよ?」
「ま、まだっ……!」

扉向こうのトキヤの声が僅かに興奮を帯びているような気がする。

「まだですって!? いい加減にしてください。私を何分待たせれば気が済むのです? あと一分で強制的にこの扉を開けます。だからさっさと着替えなさい」
「そ、そんな! こんなの、着れな……」
「あと五十五秒」
「うっ……! トキヤのスケベ!」
「何とでも言いなさい。あと五十秒ですよ」

非情にも短くなっていく制限時間に、わたしはようやく意を決し、女児用の体操着に腕を通した。




「うっあ……ぱつぱつ……」

下着も着けていない状況でこんなに小さな体操着を無理矢理着れば、こういう状況になるのは火を見るより明らかだった。
タオルも用意されておらず、濡れた体のまま体操着を着たものだから通常時よりも余計に中が透けているように思う。

「一分経ちました。開けますよ」

トキヤはそれを言い終える前にドアを派手に開け放した。余程開けたかったのだろう、頬どころか顔全体が紅潮しており、彼がずいぶん興奮しているのが見て取れる。

「……もも……っ」
「ちょっと……トキヤ、顔がエロい!」

わたしのぱつんぱつんな体操着姿を見たトキヤの顔がどんどんだらしなくなっていく。いつもクールな彼の姿からは想像すらできないほど今のトキヤはいやらしい顔をしている。

「誰の顔がエロいですって? エロいのはももの格好じゃないですか」
「っ! だ、誰のせいでこんな格好してると思ってんのよばか!」

トキヤは胸にあてていたわたしの手を取り、いやらしくそこへ視線を送る。なぜだか裸を見られるよりもたまらなく恥ずかしくなり、わたしはトキヤの視線から逃れるように背中を向けた。

トキヤはわたしの背中越しにくすりと笑うと、わたしの腕を引っ張り、リビングへと誘導して行った。




「そういえば」
「え?」
「言うのを忘れていましたが、翔が遊びに来ています」
「えっ……」
「うあっ!? あ……あ……もも……な、なななななな……」

俯きながらリビングへ移動したわたしが悪かったのかもしれない。周りをよく確認しなかったわたしの落ち度かもしれない。
トキヤに促されるまま足を踏み入れたリビングには、顔を真っ赤にさせた翔くんがこちらを向いて絶句していた。
おそらくわたしが入浴中に来たのだろうが、それとは知らぬわたしを無防備にもリビングへ連れてきたトキヤからは完全なる悪意を感じる。

「もも……おまえっ! な、なんつーカッコしてんだよ! ありえねー! お前のシュミ、マジわかんねー!」
「えっ!? ち、違うよ翔くん! わ、わたしの趣味じゃ」
「ば、ばか! 近寄んな! なっ……中、透けて……っ!」
「え!? ちょっ……」
「本当に。ももはイヤラシイ恋人で困りますね。私以外の男の前でこんなに乳首を透けさせて、弄って欲しいのですか?」
「ひゃ……や、やめっ……!」

わたしから逃げる翔くんを追いかけ、事情を説明せねばと思っていると、後ろから突然トキヤに抱きしめられ、そう耳元で囁かれてしまった。さらに翔くんの前だというのにも関わらず、トキヤはわたしの胸を痛いくらいに強く鷲掴み、ぷっくりと尖ったそれを人差し指でぐにぐにと押し潰した。

「いや……やめ……」
「嫌じゃないくせに……。翔もそう思いませんか?」
「し……知らねーよ! この万年発情期バカップル!」
「しょ、翔く……誤解……」
「喋れなくなるくらい気持ち良いくせに……嘘はいけませんね。お仕置きです」

わたしの言葉にならない弁解に耳も貸さず、翔くんは部屋を飛び出して行った。

翔くんの事だから他言しないとは思うが、トキヤにやられっぱなしというのが若干悔しい。



「トキヤ……いい加減、離して……っ!」
「もも、恥ずかしくないんですか? こんなに小さな体操着を着て……乳首を立たせた挙句、翔にまで恥態を見せて」
「だ、誰のせいだと……!」
「私以外の男にこんな恥ずかしい姿を見せた罰です。今日はももが上で頑張りなさい」
「は、はぁっ!?」
「ひとつ言っておきますが、その体操着を脱ぐ事は許しませんよ。それを着たまま腰振り、頑張ってくださいね」
「なっ……!」

耳元で言いたい事だけを早々と言い放ったトキヤは、わたしを後ろから抱き上げ、そのまま寝室へと直行した。
なんだかまんまとトキヤの思惑通りに事が運んでいるような気がするが、それを考えると完全に心が折れてしまいそうなので考えないようにする。

よく分からないトキヤの一面が、また新たに分かったような気がした。





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