火薬委員会の委員長代行をしている久々知兵助から、なんとも妙な話を聞いた。

「言ってる意味が分からない」

それを聞いた私の第一声はそれだった。なぜなら、本当に久々知が何を言っているのか分からなかったからだ。
久々知は本日三度目のため息を吐き、そして同じ話を三度繰り返す。

「だから何度言わせるんですか。うちの委員会の斉藤がもも先生の事をひどく気に入ってるみたいで、委員会の仕事もせずに毎度もも先生もも先生うるさいんです。もも先生、斉藤を何とかしてください」
「……久々知、あんた私をからかおうとしてるね? まったく、相手が斉藤だなんて、生々しいったらありゃしない」
「生々しいって……本当なんだから当然じゃないですか」

私たちは先ほどからこの問答を繰り返している。内容が内容なだけに、私はその話を全面的に信用する訳にはいかなかった。
だが、先ほどから繰り返される久々知との問答に、私は次第に彼の話が本当なのではないかと思い始めていた。それでもまだ私と久々知の押し問答が続き、それに疲れた彼は信じてくれないのならもういいですと言い残し、学園の中へ戻って行ってしまった。真相は闇の中へ消えた。まぁ、私もその方がいいとは思ったのだが。



「ももせんせぇ〜」

ひどく間延びした声が後ろから聞こえた。この学園でこんな話し方をするのは事務員の小松田くんか十五歳の四年生斉藤タカ丸しかいない。昼休みの気怠い空気は、彼の声と混じり合い、ひどく私の眠気を誘った。
ゆっくり後ろを振り向くと、案の定斉藤がこちらに向かって走って来ているのが見えた。途中の何もない所で転び、あははと愛想笑いをしながらすぐ側まで寄って来る。とりあえず私は目の前の斉藤に、転んですりむいた足は大丈夫かと尋ねた。

「あはは、大丈夫ですよー、もしかしてもも先生、ぼくの事心配してくれたんですか?」

そう期待の眼差しを向ける斉藤に、私は思わずうなずいてしまった。確かに心配した事は嘘ではないが、そこまで満面の笑顔を向けられると、どう対処したら良いのか分からなくなってしまう。

「もも先生に心配してもらえるなんて光栄だなぁ、ありがとうございます!」

へらへらと笑いながら長身の斉藤が私を見下ろす。その笑顔は、くのいち教室の女の子たちが噂していた通り、思わず守ってあげたくなるような、そんな笑顔だった。

「それよりどうしたの? もうランチ食べたの?」

強制的に話題を変えると、斉藤はそれすら気に留める事なく、食べましたと言って笑った。

「そうそう、ぼく、もも先生に相談したい事があったんです」
「相談?」

斉藤はコクリと首を振ると、すぐに続きを話し始めた。心なしか斉藤の顔が赤い。

「あの、実はぼく……好きな人ができたんです」
「……」
「どうしたらいいと思いますか〜?」
「……」

斉藤の好きな人とは私の事だろうか。それともやはり久々知の話は嘘で、他の女の子の事を言っているのだろうか。

妙な事になった。

もしかしたらこれは私への遠回しな告白かとも思ったが、そうでなかった場合、あまりにも自分が恥ずかしいので私はあえて今朝久々知から聞いた事は考えないようにした。

「……それで、相手は誰なの?」
「うーん、いくらもも先生でも、それは言えませんよ〜」

照れくさそうに髪の毛を掻き毟る。良く手入れされた髪がふわりと揺れ、ほのかに石鹸の香りが辺りに漂った。


「えっと、例えば…、そう、例えばの話なんですけど、もも先生は生徒に告白されたら、どう思いますか?」
「私?」

コクコクと首が取れそうな程の勢いで斉藤がうなずく。私は下を向いて考え込んだ。
確かに生徒が相談してくれる事は嬉しいし、前にも私を相談相手に選んでくれた生徒は何人か居た。だが、こんなに答えにくい相談事をされたのは、生まれて初めてだった。

「……」
「……」


「斉藤! 探したぞ! …って、またもも先生かよ」
「あっ、兵助くん、シーッ!」

返答に窮していた時だった。後ろから斉藤を探していたらしい久々知が私たちに近付いて来た。すでに久々知は私の存在を認識しているにも関わらず、斉藤が彼の前へ飛び出し、両手で大げさに私を隠してみせる。案の定久々知は呆れていた。

「斉藤、いい加減にしろよ。四六時中もも先生もも先生って、だったらさっさと好きだって言えばいいだろう」
「わーっ、わーっ! 兵助くん、バラすなんてひどいよ!」

斉藤が泣きそうになりながら久々知へ文句を言っている。少しだけ斉藤が可哀想になった。

「何言ってるんだよ。バラすも何も、斉藤の気持ちは今朝おれがもも先生に伝えておいたけど」
「ええーっ!?」

あたふたとその場で足踏みをしながら斉藤が久々知と私を交互に見比べる。まるでコメディ映画のような慌て方だ。顔は真っ赤で泣きそうで落ち着きがない。

「もも先生、その、ぼく…」
「あ……えっと、まぁ、元気出しなよ」
「何ですかそれ、もしかしてぼく、ふられたんですか……?」
「もういいだろう斉藤! 委員会が始まる時間だ」
「えっ? 待ってよ兵助くん! ぼくまだちゃんともも先生に好きだって言ってな……」
「行くぞ」

久々知はまだ何か言いたそうな斉藤を問答無用でずるずると引きずりながら行ってしまった。
結局久々知の言った通り、どうやら斉藤は私の事を気に入ってくれていたようだった。正直、私も斉藤の事は嫌いではなかったので、気分は悪くない。
ただ、具体的にこれからの事を聞かれても答えようはないのだが。

(斉藤の名誉のために、今の話は聞かなかった事にしよう)

私は心の中でそう呟いた。






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