「ちょーっと待ったぁ!!」
「えっ!? に、新名くん、どうしたの…?」

そのあまりにも大きな新名くんの声に、賑やかだった店内が一瞬静まり返った。

放課後、柔道部の活動を終えた私と新名くんと不二山の三人は、帰り道にある喫茶店でお茶を飲みながら他愛のない会話をしていた。
はずだった。

なのに、突然目の前に座っていた新名くんが大声でそう叫んだものだから、私も不二山も驚いて固まってしまった。

「なんだ? 急にどうしたんだよ新名」

不二山が怪訝そうに眉を顰め、新名くんを見る。
新名くんはそんな表情の不二山を見て一瞬だけ怯んだようだったが、すぐに気を取り直し、続けた。

「お、落ち着け、オレ……」

新名くんがぶつぶつ呟き何度か深呼吸をすると、今度は私に射竦めるような視線を投げて寄越した。新名くんの真剣な表情に少しドキドキしてしまったのは心の中だけに留めておく。

「なぁアンタ、今、何て言った?」
「え、今?」

真剣な表情のままの新名くんに聞かれ、私は今三人で話していた事を頭の中で思い出す。
確か、先日の日曜をどう過ごしたかを話していたような気がする。

「えーと、この前の日曜日は楽しかったなぁ、って」

「その前だよその前!」
「え?」

一体何が気になるのか新名くんに尋ねようとも思ったが、この雰囲気の中ではそれもできない。
私はもう一度今の会話を鮮明に思い出して行く。


「えっと…その日は不二山の家で色々面白い写真とか見せてもらって…」
「そこだよそこっ!」
「そこ?」

日曜日の話を良く思い出して話すと、途端に新名くんの眉間に深い縦皺が刻まれた。
不二山は運ばれて来たオムライスを黙々と食べている。確か不二山は部活が終わった後も、焼きそばパンを食べていたような気がするのだが。



「…えっと、何がそこなの、新名くん?」

不二山から新名くんに視線を移し、首を傾げて彼を見つめる。すると彼は頬を赤くして、ああもう、とため息を吐いた。
どうやらそのため息は私が彼に吐かせているらしかった。

「っていうかももちゃん、この前の日曜日、嵐さんちに行ったの?」
「行ったよ」
「!」

目の前に座っている新名くんの顔色がなぜかどんどん蒼白になって行く。
さらに口をパクパクとさせるその様は、まるで金魚のようだった。

「それがどうかしたの?」
「うっ…そんな無邪気な顔しないでよ〜。なんだか問い詰めてるオレが悪者みたいじゃん」
「え、ごめん?」

なぜか新名くんが落ち込んだようなので、とりあえず謝ってみると、彼は私を捨て犬のような目で見つめ、ああ、とうめき声をあげた。
男の子の心というものは、相変わらず良く分からない。

新名くんはまた何度か深呼吸をすると、今度は少し思い詰めたような表情でこちらを見た。やはり彼の真剣な表情は見慣れないせいかずいぶん格好良く見える。

「で、嵐さんちで何してたの?」

新名くんが何気に向かい側から私の手を握ってくる。いつもの彼ならば真っ赤になって照れるはずなのに、そんな様子は微塵もない。おそらく無意識なのだと思う。
私の手を握る新名くんの手の力が一段と強くなった。

「えーと、あの、だから、中学の卒業アルバム見せてもらって…」
「それから?」
「あとは柔道の話したり…」
「それから?」
「不二山のお母さんに挨拶したり…」
「そっ、それから…?」

新名くんがどんどん落ち込んで行くのが分かる。
もしかしたらこんな話をするのは酷なのかもしれない。いつも三人で遊んでいたのに、新名くんの都合が悪いからといって、不二山と二人で遊んだ話を、そこに居なかった本人に聞かせるなんて。

「ごめんね新名くん、次は三人で新名くんちで遊ぼう?」
「…アンタ、オレが仲間外れにされて拗ねてるとか思ってね?」
「え? 違うの?」
「違うの!」

少し大きな声でそう力むと、新名くんはやはり拗ねたように口を尖らせる。
私から見るとじゅうぶん拗ねているように見えるのだが、本人が違うと言い張るのだからこれ以上は言及しないでおこう。

「…で、柔道の話して、そのあとは?」
「あ、あとは……帰ったよ」
「ほんと? 良かっ……」
「待て。その前に俺ら、柔道の練習、しただろ?」

いつの間にかオムライスを綺麗に食べ終えた不二山が話に加わった。
不二山のその台詞を聞いた途端、新名くんが私の手を強く握りしめ、うそだろ、とぶつぶつ小声で呟く。

「新名くん…?」
「嵐さん! 柔道の練習って、まさかももちゃん相手に、じゃないでしょうね!?」

私は新名くんの顔を覗き込もうと顔を動かしたが、彼はその前に不二山に向き直ってしまった。新名くんに怒鳴られた不二山は、それにも動じず、ただ冷静に当たり前だろ、と返事をして新名くんと向き合った。

「だいたい、俺の部屋にはもも以外誰もいねーのに、他の奴と寝技の練習なんかできるわけねーじゃん」
「ねっ…寝技ぁああ!?」
「新名くん! シーッ!」

再び大声を出す新名くんを必死に宥めると、彼は困ったように笑い咳ばらいを一つした後、声のトーンを下げ、精一杯静かに怒鳴った。

「嵐さん! 寝技って何すか寝技って!」
「お前…柔道始めてけっこう経つのに、まだ寝技もわかんねーのかよ? 寝技っつーのはな…」
「違いますっ! オレは別に寝技の説明が聞きたいんじゃなくて、嵐さんはそんな技をももちゃんにかけたのかってコトを聞いてるんす!」
「だから何度も言ってんだろ。俺の部屋にはもも以外居なかったんだから、ももに技かけて練習するしかねーじゃん」
「なっ…! 嵐さん! それにももちゃんっ! ……はあぁ…」

新名くんは私と不二山を交互に見比べ、そして何か言いたげに口をパクパクさせた後、結局何も言わずにため息を吐いた。
今日、新名くんはため息を吐いてばかりだ。

「もういい。アンタらにとっては他意はないんだろーけど、地味にやられるわ…」
「どうした新名。その後はしっかりももを家まで送ってったぞ?」
「うん、昨日は新名くんも居なかったし、けっこう早めに解散したよ?」
「あーもー…。アンタら、これから絶対二人きりで遊んじゃだめだかんな! 絶対だぞ! …うん、保護者がちゃんとついてねぇと…」
「保護者? 親同伴で映画観たりすんのか?」
「ややこしくなるから嵐さんは黙っててください!」

新名くんは横槍を入れた不二山にそう釘を刺すと、それから私の手を両手で握り、眉を釣り上げた。

「特に心配なのはアンタだももちゃん! いくら天然ボケな嵐さんでも、男は男。いつ豹変すっか分かんないんだぞ。だから、これから嵐さんちに行く時は、絶対オレを連れてくこと!」
「え…」
「返事は!?」
「は、はい……」

思わず新名くんに圧され、素直な返事をしてしまった。良く分からない約束事をさせられてしまったが、新名くんがそれで満足なら良しとする。
新名くんが約束、と言って私の手を離すと同時に、不二山が新名くんをポカリと叩いた。
誰が天然ボケだとか文句を言っていたが、なんだかとても楽しそうだったので、私はそれを黙って見守っていた。


いつの間にか店内は閑散としていて、閉店時間が迫っている事に今更ながらに気付く。
外はもう真っ暗で、等間隔に設置された街灯がぽつぽつと点っていた。

「それじゃあ帰りますか。オレと嵐さんでアンタんちまで送ってくから」
「そうだな、もう遅いしな」

新名くんと不二山が席を立つと、その手を同時に私へ差し出した。
二人はお互いを見つめると挑戦的な笑みを交わし、呆然としている私の両手を無理矢理取った。





おわり

 
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